第6話 でぃあ あかねちん≪前編≫

 マリーから手渡された手紙の表には、みかんの字で「胡桃沢あかねさま」と書かれていた。


「みかん……」


 厚みのある封筒。

 私は、封筒から可愛い柄の便箋を取り出した。


 その便箋は数枚に渡り、みかんのかわいい丸っこい字が、びっしりと詰まっていた。


 ここに真実がかかれているのだろうか。

 私が、今、保健室に居る理由が。


 -・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:.


 でぃあ あかねちん


 やっほー!

 みかんだよ!


 元気してるかい?

 ちな、この手紙を読んでるってことは、あかねちんに僕の記憶が無事に戻ったのだね。


 さすがは僕のすてでぃあかねちんだ!


 だけれど無駄に真面目なあかねちん。きっと今、脳内錯乱祭りだ、ぽんぽんぽーんだよね。


 想像しただけで笑けるわー!!

 あははははっ!


 ……こほん。

 早速だけれど、あかねちんの記憶が戻った経緯を解説するから、ココロして読む様に。てへぺろ。


 ちょっとややこしい話になるけれど、賢いあかねちんなら、余裕のよっちゃんだよね。てへぺろ。


 と、言う訳で解決編。

 ところで今、あかねちんは思ってるよね?


 さっきまで自分の部屋で寝ていたはずなのに、何故、私は保健室で寝ているの?!


 やだあ! (>_<)

 そもそも強制送還されたハズのまりが、何で人間界、学校の保険室に居るの?!


 もしかして私、鞠に犯されるの?


 今日可愛いパンツ履いてたっけ?

 

 まったくもう……初めてだから優しくしてね///


 ってさ。


 なんつって。

 まあ、冗談はさておき。


 さてさて、あかねちんは覚えているかな?


 昨夜23時30分頃、僕とベッドに寝ていた時のことを。ああ、昨夜と言う表現は正確では無かったね。


 だって、今のあかねちんにとって僕と寝ていたのは、ついさっきの出来事なのだから。ついさっきまで一緒に抱き合って横になっていたのだから。


 だだしこれは、あかねちんの感覚であって、真実ではない。


 部屋で寝ていたはずなのに、突然保険室のベッドに寝かされているのは何故か。


 あははっ!

 僕からの手紙を読みながら、困惑しているあかねちんの姿を想像しただけで笑けるっ!


 ……ごめんて。怒るなて。


 コホン。もとい。それは何故か。

 昨日の夜、あかねちんと一緒にベッドで横になっていたそのとき。


 僕は、睡眠誘発の呪文をかけたのだよ。あかねちんに向けてね。


 ――えあみゅーでん。


 この呪文を。呪文の効用は2つ。


 1つ目。

 深い眠りへのいざない。


 そして2つ目。これがポイント。

 脳内バックアップの取得。


 脳内バックアップ。

 つまり、あかねちんが僕のことを知っている現時点の脳内データをバックアップする呪文なのだ。


 そして、あかねちんから取得したバックアップデータを別の場所、つまり僕の記憶領域に退避した。


 バックアップが終わった後、予定通りシステマチックにアンドロイド審査会の遠隔操作によって、あかねちんは僕に対する記憶を全て跡形も無く消去されることになる。


 ここまでおk?

 だから、今日、つまり、この手紙を読んだ日の朝。


 あかねちんは、すっこーんと僕のことを忘れていた訳だよね。


 この薄情者っ!

 てへぺろ。


 そして次の日の朝。

 そのタイミングでは、あかねちんの脳内から僕の存在が無くなっていた。机の上のノート、2つある制服や教科書。色々と不思議な事案が発生していたはず。


 でも真面目なあかねちんは、混乱しながらも、平静を装いつつ、いつも通り授業を受け学校から家に帰る。


 言うて、今のあかねちんは、学校で起こった不思議な出来事に関する情報は全て無くなっている。忘れている。いや、脳内情報が上書きされたと言う方が正確な表現かな。


 まあ、話は最後まで聞いておくれよ。


 ここまでは、今のあかねちんは覚えていない事柄。


 なぜ今、覚えていないか。

 それは、あかねちんの脳内に僕が居なくなっていた状態のときに、鞠から呪文を掛けられたのだ。

 

