第8話 ふたよんまるまる

 羊っ娘がアリスの頭を蹄でポンッと叩いた瞬間。

 

 ――シュッ


 ……え?

 なんとアリスが、その場から忽然こつぜんと消えてしまった。


 特に羊っ娘が呪文を唱えたとか、魔法をかけたとか、そう言った動きは全く無くて、静かに、音もせず、何事も無かったかのように当たり前のようにアリスが消えてしまったのだ。


「は、はーちゃん! ア、アリスをどうしたの?!」

「アリス? 何のことめうか?」


 羊っ娘は蹄を顎に当てて、右に左にコキコキと首をかしげた。こんな状況にも拘わらず、その羊っ娘のあどけないキュートな仕草にドキッとする私。


 そうか。

 この羊っ娘。番号で人のことを呼ぶんだっけ。

 

 たしか、アリスの番号は……


「000164番……?」

「ああ、000164ばんめうか。ちょっと邪魔だったから、どいてもらっためう。」

「どいて、ってどこに?!」

「心配しなくても一時的なものめう。12時間後には戻ってくるめう。ただし、戻ってこれるのは今回に限り……めう」


 12時間後に戻ってくる?

 やっぱりこの娘、可愛い顔をしているけれど、油断にならない存在の様だ。

 

 みかんの言っていた戦闘力インフィニティは、満更嘘では無かったようだ。まだ会って間もないのに、事もなげに多彩な技を次々と繰り出してくるのが何よりの証拠だ。


 計算なのか、天然なのか、要注意人……いや、要注意ロボと言うことは間違いない。

 

 そこで私は、みかんに心当たりを聞いてみる。


「ねぇみかん? 前にアンドロイド審査会で戦闘力のランクを決定するって言っていたけれど、犯罪の取り締まりもやっているの?」

「まあ、あのモフモフを見る限り、そう言うことになるっぽいね。そんなん全く知らんかったわ。おっさん何にも教えてくれなかったやんね。あはは……今度会ったらぶっ飛ばす。てへぺろ」


「笑ってる場合じゃないわよ! あなた暴行罪の疑いかけられてるじゃない。アリスみたいに消されるんじゃないの?!」

「それな。どーしよ、まじやば。てへぺろ」


 とは言え、暴行罪の疑いをかけられる覚えは……色々あった。

 

 あったわー。 

 みかんと対戦したのはアリスだけではなくて、チャラ男、先輩、そしてマリー。

 

 これらの出来事が審査会に通報されているとしたら、ギリギリアウトどころか、バッチリアウトじゃないか。

 

 それでも言い訳の一つでもしたいところだ。何も抵抗をせずに黙って消されてしまうのは納得が行かない。


 羊っ娘は淡々と事務的に私……いや、みかんに警告した。


「とあるドクターから、はーちゃんに、000035ばんと000164ばんが暴力を振るっていると言う通報があっためう。もちろんその証拠データも入手済めう」

「通報! 誰から?!」


 まあ、大体こう言う密告って匿名とくめいが当り前だよね。でも、先生に犯罪をチクる様な余計なことをするのは、誰なのか凄く気になる。

 

 だってみかんは、加害者と言うよりは被害者なのだ。いつだって私を守ってくれているのだ。


 本当にムカつく。

 一体誰なんだ。それこそ絶対捕まえて、ぶっ飛ばしてやりたい。まあ、アンドロイド審査会としては守秘義務もあるだろうから、流石の はーちゃんも犯人を言わないとは思うけれど。


Dr.ドクター新戸あらとめう。」


「言っちゃうんだ!! って、ドクター新戸って誰?! そもそも、あなた人の名前覚えられないんじゃないの?!」

「ガタガタうるさい人間めうねぇ。はーちゃんが、人の名前を覚えられないなんて、いつ誰が言っためう……? はーちゃんは、覚える必要がある名前、無い名前の区別を明確につけているだけめう」

「……!!」


 二の句が継げない私のことを、羊っ娘は無表情で見下した。さも自分が、私たちとは住む世界が違う上流階級のロボであるかのように。


 アンドロイド審査会五人衆の羊っ娘が、ドクターと言う表現を使うからには、彼女の言うドクター新戸は想像するに優秀なアンドロイド制作者なのだろう。


 私の知っているドクターと言えば、みかんを作ったクソニート博士と、アリス、マリーを作った姫宮博士だ。……と言うことは、彼らの他にもアンドロイドを作れる博士が存在すると言うことか。


 言われてみれば、わからなくもない。

 まあ、アリスが呼ばれている000164番がナンバリングと考えると少なくとも164体のアンドロイドが存在する可能性が高い。と言うことは、やはり多数の博士が居ることが容易に想像できる。


 そう言えば、みかんを作った博士の名前ってなんだ?

 

 素人童貞クソニートのおっさんの印象しかなくて、全く名前なんて興味なかったわ。でも……まさか、ね。Dr.新戸が、みかんを制作した素人童貞クソニートの訳がない。


 だって、自分の作ったロボのことを通報するなんて、目に入れても痛くない可愛い娘のようなみかんのことを通報するなんてこと100%ないと言い切れる。

 

 じゃあ、誰なんだ?

 みかんの存在を邪魔に思う私の知らない博士が何処かに居ると言うことだ。

 

 一方のみかん。不意に何かを思いついた様に、手をポンと叩いて他人事の様に、呑気に口を開いた。


「ああー、新戸って。そいつ。僕の博士、素人童貞クソニートのおっさんの名字やん。てへぺろ」

「うぉいっ!」


 まさかのっ!

 おいおいおいおい。目に入れても痛くない可愛い娘じゃなかったんかいっ!


 100%無いと言い切った私の気持ちを返せ。


 言われてみれば、おっさんの名前を聞いていなかった。いやむしろ、おっさんの名前に全く興味が無かったし眼中になかった。


 ――そう言えば、博士は言っていた。


『みかんに攻撃呪文を覚えさせることは出来ない。とは言ったが何も対処をしないとは言っていない……まあ、最終手段だが、な』


 最終手段出すの早すぎっ!!

 番組の序盤で必殺技を繰り出して番組を終わらせてしまうくらいには早い。


 彼の言う最終手段は、アンドロイド審査会に通報することによって、みかんを逮捕されることだったのか。


 まあ、アンドロイド審査会に逮捕されると言うと乱暴だけど、観点を変えるならば、アンドロイド審査会に保護してもらうと言う風にも受け取れなくもない。

 

 つまり、みかんがアンドロイド審査会に拘留されている限り、みかんの身の安全は保障される。


 とは言え、最終手段を出すタイミングが早すぎる!

 

 昨日の今日だよ……?!

 みかん、娘をアンドロイド審査会に売るなんてこと親のすることか。


 羊っ娘は耳に蹄を当てて、どこかに連絡を取る素振りを見せた。


「こちら、はーちゃんめう。例の件、どうなっためう?……対象は、000035ばん、000164ばん、あーそうか。あと000006ばんもめうね。了解めう。」

「だ、誰と話していたの……?」


「……今、審査会本部に問い合わせたら、暴行罪は確定とのことめう。」


 か、確定って。

 そんな簡単に刑が確定されてしまうものなのか。いくらアンドロイドと言えど、人権みたいなものはないのか。


「ちなみに暴行罪確定って、どうなるの……?」

「強制送還、一言で言えば人間界から追放めう。24:00ふたよんまるまる自動的に刑が執行される……めう。」

「ええっ?!」


「これは決定事項、めう。」


 羊っ娘は、無表情にキッパリと言い切った。

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