第9話 覚悟 前編

鼻腔をくすぐる香りに眼を覚ます


(あれ...俺、あの後気絶した、よな?)


そこまで考えて、体を包み込む暖かくて柔らかい感触に違和感を覚える


(地面じゃない...明らかに布団だ...それに、この匂いは─)


「あ!お母さん!あの人起きたみたい!」


今まさに体を起こし、状況を把握しようとした俺の耳に快活な声が響く。


(なるほど、倒れてた俺を介抱してくれたのか...あのおっさんといい、この街には親切な人が多いな)


クラール帝国ではなかなか考え辛いことだ。大陸地図上で、北東に位置するクラール帝国は“魔族領”に最も近い位置にあるので、必然、人々の生活には余裕がなかったという。

そういった歴史の背景からクラール帝国には“自分のことは自分で責任を持つ”という国民性がある。

それに対し、この街があるファーナム王国は南西に位置する、最も海に近い国だ。

別名“蒼玉の国”とも言われるファーナム王国は貿易が盛んで、種々様々な国の文化を楽しむことが出来る。中には世界最高の民主国家だと言う声もあるくらいだ。

あらゆる意味でクラール帝国と正反対のファーナム王国にいるのは親父の指示でもある。親父は俺に金貨を5枚渡すと、ただ一言「ここを出たらファーナムへ向かえ」とだけ言い、俺の前から去った。正直ムカついたから、色々回り道したが、結局ファーナム王国への興味はあったので、中継地点としてこの街へ辿り着いた。


(結果だけ見れば、俺は親父の言いなりだよな...)


縁を切ったとはいえ、過去が消えるわけでは無い。俺の人生を構成する15年の記憶には、如何に親父が絶対的であるのかが染み付いているのだろう。


遠く離れても、俺の魂は未だ親父の元に囚われたままだ。


郷愁ではない。なら、心残りなのか。未熟な俺にはその判別さえままならない。結局、意味を持たなかったこの思考は、もう一度聞こえてきた快活な少女の呼び声に打ち消されたのだった。



「ねぇ!あんなとこで倒れてたなんて、あなた一体何してたの!?」


少女がズケズケと聞いてくる。少女─メリッサというらしい─は、人懐っこい犬のようで警戒心という感情とは無縁のようだった


「こら!メリッサ!あんたにはデリカシーってもんが無いのかい!ごめんねぇ、あんたも色々大変だったんだろう?ほら、これをお食べ!」


そう言って料理をよそう彼女はイザベラ。

メリッサの母親だ。この人もこの人で、少し話しただけでもう人の良さが伝わってくる。父親の姿が見えないが、母娘揃ってこの人の良さだ。さぞ穏やかな人に違いない。


「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。昨夜ちょっといざこざがあっただけなんで」


そう言って、暗に料理を頂くつもりは無い、とアピールする。

俺の衣服の汚れがある程度落とされている点を考えると、きっと俺が倒れてからそう時間が経たない内に介抱してくれたのだろう。それだけでも十分な恩義を感じているのに、その上料理まで頂くとなると、もはや罪悪感まで感じてしまう。


俺は持っている金貨の内1枚を取り出そうとした。しかし─

「ダメだよ!厚意ってのはね、押し付けられてるうちが花なんだよ!貰えるだけ貰っときな!」


俺が金貨を取り出すよりも早くイザベラさんはそう言った。


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