心の距離

「時に、敢えて聞こうか」


 道すがら。

 そこまで複雑な歩みではない。路地に向かう事なく、左右にずっと店を眺め、クラウの足取りを追う事数分。

 迷いのない足取りに不信感は抱けない。それでも、レウィンには確認しておきたい事が残っていた。

「……何故、僕達に声をかけたんだい? 人助けのつもりなら、いくらでも困ってそうな人が溢れているじゃないか。あっちにも、そっちにも」

 ちらちらと目を走らせる。

 荷物に潰されそうな老体。親を振り切る子供。道に迷ったのか、あちらこちらを振り返る姿。

 助力をと思うなら、それこそレウィン達である理由はないはず。その疑問に、麗人はやはりにこりと微笑み。

「昔の私を見ているようだった。では、いけませんか?」

 振り返ったのはほんの一時。すぐに向き直り、その足はまた目的地へ向かい始める。

 疑うだけの理由は無い。筋が通らないわけでもない。ただ──なんとなく。

「……レウィン。信用できんのかこいつ。俺はどうにも納得できねぇぞ」

「僕はその信用できないという感情に納得がいかないな……」

 さらに一歩後ろ。

 ゼファーの相変わらずな目が、疑心を膨らませるのか。

 どこか、クラウの本質を探りたいと──そう意識せざるにはいられなくて。

「お前、本当に気付かねぇのか」

 じわり。

 その言葉に、背筋が冷える。


「血の臭いだ。ずっと。獣じゃねぇ──人が死ぬ様な場所に何度も立ち会ってきてる奴の臭い。それでへらへら笑ってんのが気持ち悪ぃんだよ」


「……。ふむ。いえ、何が嫌われる理由なのかと思いましたが──」

 足が止まる。

 それに釣られ、誘導されていた歩みも止まる。

 くるりと振り返り、しかし、表情は相変わらず微笑に染められたままで。

「嘘は吐きたくありませんね。ええ、ゼファー。その通りです。率直に言いますが、確かに私は人が死ぬ様を──或いは、この手で人の命を絶ってきましたが」

 背が伸びる。無意識に。

 言葉の冷たさに、ではない。

 会話の冷酷な内容と、変わらない表情の、あまりの噛み合わなさに──だろう。

それがどうしました・・・・・・・・・。人殺し程度など日常茶飯。自分の身を守る為にであれば、尚更当然の事ではありませんか?」

「てんめぇ──」

 血気に溢れた声で、青年の金縛りが解ける。

 一瞬でも体が動かなかった事にようやく気が付き、二人の間に慌てて体を割り込ませ、仲裁。

「落ち着いてくれゼファー。クラウは何も、自分だけの為にそうなったと言っているわけじゃないんだ。それに、」

 やや乱れた呼吸は緊張からか。

 一息を挟み、言葉を続ける。

「僕達は彼の素性を知らない。彼は僕達の素性を知らない。その上で、包み隠す事なく話してくれたんだ。その誠意に──少しでも、信頼を寄せるべきじゃないのか」

 ほんの少しだけ身が引かれる。

 いつの間にか握られていた拳が解かれ、溜息。

「…………お前なぁ。そこかしこに信頼信頼って言いまくってたら、いつか足元掬われんぞ」

「その分だけ、君が警戒してくれるだろ?」

「──ふふ」

 呆れ顔が視界に入る前に、含み笑いに顔を向ける。

 見れば、口元を軽く隠すように腰を折ったクラウの姿。

「思っていたより仲が良いようですね。ですが、ええ。こればかりはゼファーに同意します」

 察しているかもしれませんが。

 呟き、麗人は再度歩き始める。

 その足は相変わらず背中を気遣い、決して先行し過ぎる事もなく、されど。


「この国の本質は、弱肉強食──ですよ」


 少しだけ。

 声が遠くなってしまった、気がした。

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