剣の想い

 無言。

 それは、店を出るまで──否。

 二人の間ではそもそも、クラウが手を取ろうとし、それをゼファーが拒絶するずっと前から続いていた。

 もしかしたら、店に入る前から──ずっと。

「…………いえ、嫌われているのは重々承知の上ですが。少なくとも会話を試みようという機会くらい、剣から手を離しては如何ですか」

 沈黙を破るのは、麗人から。

 ……言葉の通り、クラウが彼を誘い出したあたりから、ずっとゼファーの左手は腰の剣から離れない。レウィンの前では空いていた両手が、自由なのは片手だけ。

 凶眼。或いは、敵意の視線。

 それらの意味には、口を開く事さえ無く。

「敵で居ようという気はありません。むしろ、貴方達の味方でありたいとさえ思っている。のですが……上手くいかない物ですね。それほどまでに血の臭いがお嫌いですか?」

 返答は、言葉ではなく行動。

 僅かにゼファーの体が沈む──直ぐにでも剣を抜ける様に、クラウから半身を隠す様に。

 臨戦。あまりの態度に麗人は呆れ顔を隠せない。それは対話を知らない獣に似ていて。

「……仕方ありませんね。貴方の事を知りたいと思ったのですが──ええ。多くを語る理由はありませんし。私の対応も悪かったのも認めましょう。ですので、聞くべき事はひとつだけです」

 睨む目は僅かに緩む事はなく。

 付近に人影は見当たらず、即発の緊張感が包み込み。

 それでも余裕の態度を崩さない姿が、それを問う。


「貴方は、世界に愛されていると思った事はありますか?」


「──は?」

 突拍子の無い質問に、頓狂な声が漏れた。

 やっと声が聞けた、と麗人の笑みが僅かに深まる。

「そのままの意味ですよ。それ以上の意味を問いますか?」

「……なんだそりゃ。宗教勧誘か? 見ての通り、神様なんてもんを信じる頭はしてねぇぞ?」

「ふむ」

 顎に手を当て、熟考。無防備。

 解かれない警戒。いつでも斬りかかれる姿勢。

 余裕の背中と、嫌悪の左手。

 ──対極の、二人。

「ふむ。……いえ、過ぎた言葉でした。忘れずとも良いので、今は聞かなかった事にしておいてください」

「…………」

「逆に、」

 一息。

「貴方から私に聞いておきたい事などは──無いのですか?」

「あるぜ。山ほどな。だけど、まとまんねぇから聞いても無駄だろ」

「答えられる事なら、可能な限り答えますが」

 舌打ちをひとつ。

 推し量る様な目のまま、ゼファーは疑問を口にした。

「だったら一つだけ答えろ。お前は、何だ?」

「ああ、ええ。いえ、そうですね。……とうに答えは出ていると思っていましたが」

 くすりと笑う、その顔は。


「血の臭いが染み付いた、人でなし──ですよ」


 どこか。

 自嘲が混ざっているように見えた。

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