日課、日常

 太陽が国を照らし出す時間。

 もうその頃には、街は大方目覚めていた。


「いや……緊張していて視野が狭かったとは思うけど、ここまで人が入る場所だったのか、ここは……」


 冒険者協会も同じ──というよりは。

 むしろ、多方から人が集い、場所をひたすら埋めているというか。

 宿として併設されていた上階から降り、レウィンは少し気圧されたように。しかし、それでも足取りに迷いはなく。

 人混みをかき分け、揉まれながら、少しでも人の少ない所へと移動していく。

「まずは、朝ご飯だ。飢えては牙は届くまい。ここは食堂としての役割も持っている筈だけど……」

 ぐい、と人の隙間を潜り抜け。

 協会のカウンターから離れれば、いきなり視界は開けてくる。

 ここの人間の大半は、つまり協会が提示する依頼を受注しに来たのだろう。早く来れば選択肢がある。他の冒険者に取られる前に、より良い報酬が、より確実に手に入る可能性が高くなるのだ。

 であれば、少しでも先にそれらを握ってしまいたいというのは、冒険者としての本音なのだろうが。

 昨日名前を登録したばかりの彼は、その常識に当てはめれば非常に呑気だ。食事を摂るような場合ではないのは他者からすれば当たり前。もう携帯食料などは前日に用意し、移動しながらでも栄養を腹に落とし込む気でいるだろうが。

「……やはり人の多さには慣れないといけないか。こればかりは、経験が圧倒的に足りないな」

 呟きながら、人口密度に差がある側へ。

 開けたスペースのカウンターへと腰を下ろす。

 そのままカウンター向こうの人へと声をかけ。

「済まない。メニューはあるかな?」

「……変なヤツ。今日はこんなもんだよー。好きに選べー」

 皿を拭く手を止め、間延びした声が板を投げ渡す。

 客への応対としてどうなのかと思わなくもないが、ここは確かに冒険者協会。粗暴で、乱雑で、目先の事しか考えない人間ばかりが相手なら、自然と態度も荒れてくるのだろう。

 ただ、それにレウィンが対応できるわけではなく。

「──いたっ」

 額で受け止め、メニューはカウンターに広がった。

 数枚の紙が綴じられただけの簡素な内容。直撃しても怪我にはならない程度だろうが、反射的に出た声だろうか。

「面白そうなヤツだねぇ。色々と甘いよー。……ホントに冒険者?」

 額を抑えながら内容を吟味する青年に、仕事が終わったのか、皿を拭いていた少女が声をかける。

 メニューを投げ付けたのも彼女だが、しかしレウィンは大して気にしていないようで。

「昨日なったばかりだよ。新品だろ、この証票」

「こらこら見せるな見せるなー。ここ協会の中だから良いけど、他所でそんなことしたら掠め取られんぞー。誰も助けちゃくれないしなー」

 ん、と周りを慌てて確認。

 無防備だった、と首を振りながら、示した証票を胸に仕舞う。

「……ホントに冒険者かぁ?」

「……早速自信が無くなりつつあるけど置いておこう。注文いいかい?」

「あいよー」

 メニューを開きながら、指差しでの注文。

 慣れた手付きで少女はメモを取り、料金の確認。

 金貨一枚の提示。釣りが出るぜ、と言い残し、ぱたぱたと裏に隠れていく。見た目以上に働き者のようである。

 一息。色々と気にする事が増えた、と呟きながら、青年はカウンターに頬杖を付く。

 それは思慮深そうな。或いは退屈そうな。どちらとも取れる姿勢と顔で、もしかしたらその実、何も考えていないのか。

 まず見ない風貌の人物が、まず見ない格好で、まず他の冒険者がやらない行動に走れば、流石に嫌でも目についてしまう。

 だから。


「──隣、座んぞ」


 どかり。

 返答を待たず、その男はレウィンの真横に腰掛けた。

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