空白

 文字通りに喧騒を掻き分け。

 少しずつ人気が失せていき。

 若干の不安を抱えながらクラウの後を追う事、数分。

「二軒と先に言いましたが、その内の一つがこちらです」

 案内の果てに見えたそれは。

 下手をすれば、薄暗い路地裏に入る一歩手前。

 なんとか商店街に引っかかる程度の、煙突だけがよく目立つ、とても小さな工房だった。






「お久し振りです、バロン」

「……誰かと思えば貴様かクラウ。また面倒事か」

「人を見る度に面倒事とは、客足が伸びない訳ですよ。もう少し貴方は愛想という物を覚えてはどうです?」


 大きなカウンターを挟んで、麗人と無骨な大男が睨み合う。

 ──というよりは、睨んでいるのは大男だけ。クラウは涼しげに流しているが、後ろの歳若い二人はただそれだけで気圧されているようで。

「で、その面倒な奴らは」

「愛想とは本当に縁遠い人ですね……新客ですよ」

 そのやり取りと目配せで、ようやく金縛りが解ける。

 咳払いをひとつ。意識を切り替え、青年が一歩。

「レウィン。新人冒険者だ。……バロンと言ったか」

 直視はしない。視線は向いても、顔は斜め向こうから動かない。

 目は合わせない。気を許す気は無い、という事だろうか。

「ああそうだ、新人。覚えなくて良い。どうせそう何度も此処に来る事なんざ」

「金物屋……いや、鍛造屋か。武具屋とは違うね?」

 一瞬。

 時間が、止まる。

「陳列はしない。オーダーメイド専門かな? 後ろの炉は余程の高出力と見える。手入れの跡と払われている煤は、丁寧に使われている証拠だろう。何より、鉄の臭いでいっぱいだ。──嫌いじゃない」

 僅かに、大男の顔が向く。

 鼻を鳴らして、低い声の誰何。

「…………何の用だ」

「ここで何が出来るのか、次第だけど」

 対してレウィンは一切変わらず。

 初めから今まで、ずっと真っ直ぐにバロンを見つめ。

「基礎設計は頭の中にある。図面に起こせば、必要な型は作れるかい? バロン」

 カウンターにいつの間にか手を付き、身を乗り出しながら。

 姿勢は熱心。視線は実直。声色は真剣。

 しかし返ってきたのは──嘆息。

「断る」

「……金なら」

「信用の問題だ。貴様、何処の誰だ」

 ぐ、と詰まる声。

「クラウが拉致って来たって事ぁ、迷い人か。それにしちゃ身なりは整ってるが、──おかしいなぁ? 貴族様にしちゃ詳し過ぎる・・・・・

「…………」

「金は持ってんだろうな。間違いない。知識や見聞も確かだろうさ。大雑把な工房の特性も見抜いてんだ。だからこそ、気持ち悪い。そりゃちぐはぐ・・・・ってもんだろ」

 再度の嘆息は、レウィンの方から。

 降参を示すように両手を上げ、やや諦めた様子で辺りを伺う。

 かろうじて商店街と呼べる立地は──人混みの喧騒とも、路地裏の視線からも遠い。東の国では珍しい静けさがそこに落ちている。

 周りを見ても、目が合うのは三人だけ。

「……わかった。正直になろう。正直になるから、当面の所は秘密にしてもらえないか」

「内容次第だ。悪人なんざ飼ってられんからな」

「同意です」

 そんな話じゃないよ、と。

 その目はそのままゼファーに向く。

 苦笑しながら肩を竦める黒い男。任せる、とでも言いたいのか。

「悪い話じゃない……とは、思うんだけどね」

 意を決したように。

 青年はようやく、それを口にする。


「僕は、殆ど何も覚えていないんだ。何処から来たのか、何処の誰なのか、何をすべきなのか、どうして東の国を目指していたのか。──何かを皮切りに思い出せても、それらの経験を何処で得たのかはさっぱりなんだよ」

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