冒険者として

『なにもない』

 手遅れ。手遅れだ。何度も同じ事を繰り返して、結果見つけては壊していく。

 理由は希薄だ。そこに壊せる物があったから。壊そうとする意思が残っていたから。

 生きているから。死んでないから。壊せるから。

 ……邪魔だから、或いは目障りだからといった理由であれば、もう少し納得はいくのかもしれない。ただ、それにそんな思考は残っていない。


 摩滅した意識で。

 擦り切れた思考は。

 さしたる欲望も持たず──ただ壊す。


 立っている。座っている。転がっている。逆立っている。浮いている。沈んでいる。曲がっている。歪んでいる。

 或いはそのどれでもなく、或いはその全て。

 概念という概念さえ壊れた彼方で、ぱちり、と意識は明滅した。

 それは、何も無い虚空に変化が生まれた証。

 何も壊せない程に壊し尽くされた最果てで、人間らしい意識は呼吸する。


 ──次で最後だ。


 告げられる。

 意味を咀嚼する。

 何秒。何分。何時間。──もしかしたら何日もかけたかもしれない。些細な意味でさえ、思考には酷く負担がかかる。

 ようやく言葉を理解に及ばせ、それから。


 ──なら、俺に見つからないようにしてくれ。


 必死に。

 口も喉も身体も無いまま、それだけを絞り出した。

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