第D話 みかん
私は博士に向かって、必死に嚙みつく。みかんを守るために、みかんと私が一緒に居るために。
「どうにもならないかどうかは、やってみなきゃわからないじゃないですかっ!」
『……あかね君、何度も言うが、アン審の判決は絶対なのだよ。決定事項なのだよ。誰も刃向かうことは出来ない。もし私がアン審に刃向かえば、それはアンドロイド制作者として死と同義だ。つまり私は、二度とアンドロイドを制作することができなくなる。そのことを認識したうえで、作る側もアンドロイドを制作しているのだ。』
博士は全てを悟ったように
そうか。
って。
……ちょっと待って?
一瞬、博士の言葉に納得しそうになったけれど、それでも今回の事案については全く状況が異なる。
だって今回の暴力案件は、アンドロイド審査会発信で違反が見つかった訳では無い。
そうなのだ。
私は確信していた。
「アン審に告発したのは、博士なんでしょう?」
『ふふふ……うむ。良くわかったな。はーちゃん可愛かったぞ。』
言い切った!
悪びれもせず、言い切った。しかも頬を赤らめて照れながら。
キモいっ!
うっとりとした博士の顔を見て、私の怒りは頂点に達する。
「ちょっとっ! まさか羊っ娘に会いたいから、羊っ娘に会うために、みかんのことを売った訳っ?!」
『さもありなん。アンドロイド審査会5人衆。しかも、アン審のアイドルはーちゃんと話せるなんて、レア中のレアだ。もう死んでもいい。』
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………死ね。」
ま、まさかの、羊っ娘会いたさに、みかんを売った、だと?!
どう考えてもおかしい。彼の頭の中は、思考は、一体どうなっているのだ。もともとクズなのはわかっていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
この博士が3D映像じゃなく、現物だったら、引っぱたいているところだ。
否、引っぱたくだけでは足りない、パーでは足りない、グーだ。グーパンだ。腰をひねって、思いきり拳で殴ってやりたい。
『ふむ、あかねくんのその私に対する憎悪に満ちた目、たまらないぞ。それに、はーちゃんから貰った
「きもっ!! このドMがっ!」
『ふふふ……そんなに誉めるな。もっとくれ。』
そうだった。
彼に対する暴力は、ご褒美でしかないのだ。
本当にやり辛いったらありゃしない。
って、羊っ娘から殴られた理由も気になるけれど、今はどうでも良い。だって、どうせくだらないことなのだから。ここで責め立てても博士を喜ばせるだけだし時間の無駄だ。
あえてスルーしておこう。
『突然だが、あかね君、キミに問題だ』
博士が私に問いかける。
嫌だけれど何だか気になるし聞いておこう。
「……何ですか」
『みかんの名前の由来がわかるかね……?』
みかんの名前の由来……?
なんだ突然。
どうせクソニートのことだから、みかんを作った時、近くにミカンがあったからー。なんて、クソつまらないダジャレ気分な由来なのだろう。それか、スーパーで、たまたまミカンが大安売りしてたとか。
何にしても、今、このタイミングで出す話題では無いし、空気を読めないにも程がある。
「どうせ、みかんが完成したときに、ミカンが近くにあったからとかでしょ……?」
『甘い、甘いぞ、ベリースイートだ。あかねくん。みかんだけに甘い! 糖度高すぎだ! ……それに、みかんは、まだ完成していない。』
「完成していない……あっ! ま、まさかっ!!」
脳内に舞い降りた重くのしかかる嫌悪感。
確かに、みかんは最初に私と出会った時に言っていた。
私は
試作品、つまり……
『流石、頭脳明晰なあかねくんだ。理解が早い。そうだ、みかんの名前の由来、それは未完成の
「…………!!」
なんてこと?!
今の今まで、果物の名前だと信じて疑わなかった私。何も知らずに、みかんのことを呼んでいた。
なんなんだコイツはっ!
みかんの由来は未完成の未完だなんてっ!!
もはや、未完成の未完、名前ですらない。
未完成と言う事実であって、決して名前では無い。
そこには愛情の
いくら試作品と言っても、自分が苦労して作っただろうアンドロイド、名前をつけてあげても良いじゃないか。
アリスや、マリーを作った姫宮博士の方が、数段、自分の作ったアンドロイドたちに愛情を注いでいることだろう。
だって、彼女たちは、姫宮博士のことをパパと呼ぶまでになっていたのだから。
今、みかんが未完と言う事実を認識した今なら、このクソニートの作ったアンドロイド『未完』を壊してしまおうとしたドクター姫宮の気持ちもわからないではない。
むしろ姫宮博士の判断を支持しても良いくらいだ。
だって、愛情の欠片も無い未完成品を人間界で堂々とのさばらておくなんて同業者として、同じドクターとして、こんなマッドサイエンティストを黙って見過ごす事なんて、出来ないだろう。
事実を認識した今となっては、姫宮博士に深く同情する。私が姫宮博士の立場だったら同じ事をするに違いないから。
――吐き気がする。
私は……
――クソニートを説得することを諦めた。
だって、この博士は米粒ほどにも、みかんに対しての愛情が無い。愛情が薄いのでは無い。愛情が無いのだ。
自分の私利私欲欲望のために作られた可哀想なみかん。
この事実は十分すぎるほどに、私の心を砕くには、へし折るには十分だった。
そして、心が砕け散った末に、出来ることが何も無くなってしまった私。
そう。
今私が出来ることは、自分の無力さを痛感して呆然と立ち尽くすことだけだった。
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