名前

 その男は、目立って特徴的な容姿というわけではない。

 レウィンと同程度、或いはやや若いか。顔を見ればもしかしたら、二十年も生きていないかもしれない。

 腰に下げる片手剣。左腕の丸小盾。それは別に冒険者として──富と名声を力で求める者としては当たり前ではあろう。

 もしかしたら、中途半端に傷だらけで、なおかつ手入れもまともにされていないそれらは、拾い物か盗品かもしれないとは思うものの。

「実は丸三日も何も食ってねーんだ。何か食わせてくんね?」

 ただ。

 存在感。威圧感。

 それは、獅子が兎を狙うかのような。

 牙を剥き出しにした獣のようなそれは、青年を怯ませるに足るだけの──

「対価」

「んぁ」

「まさか何も無しに食事だけせびり取ろうと? ……力ずくなら初めからそうすればいいだろう。見ての通り、僕は抵抗なんてできないよ」

 ……否。

 その殺気にも似た威圧は、むしろレウィンには伝わっていないようで。

 どこ吹く風、というよりは。むしろ風が吹いた事にさえ気がついていない、というべきか。

「……対価ってなぁ。見ての通りの金無しだから言ってんだけど」

「金だけが対価になると思っているのなら、……そうだな。逆に使い所か」

 す、と青年は片手を上げる。

 厨房に居たであろう少女はすぐに気が付き、ぱたぱたと走り寄ってきた。対応が早い。

「用意を始めたばかりの所で済まないが、量を二倍に増やしてくれ。彼の分も、だ」

「お?」

「んー? いや別に良いけどさー。脅迫されたなら言えばすぐに引き取って貰えるぜー?」

「いや、今は大丈夫だよ」

 ひらひらと手を振りながら、ちらりと目配せ。

 背もたれに体重を預けながら、男はにやりと頬を緩める。

「──じゃなんだ。俺は何で払えばいい?」

「労働力。今日一日、僕が君を雇おう。簡素で良ければ昼食まではこちらで用意する。給金を払えるかは、働き次第だね」

「なーるほど。ま、飯食えるなら何でもやるけどな」

 ぐん、と反動で体を起こし、不敵な笑みを浮かべる。

 金がないというのは事実なようで、鎧や装飾品の類は一切身につけていない。よく見れば剣の柄もやや錆びており、そもそも抜ける代物なのかも怪しい。

 ただ、体は鍛えられているのか──それとも鍛えようとしなくとも筋肉が付く体質か。よく引き締まった全身は、レウィンとはまるで真逆にさえ見えた。

 敢えて正対しないまま、片手と横目を男に向けながら、青年は緩く名前を告げる。

「レウィン。肉体労働以外なら得意分野だ。よろしく」

「おう。俺はゼファー。肉体労働以外は苦手分野だ。体使う話なら任せとけ」

 ……正逆な自己紹介に目を合わせ。

 一拍置いてから、片や背を丸めて、片や大きく体を開いて。

 押し殺したように。腹を抱えてあけっぴろげに、笑い声を響かせた。

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