第11話 覚悟 後編

(あんたの力なら、遺品を探し出せるか)


間髪入れずに俺はそう問いかけた。


『...いささか礼節に欠けるが、その効率的な姿勢は悪くない。その問いへの答えは、当たり前、だ。私は万里先のスライムの核すら寸分違わず射抜く』


(なら!力を貸してくれ!今すぐにでも、探し出さないと!)


『生憎だが、それは無理な相談だ』


(は!?だったらなんで出てきたんだよ!力貸してくれるんじゃないのかよ!?)


『落ち着け、少年。これは少年の問題だ。少年の魔力量では私と能力まで同調できない』


(だったら、なんでアルザードは大丈夫なんだよ!おかしいだろ!?)


『あれは少年が同調したのではない。アルザードが少年に同調を働きかけたのだよ。奴も【共鳴者】だからね』


【共鳴者】の対象は“互い”に同調する。アルザードは俺の【共鳴者】の対象になった時点で竜だけでなく、俺に対しても【共鳴者】を発動できたんだ。


アルザードが渋っていた理由はそれだった。最強のスキルを持ったとしても、俺はその器ではなかった。


(じゃあ、どうしろってんだよ...)


このまま、何も出来ずに終わるのか。


『...哀れな少年よ。決して成長がない訳ではない。現にこうして私と話せるほどには成長している。覚醒段階ではそれすらままならなかったからね』


なら、俺はとことん才能がないのだろう。魔力量も少ないとは


『そういう訳でもない。君の魔力は“私の世界”の平均を上回っている。単に、“勇者”を同調対象とする【共鳴者】の消費魔力が逸脱しているだけだろう』


(...慰めか?気持ちは嬉しいが、今はそれどころじゃないんだ)


『だが、がむしゃらに走り回ったところで意味はない』


(なら、どうすればいい...俺にはこれぐらいしかできない)


『そのことだがな、私が探そう』


(...さっき無理って言ったばっかだぞ)


『そういう意味ではない。私は君と視界を共有している状態にある。故に、私が君に貸すのは能力ではなく、知識だ』


(...そういうことか)


つまり、ヘリワードの知識を元に、現地の痕跡からその位置を類推する。ということだろう


(そんなこと、できるのか)


『当たり前だ。そうでなければ、狩人は務まらんよ』


その言葉が、弱りきった俺の心にとって、僅かな救いとなった


──2時間後


(すごい...本当に見つけた...)


目の前には盗賊のねぐらと思われる洞窟があった。

この鬱蒼とした森の中でよくここまで辿り着けるものだ。これが、狩人の技術なのか


『何度も言うが、当たり前だ。そして、これは前座に過ぎない』


そうだ、本番はこれからだ。これから俺は単身で乗り込み、自分の力で取り返さなければならない。


アルザードに代わればいいのでは、と思ったがヘリワード曰く、アルザードが同調した後は、俺の魔力を使って戦闘を行うため、今の状態で代わっても、魔力が足りずに能力が上昇せず、アルザードが俺の体を動かすだけになるという。

それでもかなりマシなはずだが、ヘリワードは代わるつもりがなさそうだった。


(緊張...するな、さすがに)


自らの意思で危険に飛び込むことなんて今まで一度もなかった。だが、今は行かねばならない理由がある。


そう思い、洞窟の奥へと、足を進める。

鼻をつく匂いはここで盗賊が生活している証だろう。嗅ぎ慣れない異臭に辟易しながらも、とうとう最奥に辿り着いた。


(これ、全部盗品かよ...)


そこには、かなりの数の盗品が山形に積み重ねられていた。


だが驚いている暇はない。これはチャンスだ。(盗賊が留守にしている内に、あの人の遺品を見つける...!)


しばらく探していると、一つのペンダントが目に着いた。あのおっさん─メリッサのお父さん

─が着けていたものに似ている。確認のため、写真入れの部分を開けてみると、2人の男女と子供が写っていた。


(これは...若い頃のイザベラさんと、あの人か!それでこの子は幼い頃のメリッサ!)


間違いなくあの人の遺品だった。


「やった...!これで──」


「何が“やった”だよ」


後ろから聞こえた声に身体が止まる


「おいおい、山賊相手に泥棒とか、お前、死にたがりか?お?」


見たところ一人のようだが、血みどろの短刀を携えたその姿は、俺にとってトラウマそのものだった

だが──


(そうだ...!今ここで、立ち止まる訳には、いかない!)


なけなしの勇気で体勢を立て直す


「おいおい、丸腰でやろうってか?よっぽど死にてぇみたいだなぁ?」


「いや?お前みたいな山賊如き、俺の“スキル”なら、武器なんて必要ないんだよ」


このまま素手で戦うには分が悪い。そう判断した俺は虚勢を張った


「んだと...!てめぇ、はったりきかせてんじゃねぇ!」


(よし、かかったな。ああは言っているが警戒してるのが丸分かりだ。あとは、俺の演技力次第だ...!)


「じゃーかかって来いよ、三下。怖がって間を取ろうとしてるのが丸分かりだぜ?まーかかって来たところで俺の【炎の魔術師】でイチコロだけどな」


「な、てめぇ...!!」


スキルの詳細まで言ってやれば、当然その可能性を考慮しなければならなくなる。俺が【炎の魔術師】の可能性が消えない限り、あいつは距離を詰められない


「分かったらそこをどけよ。機嫌がいいから今なら見逃してやるぜ?」


(これで...!)


