第9話 大魔道士、サイを部屋付き魔道士に任命する

 その翌日、サイの勤務場所は大部屋の一番端から、アルトカルの使う執務室の一角に移された。


「なんでおまえみたいな平民の半人前が大魔道士様の部屋付きになんかなるんだ!?」


 これまで毎日サイの机に魔道書を積み上げていた若い魔道士は憎々しげな表情でサイをにらみつけ、それっきり一切口をきいてくれなくなった。

 金髪、碧眼の貴族然とした容姿で、若くして魔道士団に所属しているところからみて、家柄だけでなく実力に自信もあったのだろう。

 それが、自分よりさらに若く、平民、しかも見るからに少数民族然とした黒髪、黒目の若造に一足飛びに追い抜かされたのだ。

 彼ばかりではない。魔道士団の大半が程度の差こそあれサイに敵意を向けてきた。

 仕方ないことはいえ、魔道士団でも、学校と同じように絶えずやっかみや中傷と戦い続けなくてはならないのだと悟って、サイは内心で大きなため息をついた。


「そんなことはどうでもよいではないか」


 だが、何を揉めていたのだと尋ねられ、サイがありのまま顛末を話すと、アルトカルは鼻息も荒くそう言い放った。


「貴様は俺に似ている。魔道に取り憑かれたなりふり構わぬバカ、という点でな。肝心の魔力は大したことなさそうだが」

「はあ」


 ほめられたのかけなされたのか微妙な物言いにサイは口ごもる。


「それより今日からはいよいよ天候改変術式に挑むのだぞ。些末ごとにいちいち耳を貸す必要などない!」


 若くして国内唯一の大魔道士にまで駆け上ったアルトカルはまったく意にも介さない。彼の性格上、他人からの評判など一分銀ほどの価値も認めていないだろう。むしろ、そんなことを気にしていてはなみいる先輩を押しのけて序列一位になど座っていられない。


「貴様は魔法の分析能力こそ優れているが、ただの平民だ。魔力量では貴族魔道士に勝てぬ。いずれあいつらもそれに気づく。自分たちが優位に立てることが明らかになればやっかみも止むだろう」

「……しかし」

「大丈夫だ。あいつらはどうせ魔道士としての序列にしか関心がない。貴様が余人の及ばぬ記憶力を持っていることなど、あいつらにはどうでもいいのだ」


 それを聞いてサイは、自分の本当の魔力量は絶対に隠し通そうと心に決めた。


「ところで」


 アルトカルは丸めた皮紙を開きながら小さく咳払いをする。


「貴様が俺に渡した石板の翻訳だが、術式のあちこちに誤りがあるようだな。あれは故意にそうしたのか?」

「……故意って。どうしてですか?」

「貴様は当初、俺を信用していなかっただろう?」


 ずばりと切り込まれてサイは鼻白んだ。


「い、いえ、もともと石板に刻まれていた術式そのものに誤りがあるんです!」

「はあ、どうしてだ?」

「おそらく、石板に術式を刻んだのは魔道士じゃないんだとと思います。普通、石を刻むのは魔道士ではなく石工です」

「……ふうむ。だが、あえて過ちを残した可能性もあるな」

「え?」


 絶句するサイを、アルトカルは下等生物を見るような蔑んだ目つきでにらみつける。


「貴様はそこまでバカなのか? 天候を改変できる術式など、まさに戦略級魔法ではないか! おいそれと真似されるわけにはいかぬだろう?」

「ああ!」

「収穫期に嵐を起こせば敵国の食料備蓄は壊滅だ。それ以外にも、敵兵を谷に誘い込んで豪雨を降らせる、砂漠地帯に誘い込んで炎天下で干上がらせるなど、有利に戦争をはこぶ方法はいくらでも思いつく」

「もしかして、王家がこの術式を重要視しているのって、近々どこかと戦争でも構えるつもりだからなんですか?」


 サイは慌てて脳裏に地図を思い浮かべた。

 この国は北、西、南をほぼ海に囲まれた大陸の西端にあり、東隣にはタースベレデ王国、そして領内にまるで埋め込まれた目玉のようにマヤピスという都市国家がある。

 戦争を仕掛けるなら、すなわちそれは国境を接するタースベレデということになるが、彼の国とは長年比較的友好的な関係が保たれており、今すぐいさかいにはなりそうもない。


「そうではない。だが、これほどの術式を他国に握られるわけにはいかん。だから貴様にも今日から護衛をつけようと思う」

「え?」

「貴様がどこかに拉致されれば術式の秘密が他国に漏れる。それは絶対に避けなければならんからな」


 サイはげんなりした。

 学校長に誘われたとき、興味本位で頷くのではなくもっとしっかり反対しておけばよかったと今さら思った。だが、もう遅かった。


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