第B話 あかねの秘密

 アリスは、私の秘密を言い切った。腰に手を当てて偉そうに言い切ったのだ。


「胡桃沢あかねっ! あなた、男より、女の方が好きなんでしょ?! もちろん恋愛感情と言う意味で……!!」

「…………え」


「…………え?」

「…………え?」


「…………え、って、胡桃沢あかね。女の子に恋愛感情もってるでしょ?」

「あーーー、うん。女の子に恋愛感情……持ってるけど、それが何か?」


「……それが何かって?」

「……え? 私がアリスに聞いてるんだけど」


 なんだこの ぎこちないやり取り。

 ちょっと秘密の内容が意外過ぎて、大したことなさ過ぎて、思わずアリスに聞き返す私。お互いがお互いの顔をキョトンと見つめ合う異様な光景。


 私は、この場を取り繕うように「コホン……」咳ばらいをしてみる。


 そうか。

 私が女の子好きってことが、他の皆にバレると私が困るとアリスは思っていた訳か。アリスの考えでは、女の子への恋愛感情発言を聞いた私が慌てふためくかと思っていたのだろう。


 むしろ今は、私よりもアリスの方が狼狽ろうばいしていた。


「え、え、え? 他に心当たりでもあるのかしらっ……?!」

「うんぐ……っ! ないないないないっ! 何もない! 無さすぎだよ! あああーどうしようー。私の女の子好きがーみんなにーバレちゃったらあーこまるー」

「…………怪しい」


 アリスが私のことを疑いの眼差しで見つめる。


 だってだって、あれだけ私に勿体ぶって、脅した挙句に言ったセリフが「女の子が好きでしょ」って。とんだ女子会トークじゃないか。ホッとした反面、何か拍子抜けと言うか何というか……文字通り言葉が見つからない。


 いやいやいや、だって、おかしいでしょーっ!


 女の子が好きな女の子なんて、いっぱいいるじゃなーいっ!!


 まだ、アリスのAIデータには、そこまでの知識がインプットされていないのかしら。


 まあ、何にしても、助かった……のかしら?


 でも。冷静に考えてみると、みかんに出会う前の私だったら、女の子に恋愛感情を持っていると周りに言いふらされることに、抵抗があったかもしれない。


 そう思うと、みかんのお陰で私も変わったな。良い意味でも悪い意味でも。


 ――あははははははっ!!


 急にみかんが、私とアリスの茶番劇を見て、お腹を抱えて苦しそうに笑い出した。


「あはははははっチョーウケるーっ!! あかねちんが女好きとか周知の事実ってヤツだよー! あかねちんのヒミツったらもっとアングラにある腐jy……ムグググ……」

「ちょ、ちょっと、みかんさん……? いきなり何を言い出すの。おやめなさい……?」


「え、えへへへへへへ……ごみんごみん。てへぺろ」


 慌ててみかんの口を両手で押さえる私。せっかく纏まりかけていた話を引っくり返さないでよね。まったく、危ないなあ……


 でも。今のやり取りがアリスには、お気に召さなかったようで、


「え、なになに……? 私にも教えなさいよ! さもないと……」


 アリスはビームを発射する体勢を取る。羊っ娘に通じないとは言え、みかんにも私にも効果覿面てきめんと言うか、死んでしまう……!


 みかんのせいで、もう!

 私は、後ずさりしながらアリスの説得を試みた。


「あ、アリスちゃん……や、やめた方が良いと思うな。これ以上、罪を重ねちゃダメだよ……!」

「もう暴行罪で強制送還は確定だし! 今更何をしても変わらないわ!」


「そ、そうだった……!」

「あかねちん、刑の執行、前に死す! てへぺろ」


「み、みかん! 呑気に川柳なんて詠まないで!!」


 ヤバい! もうアリスを説得する材料が何もない。何かないのか、何か、何か……


 助けてっ!!


 ――ドドドドドドドドドッ!!


 爆音が遠くから、こちらに向かって鳴り響く。


 ――キキーーーッ!

 ――ズサーーーッ!!


 その物体が私たちの直前にかけた急ブレーキによって、白い砂煙が立ち上り、ゴムの焼けた、きな臭い香りが周囲に漂った。


 それは、自転車でもなく、バイクでもなく、自動車でもない、女子高生の履くローファーから、もくもくとした煙が上がっていく。


 ――来たあああああああっ!


 こんなことが出来る女子高生、私は一人しか知らない。


 ――しーしょーーーお!!


「きゃーっ! 飛田万里さまあああああああっ!!!」


 そう、彼女の名は飛田万里ひだまり美由宇みゆう

 私達より先に、アリスが美由宇に向かって大声で叫ぶ。そうなのだ。何故かアリスは美由宇のことが異常なほどに大好きなのだ。


 美由宇がみかんのことを師匠と呼んだのに、即座に反応したのはアリスと不思議な構図に首を傾げたくもなるけれど、まあ、これで助かったのだから良しとしよう。


 本来ならアリスも、私たちのことを攻撃するのに邪魔が入ったと悔しがるところだ。けれど、アリスはぴょんぴょん飛び跳ね、美由宇に抱き着いて喜んでいる。


 オールオッケーだ。


「ってことで、逃げよう、みかん。」

「およよよよ……?!」


 私は戸惑うみかんを尻目に手を取り全力疾走で、その場から走り去る。


 あのピンチを救ってくれた美由宇には大感謝だけれど、これから起こるであろう、みかんと美由宇の茶番劇に付き合う時間は私には無い。


 私には、私達には時間がないのだ。


 ――ししょーーっ!

 ――何処いずこへぇぇぇっ!!


 アリスから、ガッシリと身体を抱きしめられた美由宇は、みかんのことを追うことが出来ないのだった。


 ……アリス、貴女だって、女子の方が好きなんじゃない。


 でもありがとう。

 あなたが美由宇を押さえてくれているお陰で、私たちは自由になった。


 そして私たちは振り返ることなく、帰宅の途につくのだった。

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