「...けんな」


「あ?」


「ッふざけんじゃねぇぞ!?」


(あ、やべ)


そう言って乱心した盗賊は手に持った刃物を投擲して来た。


(大丈夫、この速度なら避けれる)


少なくとも弟の木剣の方がはるかに速かった。

それに、自ら刃物を手放したのは悪手だ。これなら俺でも対処でき──え?


グサリ、と背中に走る衝撃。次第に熱を帯びるそれは、俺の背に刃物が刺さったことを意味していた。


(あつ、痛、い、なん、で)


「は、ハハッなんだよ!【炎の魔術師】だかなんだか知らねえけど、お、俺の方が凄いんだ!俺の【投擲】の方が!」


なるほど、そういうことか。だったら俺はとんだ愚か者だ。相手のスキルを考慮していなかった。【投擲】、かなり優秀なスキルだが、こんなスキルを持っていても、山賊になることがあるなんて


(どうしようもねぇな、俺も、世界も、この、痛みも)


「どうしてやろうか?どうしてやろうか!俺をば、バカにしたんだ、お前、報いを受けさせねぇと!!」


興奮する山賊。突如、そこに冷徹な声が響き渡る


「報いを受けるのは貴様だ。薄汚い犯罪者が」


その声を合図とするかのように冷気が山賊を包み込む。


あれほど俺が恐れた山賊はものの一瞬で、断末魔も上げることなく氷像と化した。


「ラフタル」


「は、はい!」


「あそこで倒れている者に、手当を」


「わかりました!」


そう言って小走りに俺の元へ駆けつける小柄な女性─ラフタル


「少し痛いですけど、我慢してくださいね」


女性は俺の背に刺さる短刀を強引に抜いた


「グゥッ!?」


「ごめんなさい!すぐ治します!」


痛かったのはその一瞬だけだった。女性が

手をかざすとみるみる傷が修復していくのを感じた


「ふぅ、これでもう大丈夫ですよ!」


「ありがとう、ございます」


「いえ!お礼なら、団長に言ってください!」


ラフタルさんが指を差す方には先程の冷気の主と思われる綺麗な身長の高い女性がいた。


「治療は済んだか、ラフタル」


「はいっ!やり遂げました!」


「よくやった。それで?貴様にも聞きたいことがある」


「...なんでしょうか?」


「ここが、盗賊のねぐらだと、わかっていて忍び込んだのか?」


「...はい」


「...愚か者が。力を持たぬ者が無謀なことをするな。今度からは冒険者ギルドに依頼を出せ。貴様が自ら出向くよりは確実だろう」


「...」


「念は押したぞ。我々はベイリオンに帰還するが、ベイリオンへ向かうというのなら貴様も乗るといい」


「...いや、いい」


「そうか、ではラフタル、帰るぞ」


「は、はい!アンネローゼ団長!」


そう言い残すと、2人は去っていった。


「...」


黙り込んでいる俺に、ヘリワードが声をかけた


『...私は後ろから来た山賊と、冒険者2人に気づいていた。悪いことをした、と謝ろう。だが、分かったはずだ。力無きものは淘汰されるしかないのだと』


(...)


『...いや、ここから先は私は適任ではないな。アルザードに代わろう』


『よぉ、世知辛ぇ顔してんな。ま、だいたい何があったかわかるぜ』


アルザードの声だ。久々に聞い気がする。

(俺、さ。どうにかなるんじゃないかって心のどっかで思ってた)


『おう』


(でもさ、現実はそんなわけなくて、昨日から嫌ほど体験してんのに、ちゃんと実感湧いてなかっんだ)


『...』


(なぁ、アルザード、世界守れなかった時ってどんな気持ちだった?俺の出来事とはまるでスケールが違うけどさ、俺は今、悔しくて仕方ねぇよ...!)


『坊主、お前と同じさ。スケールが違っても、本質は変わらねぇ。俺もお前も取りこぼしたのは一緒だ。でもな、坊主、お前には次があるだろ?』


(...!)


『俺には、いや、“俺たち”には次がなかった。お前にもいつかその時が来る。だから、その時までは悔しがれよ。そんで、最後に勝てれば、それでいい』


(...俺さ、思ったんだ。)


『...おう』


(もし、メリッサやイザベラさんの家族が誰一人欠けることなく過ごせたらって、あの幸せな家庭が続いていったらって)


『...』


(でも、きっとこの遺品を渡せば、もう、あの明るい家庭は戻ってこない。)


『...確かに、そうかもしれねぇな』


(過去は消えない。でも未来は違う。もし、魔王が現れたせいで、あの2人が死ぬことになるんなら、俺は、それだけは許容できない...!あの2人が絶望する顔なんて、見たくない...!)


『じゃあ─』


(だから!俺、強くなるよ。もう、俺の前で幸せが崩れていくのは見たくないから...!)


『そりゃあつまり覚悟決まったってことで、いいんだな』


(あぁ...!教えてくれ、アルザード!俺はこれからどうすればいい!)


《なんだよ、発破かけるまでもなかったってわけか》


アルザードはそう、感心していた


《他人のために立ち上がれる奴はそうそういねぇ。こいつの心には“自覚”が芽生えた》


なら、あとは器を鍛えるだけだ


『...よし!じゃあ早速トレーニングだ!言っとくが、死ぬほどキツいのいくから覚悟しとけ!』


(おう!!!)


そう言ったジェームズの顔は、まるで以前とは別人だった。

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