夜に抱かれ、夜に潜み
「では宿を」
「ここにも併設されてますが。空き部屋もありますね。何日か分か一括で先払いすると割引もありますよ。ただし払い戻しはありませんので悪しからず」
「……商売、押すのが得意なの?」
「……利用しようという人が少ないんですよ。冒険者って、良く言えば豪胆、悪く言えば粗雑なので……。宿代をケチって野宿とかザラです。道端で寝てる人なんて大抵そう」
「相場から外れてなければ、まぁ。流石に大通りでは寝れないよ僕は」
「こちらになります」
「一回り高くない?」
「冒険者協会は国営ですよ? 安全性の保証も込みですので、どうしても一回り程度はお高くなります」
「だから薄給、もとい歩合制の冒険者は寄り付かないんじゃない?」
「そんな事を私に言われましても」
「……。そうだね、すまない。ではまず二週間分で」
「さらっと大金を出しますね……? 別に詮索はしませんが、抵抗なくこれだけのお金が出るなら冒険者などやらなくても良いのでは?」
「継続的な収入となると、僕にはこれしか残っていないから」
「事情は……聞きませんよ。では承りました。こちら部屋の合鍵となります。場所は──」
ばふ、全身を使って布団に飛び込む。
思っているより、柔らかい。毎日取り替えてくれるサービスと、大通りに面した部屋を追加料金で買い取って、取り敢えずは満足した模様の青年は。
「……疲れた」
うつ伏せのまま、唸るように。
疲労感は全く隠さない。人はいない。鍵もかけた。安全──と断じるにはやや不安こそ残るが──な環境を手に入れ、動乱からかけ離れた所でようやくの安寧。
慣れない馬車。悪路。襲撃の気配。人混み。暗い路地。怪しい男との取引。気の抜けない大通りまでの道。冒険者協会。名前。登録。
それはもう、沢山の事があった。未知や非日常と言っても良い事。機転で誤魔化している所も多いが、レウィンにとっては間違いなく神経を使い続ける一日。
擦り減った才人がどうなるか、と言うと。
「今日やるべき事は……もう、無い。やれる事はあるけど休んでしまおう……寝た方がこれは効率的だ……」
ぐるぐると目を回したまま、もはや動くだけの気力も損なわれてしまった模様。
唸り声はそのまま少しずつ鳴りを潜め、やや乱れた呼吸はいつの間にか穏やかになり、眠りに落ちるまでは数分もかからない。
寝ようとして直ぐに眠れるのは才能か。
こうして。
異邦の青年の一日目は、波乱が落ち着いた所で終わりを迎えた。
──その部屋を、二軒ほど離れた屋根から睨む、二対の瞳。
どちらも深くフードを被り、口元は覆面で隠し、可能な限り露出を避けた姿をしていた。
目。目だけだ。だからこそ、その目が月明かりを跳ね返し、異様な姿を主張する。
「報告は」
「異常なし、不穏な動向なし。と、言いたい所だが」
「遠回しに言わないでください。結論だけ」
「──砂金の出処が不明瞭だ。東の国、周辺の樹海、さらに言うなら西の国や砂漠からも滅多に見つからん。あれ程の量を個人が所有するのはまず無理だろう」
彼ら、或いは彼女らか。
声がくぐもっているからか、性別の特定は困難だ。互いの体躯も似通っているようで、口調以外の差は一見すると見当たらない。
「金塊なら理解は及ぶが、砂金となると話は別だ」
「経路を調べますか?」
「既に当たっている。不可思議な事に、あの男の出身地は完全に不明という結論を出さざるを得ない。まるで、」
一息。
「
「……瞬間移動や空間転移と言うのは、流石に御伽噺の中の話では?」
溜息が返る。
言葉を発した側も、完全に本気で口にしたわけではないだろう。そんな事を可能にすると言うのなら、それこそ革命どころでは済まされない。
まだ人は、空を飛ぶ技術を身に着けていない。海を渡る道具でさえ未完成だというのに、そこに構造さえ見えない空間転移など、確かに絵空事に過ぎるだろう。
「我らの知らぬ撹乱技術と見る。見失えば追跡は困難と思え」
「了解しました。砂金の件については」
「精製によって得た物か、特定の地から出土した物か。特定不能だ。監視を続けろ」
「再度了解。貴方はどうしますか」
ふむ、と僅かな思案。
それは一呼吸も待たない、事実上の即断。
「一度帰還する。報告の後、お前と交代して監視を続けよう」
「では、
「……いや。あの男の魔法に対する知識量は不明だ。物理的手段に頼る」
「了解。お気を付けて」
頷きの後、刹那。
影がひとつ、虚空に溶ける。
夜闇、照らすは月明かりのみ。人影が消えた所で変化は無い。そもそも街の人々は、それらの存在を見咎めさえしていない。
見えない者。見つからない者。闇に隠れ潜む者。
「──不明の男。常に意識には留めましょう」
人は。
国を監視するその伝説を、「鴉」と呼んだ。
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