見えない

 画面上のロゴマークが急に輪郭を失った。ついにこの端末もここまで来てしまったかと一瞬にして悟ったが、少しして再びはっきりと見えるようになると、ああ、これは私の目が駄目になったのだと気づいた。夜12時にしてやっと仕事から解放された社畜に、仕事はこんなものまで失わせる。倒れ込むようにソファに額を押し付けると、思いの外呼吸が重かった。真暗闇も瞼さえ閉じれば灯りと同じ。泥のように眠く、しかし睡眠に落ちられない哀れな不眠症患者である。担当医は自分自身。ひどいヤブ医者は薬すら出さない。

 不意に心臓がキリリと痛んでまずかった。これはもしや死ぬやつか。私は過労で心臓で死ぬのか。心臓に生かされている実感など、死ぬまで味わいたくはなかった。いや、今死ぬならばその願いは叶うのか。叶うとして何になるのか。

 ツキツキうるさい心臓はもう構っていられない。荒くなる呼吸、サイレント・ナイトのホーム・アローンなんて笑ってしまう。それに今はクリスマスですらない。夏だ、夏。真夏で猛暑日だ。

 は、は、と息を繰り返しては胸がキュウと絞まる。肺が酸欠を訴える。いくら吸っても足りない。リズムが崩れて自分のものじゃない。中学の体育で見た喘息の子は、こんな気持ちでいたのか。知らなかった。死に際はいろんな発見があるらしい。

 ぼんやりした視界が輪郭を、光を、夜を失って何もない。もう死ぬ。もはや暑くない。空は綺麗でソファは青かった。最後に見たものは、瞼の裏でも構わない。

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