 ――サルベージ


 サルベージの効果。

 僕に退避されているバックアップデータを人間、あかねちんの脳内に上書きする。つまり、僕の記憶を あかねちんに呼び戻した。


 そして今、目を覚ましたあかねちんの記憶は、昨日、僕に抱きしめられていた時点まで一気に戻った訳さ。


 まあ、鞠のかけた呪文サルベージには、ある程度の時間が必要で、その間、あかねちんは気を失った状態になっている。


 と言うことで、道路に寝かせておいて通行人から警察消防に通報されたらたまらんので、鞠は気を失っているあかねちんを保健室まで、えっちらおっちらと運んだ訳さ。


 理解した?

 これで解決編は、おしまい。


 この作業をへっぽこ鞠に。

 ポンコツ鞠に。

 役立たずな鞠に。


 この重要ミッションを頼むのは、少し、いや、かなーり気が進まなかったのだけれどね。状況が状況だし、今、人間界で、呪文を唱えられるのは鞠だけだし、背に腹は代えられぬとイヤイヤお願いした訳であります。


 妥協したワケであります。てへぺろ。


 はあ。

 ある意味、賭けだったんだけどね。まあ、何にしても上手く行って良かったよ。


 サルベージが失敗した場合、最悪、あかねちんが記憶喪失になるリスクもあったからね。あはははは。


 ちな、昨日、刑の執行が24時なのに、わざわざ23時半、早めにベッドに入ったのは覚えてる?


 僕自身、もっとゆっくりギリギリまで、あかねちんのことを抱きしめていたかった。


 けれど、バックアップ呪文、えあみゅーでん。これがまたサルベージ同様、バックアップ取得時間がジミ~に長いんだよね。


 24時ぎりっぎりまでかかってさー。


 いやー。

 ドキがムネムネ。


 そうなのだよ。

 もし仮にアンドロイド審査会の記憶消去執行が、あかねちんの記憶のバックアップ中に行われたとしたら、バックアップデータが破壊されてしまう。


 つまり最悪、あかねちんは記憶喪失になる危険性だってあったのだ。


 これが、さっき書いたリスクがゼロでは無い理由。


 いやあ、あかねちんが記憶喪失とか笑けるよね!


 あははっ!


 ああ、あと察しの良いあかねちんにはわかると思うけれど、この方法には、ちょっとした副作用があるのだ。


 うん。

 サルベージは、脳内にバックアップデータを上書きする呪文。


 だから、昨日のセーブ終了時点から、今までの記憶が、すっこーんっと抜け落ちてしまう。


 すっこーんって。


 あははっ!

 超ウケる!


 だから今、あかねちんは、昨日の夜眠ったときから、今までの関わった人たちや、物事の記憶が無くなっているのだよ。


 まあ、ほんの数時間のことだから、テキトーに皆と話を合わせてくれたまへ。


 へへっ。怒った?

 だって、僕のこと忘れちゃうよりは、ほんの数時間の記憶なんてどうでも良いでしょ?


 今度会った時に、べろちゅーしてあげるから許してちょ。


 -・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:.


 私は、一旦、便箋から目を離す。


 バックアップ?

 サルベージ?


 聞き置慣れない言葉に混乱する。


 私の脳内の情報が、昨日の夜時点で、みかんの体内にある記憶領域にバックアップされて、今、書き戻されたってこと?


 これは、みかんが私の家に来た時に、お母さんとお父さんにかけた洗脳の呪文と同じようなものなのかな。


 最悪、記憶喪失とか、軽く書いちゃってくれているけれど、大変なことじゃないか。私に相談もせずに、勝手に。


 前もって言ってくれたら、私だって協力したのに。あの時の私だったら、みかんの記憶を忘れないためなら、何だってしただろう。


 そもそも『必読』ノートだって不要だったのだ。


 だって、記憶が書き戻されることがわかっていたら、みかんのことを忘れている時間、記憶が戻るまでの私に、みかんのことを説明するのは無駄でしかないのだから。


 私は再び、みかんの手紙を読み進めた。

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