第A話 いいの? 言っちゃって。

 ――0830まるはちさんまる


 始業のチャイムが鳴り席に着く。


 これから授業が始まる。

 だけれど、みかんが居なくなると考えただけで、頭の中がぐるぐる混乱して、先生の言うことなんて頭に入る訳がない。


 ――ふんふんふふふーん♪


 こんな状況でもマイペースなみかん。いつものように鼻歌を歌いながら、教科書にカリカリと落書きをしている。


 まったくもう。

 呑気なみかんを見て堪らずに、小声で叫び注意を促す私。


「みかんっ、ちょっとーっ! このままじゃ人間界から追放されちゃうんだよっ! なに呑気な顔で、教科書にいたずら書きしてるのよ」


 そう。

 私が何を言ったとしても、みかんは何事も無かったかの様に、へへっといたずらっ子のように微笑むだけなのだ。今までみかんと付き合ってきて、みかんのマイペースっぷりはイヤという程、思い知ってきた。


 思い知ってきたのだ。

 イヤと言うほどに。


 でもでも今は、みかんの笑顔を見ただけで、切なくて、悲しくて、今にも消えそうで、このままでは明日には本当に消えてしまって、私は、私は……


「み、みかん、やだよ! やだよーっ! うわーーーんっ!!」


 授業中にも関わらず、私の目から、次々と止めどなくボロボロと涙がこぼれて行く。


 私のキャラに無い涙声に、みんなが驚いて一斉に振り向く。だけど、そんなこと、どうだっていい。みかんが居なくなってしまうことを考えたら、他のことなんて、どうだっていい。


 どうだっていいんだ。


「まったくー。あかねちんは仕方ないなあ……子供みたいだお? よちよち。てへぺろ」

「だって、だってぇー。うえーんっ!」


 半ば呆れながら私の頬に流れる涙をハンカチで拭いてくれるみかん。そんなさり気ない優しさが、今の私には余計に辛かった。


 だって明日の今頃は、その涙を拭いてくれているみかんが、私の傍から居なくなってしまっている。


 そう考えただけで、私は……


 そんな私を見て、クラスメイト達、先生が、慌てふためく。


 いつもは冷静沈着な私。だって、泣くどころか、極端な感情を現すことなんて、今まで一度もなかったのだ。そんな私が大泣きしている。


 天変地異が起きたくらいには、みんな驚いている。


 ――く、胡桃沢さん、大丈夫?!

 ――あかねちゃん、どうしたのっ?!


「ふええええーーーんっ!」


 私の本性がみんなにバレていく。でも、みかんと離れることを考えたら、そんなこと本当にどうでもいいことなのだ。


 私の本性がバレたって、成績が落ちたって、学年首席じゃなくなったって、内申点が落ちたって、そんなのどうでもいい。


 みかんのためなら、全てを捨てることだって喜んで受け入れる。この時間が永遠に続けば、他には何もいらない。


 あ、そうだっ!

 前のめりで、私は、みかんに提案した。


「ねえ、みかん! みかんって時間停止の呪文持ってるよねっ?! ずっと時間を止めちゃえば、ずっとみかんと一緒に居られるいられるんじゃない?!」

「おっとー。そいつは盲点だったね。てへぺろ」


「でしょでしょっ! 時間止めちゃえば、ずっと一緒に居られるよ!」

「だねぇ……そうだったら良かったんだけれど、アンドロイド審査会で刑が確定した時点で、呪文制限がかかったみたいなんだよー。さっき試したけど全然呪文唱えられないでやんの。これじゃ、ただのポンコツロボだにぇ。まいったー。てへぺろ」


 ポリポリ頭を掻きながら気まずそうにつぶやくみかん。


 呪文が唱えられない?!

 アンドロイド審査会は、こっちの行動は全てお見通しで先回りされてしまっているのか。それともクソニート博士が、みかんのことを制御しているのか……私たちは、どんどん逃げ道をふさがれて追い込まれているようだ。



 ――1530ひとごさんまる


 授業が終わり脇目もふらず私は、みかんの手を取り思いっきり走って家に向かった。


 そうなのだ。1秒だって無駄にはできないのだ。家に帰って早くクソニート博士に、みかんの刑執行を取り下げてもらう様に言わなければ。


 いや、どんな手を使ってでも、刑を取り下げさせてやる!


 みかんと私のために!


「ちょっ、ちょい待ってよ! あかねちん!」

「待てないよ! だってもう24時まで10時間切っているじゃない! 1秒だって無駄にできないんだからね!」


「お、おう」


 そう、1秒だって無駄に出来ない。みかんが消えてしまう前に何とかしなければ。


 いや、何とかしてみせる!

 みかんの瞬間移動も使えない今、全力疾走で家に帰るしかないのだ。早くクソニート博士を説得しなければっ!


 ――胡桃沢あかねーっ!!


 急いでいる時に限って、駆け足の私達を呼び止める聞きなれた声。でも、その想定外である声の主に私は驚いた。


 そこに居たのは、今、アンドロイド審査会で刑に服しているはずのアリスだった。


「……アリスっ!! どうしたの?! あなたアンドロイド審査会に12時間監禁されるんじゃなかったのっ!!」

「そうね。通常は12時間なのだけれど、私の場合、今晩24時で強制送還されるからって、特例で半分の6時間で解放されたわ。恩赦おんしゃ的な感じ……? 全然嬉しくないけどね」

「あ、そうなんだ」


 確かに12時間拘留されたら、解放されるのは20時以降になってしまう。と言うことは、解放された4時間後に再び人間界から追放されてしまう訳か。アンドロイド審査会も、ほんの少しばかりの温情は持っているらしい。


 とは言え、何も言い訳出来ず、言い返せず、システマチックにアンドロイド審査会へ強制送還されてしまうのは如何いかがなものかといきどおりさえ感じる。


 アリスは、半笑いで嫌味っぽく私に毒づいた。


「胡桃沢あかねさんは、私が居なくなれば清々するでしょうね。あなたの弱みを握る私が居なくなるのだから」

「そ、そんなこと……」


 って、そうなのよね。

 アリスは私たちの仲間に入れなければ私の秘密をバラすって豪語していた。


 と言っても、その弱みの内容が、私には皆目見当がつかない。けれど、正直、彼女の言う通り、アリスの強制送還は、私にとって願っても無いことだった。


「無理しなくてもいいわ。……とは言っても、まだ刑執行まで時間はあるのだから、最後に思いっきりドカーンと、大きな花火を打ち上げてやるわよ!」

「ちょっと! やめてよね! そもそも私の秘密って何よ?!」


「いいの? 言っちゃって。ふふふ……」

「う、うん……」


 勿体ぶるアリス。

 ここには、みかんしか居ないし、そのみかんは、私が腐女子と言うことは知っているし、どころか、私の魅惑のクローゼットにあるBL本を読み漁っちゃってるし、今となっては隠すものなんて何もない。


 むしろ、今、今しかないのだ。

 私の秘密を言いふらされるにしても、心の準備は必要だ。


 怖いけど、怖いけど、怖いけれど、これから私の人生、ずっと日陰で表に出られなくなるかもしれないけれど、他から聞かされるよりはアリス本人から真実を聞いておきたい。


 アリスは、身構える私に対して両腕を組み、右足を後ろに重心を置き、上から目線で言い放つのだった。

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