冒険者協会
月が昇り始めている。
中天にはまだ至らないが、しかし辺りは夜の色。人の持つ灯りや壁の灯火が足元を十分に照らしはするが、空を見上げれば半月と星のみ。
「少し時間をかけすぎたかな……。締まってなければ良いけど」
そして。
往来に混ざるのは、やや人目を惹く奇異な格好。
「見ればわかる程に建物が大きいのは有難いけど、さて──」
呟きながら、足を止める。
それは、目的地に辿り着いた証。
ひときわ大きな建造物は、こんな時間でも賑わいが衰えない。求める物は一攫千金か、或いはただ明日を生きる糧を得る為か。
冒険者協会。
東の国で、冒険者を名乗る為に、冒険者として活動する為に、必ず通るひとつの名前。
(……。人心払いて臨め天命。これ以外、僕に未来なんてないだろ)
深呼吸を一回。
しっかりと息を吐き切って、青年は覚悟を決めたかの様に、その扉を押し開けた。
左右に広い、広間のような部屋。
ばらばらに置かれた机や椅子は、大半が鎧を着た者に占拠されている。
というより、外部から来たであろう人物は、例外なく武装していた。軽装か重装かの違いはあれど、そこにいる人の姿は一人も漏れなく。
──故に、か。青年はやはり浮いている。フードこそ被ってはいない物の、鎧も着込まず武器もなく、外套をふわりと揺らしながら歩いていれば、確かにそれは異質だろう。
何より、無防備なのだ。周りを警戒する様子が微塵も無い。人が多いから油断しているのか、或いは。
警戒の仕方のひとつも、知らないのか。
「……すまない。受付はここで大丈夫かな?」
むしろ、周りを一切見ていないのか。
はじめにさっと観察程度に目を走らせはしたが、それっきり。後はまっすぐカウンターへ足を運び、その先の女性へ声をかけていた。
一瞥。それから、彼女はいくつかの質問を青年に返す。
「冒険者協会は初めてですか?」
「? ああ」
「依頼ですか? 登録ですか? 仕事を依頼する程に困っている様には見えませんし、冒険者を名乗るには少々装備が足りていないように見えますが」
「……登録で。いや、腕っ節には自信がないからドブさらいでも何でもやるけどさ」
小さく頷き、膝元から何枚かの書類。
代わりに料金を求められ、金貨四枚を無言で提示。
確認の後、羽ペンとインクを添え、青年の前にそれらを突き出す。
「筆読は?」
「共通語で構わないかい?」
「大丈夫です。では、代筆の必要はありませんね。こちらに名前と、あと……得意分野などもあると、仲間を見つける為には便利かと思われます」
「ふぅむ」
顎に手を添え、数秒。
思い出したように羽ペンを手に取り、確認をひとつ。
「済まない、名前を忘れてしまった。今ここで作っても大丈夫かな?」
「……。面白い事を言いますね。通り名になるものです、貴方が二度と忘れさえしなければ」
安堵の表情と共に、二枚の紙と向かい合う。
数分、そうしてペンを走らせ、大半の場合は問答の果てに埋まる項目を、ひたすら黙って埋めていく。
再確認。それから受付にそれらを送り返した。
「不足は無い筈だけど。確認してくれ」
首肯。筆記に比べると短い時間でそれを終え、今度は口頭での確認。
「取り敢えず名前は『レウィン』さんで宜しいですか?」
「ああ」
「時に、得意分野の項目が『指揮』。苦手分野が『肉体労働』となっているのは、冗談です?」
「至って本気だけど」
はぁ、と大きな溜息。
変な事でも言っただろうかと青年が狼狽える隙に、彼女は呆れたように告げる。
「何処から来たのか存じ上げませんが……冒険者にわざわざ指揮を求める人なんて、殆ど居ませんよ」
「……そんなものかい?」
「そんなものです。皆、自分が強いという自負がある。或いは、自分がなんとか出来るという根拠の無い確信を持っている。命知らずな人が、わざわざ他人からの口煩い指示を聞くと思います?」
そんなものか、とレウィンはしかし、深刻そうな顔はしない。
なるようになる、と楽観しているのだろうか。
「……いえ、人の話に首を突っ込むべきではありませんね。失礼しました」
「いいや、むしろ有難う。心配と忠告は素直に受け止めておく」
「変わった人ですね……? ともあれ、まずはこちらを」
す、と厚紙──というよりもなお硬い。
やや特殊な加工をされた小さな紙を、レウィンに静かに差し出した。
内容を改める。インクで書かれた青年の名前。それから日付。どうやら今日の日付も一緒に記してあるらしい。
「こちら、貴方がここの冒険者である事を示す証票になります。紛失の補填はありません。悪用される危険性も非常に高い物になりますので、どうか慎重に」
「……了解」
「これひとつでいくつかのサービスを受ける事ができます。冒険者の宿として登録されている宿屋の割引、武装のメンテナンスの優先など。何より、当協会での依頼の受注と報酬のやり取り」
一息。
「特に依頼面の話をしますと、ここで登録した名前に貴方の評判と信頼がそのまま結びついています。あまりに杜撰な結果ばかりだと、迂闊にこちらも仕事を任せるわけにいかなくなりますので、そこは留意してください。大丈夫です?」
「大丈夫。身の丈に合わない事はしないよ」
「──最終的に困るのは貴方で、得をするのも貴方です。では、改めて」
ふう、ともう一度ため息をついてから。
はじめにも見せなかった笑顔で、彼女は歓迎の言葉を告げた。
「ようこそ、冒険者レウィン。今日から貴方も、東の国の冒険者です」
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