第2話 追憶

意識が深い闇に沈んでいく。


本来恐怖を感じる筈の底なしの闇に、俺はどういう訳か悪い気がしなかった。いや、なんなら安心さえしていた。


俺を包み込む、この曖昧でいて、温かい、どこか懐かしさを感じるこの感覚を、俺は知っていたからだ。


(そうだ...母さんの抱擁に似てるんだ。)


微睡みの中、思い起こされるのは母との思い出。確かな愛情を感じるそれは、同時に決して幸せとは言えない実家での鍛錬の日々でもあった。


――5年前


カン!カン!


昼下がりの庭で木剣がぶつかり合う音が鳴り響いていた。


だが剣戟も長くは続かず、カーン。と、どちらか片方の木剣が弾き飛ばされる。


「ジェームズ、またか...」


呆れるような親父の声。弾き飛ばされた木剣は言うまでもなく俺のだった。


「鍛錬を始めてから、一度も白星を上げられんとは。双子とは言え、弟相手に悔しくはないのか。」


そんなの、悔しいに決まってる。いつも考えてた。俺に勝った癖に、喜んだ顔の1つも見せない小生意気な弟に吠え面をかかせる方法を。


やれるだけ試して、その全てをことごとくねじ伏せられた。鍛錬が始まるまで遊んでばかりだった兄と、バカ真面目に自主練していた弟の差か。


――あるいは才能の差か。


そんなことを考えては、俺は情けなく母さんに泣きついていた。


ジュピターに負けたくない。とか、親父に失望されたくない。とか、そんな思いの丈を吐き出して、母さんはその全部を受け止めてくれた。


「大丈夫。ジェームズにはジェームズの良さがあるんだよ。きっとすごいスキルを授かって、ジュピターもお父さんもあなたを認めてくれるわ。」


――その言葉が俺の全てだった。


きっと15歳になれば、俺は誰よりもすごいスキルを授かってみんなが俺を尊敬するんだ!って。だから辛い鍛錬も乗り越えられた。


でも現実ってのはどこまでも残酷で、そんな都合のいい話は物語の中でしか許されないと、その時の俺は理解出来なかった。

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