第7話 めぅなんて言ってないめぅ!

「暴行……罪?! みかんが……?」


「えっとー。みかんじゃないめぅ。000035番めぅ」


 みかんじゃないと聞いてホッとする。それにしても000035番って、なんの番号だろう……?


「違うの? みかんじゃないってこと?」

「えっとー。そうめぅ。みかんじゃないめぅ、その000035番めぅ」


「その。って! だから、そこに居るのは、みかんでしょっ?!」

「えっとー。みかんじゃないめぅ。その000035番めぅ」


 ああーっ、もうイライラする!

 このままじゃらちが明かない。会話の無限ループに入っているじゃあないか!


 全く前に進まず生産性のない会話に私が途方に暮れていると、後方から私を呼ぶ声が聞こえた。


 ――胡桃沢あかねさーん!

 ――みぃつけたっ!


「うわっ!」


 このタイミングで、まさかのアリス登場。

 羊っ娘だけでも面倒なのに、このうえアリスまで来たら大混乱だ。

 

 ……と、思ったのも束の間、アリスの視線が羊っ娘に釘付けになる……と同時にガタガタと震え始めた。


「げ。は、はーーーちゃん……?」

「あーー! 000164ぜろぜろぜろいちろくよんばんめぅ! 丁度良かっためぅ!」


「!! く、胡桃沢あかねさん、ちょっと急用を思い出したから、またねっ!」

「……待つめぅ」


 羊っ娘は、ガシッとアリスの腕を、大きな蹄のついた手首を折り曲げて掴んだ。

 

 今までぽけらんとしていた羊っ娘のなごやかな表情からは想像できない。例えるなら、その目は獲物を捉えたトラの様に、羊っ娘は鋭い眼光でアリスのことを睨みつけた。


「い、いや、あの、はーちゃん……はなして……くだ、さい」

「逃げなければ放すめぅ。」

「あ。は、はい。逃げま……せん」


「じゃあ000164番、000035番の話が終わるまで、そこで大人しく待ってるめぅ」

「はい。わかりました」


 えっ? 

 あのアリスが、羊っ娘に完全服従している?!

 

 羊っ娘。

 本当に見た目は、全く、決して、絶対、強そうには見えないのだけれど、むしろそのモフモフを守ってあげたいタイプなのだけれど、アリスの怯えようをみると、私の印象は間違っているのだろうか。


 羊っ娘は、アリスの逃げない宣言を確認して、腕から手を放す。そして、アリスのことは何事もなかったかのように、みかんに対して再び向き直った。


「じゃあ、000035番、話の続きをするめ……」

「てめー! 調子に乗ってんじゃねーぞ!!」


 ――ビビビーッ!!


 突然アリスが羊っ娘へ向かってビームを発射した。


 この前、アリスがみかんに向かって発射したビームと同じものだ。しかも今回は近距離から。


 これって、羊っ娘どころか、街が吹っ飛んでしまうくらいの威力じゃない。このままでは、羊っ娘もろとも街が粉々に吹っ飛んでしまう!


「きゃあっ!!」


 思わず私は、手のひらで顔を覆う。これ絶対直撃でしょ。アリスも酷いことをするもんだ。


 あんなに可愛い羊っ娘に対して近距離からつよつよビームを発射するなんて、とても人間のすることでは無い。って、アリスは人間じゃないけれど。


 隣で一緒に見ていた みかんは、珍しく深刻そうな声で言った。


「あかねちん。心配の必要はないみたいだよ」

「……え?」


 私は指の隙間から、そっと羊っ娘の方を見る。

 

 ……と。


「ほらめぅっ! 000035番、無駄口を叩いちゃだめめぅ! こっちを見るめぅ。まだ話は終わってないめぅよ。むしろ始まってないめぅ」


 ……え?

 確かにアリスのビームは、羊っ娘に当たったはずだ。


 でも羊っ娘は、何事も無かったかのように、みかんに向けて話を続けている。


 ――そ、そんな……


 ガクリと膝を落とすアリス。

 近距離から放った つよつよビームを喰らったにも関わらず羊っ娘は、全くのノーダメージのようだった。


 むしろ、ビームを放たれたことにさえ気づいていないように見える。これでは攻撃ランクUS+、アリスのプライドもズタズタだろう。


 ちなみにアリスが放ったビームは、昨日、学校崩壊させたビームと同強度……だよね?

 

 これは、羊っ娘が着ている着ぐるみの防御力が果てしなく高いと言うことなのかな。アリスのビームが効かないほどに。


「あ、あの、その羊の着ぐるみって……」

「ああー? めぅっ!! そこの人間、何を言っているめぅ?! 着ぐるみって何めぅっ?!」


「あ、いや、その角がついてる帽子とか、蹄とか、明らかに外付けでしょ?」

「はあっ?! そ、そ、外付けとか何を言っているめぅっ?! 意味がわからないめぅっ!! これは、はーちゃんの頭と手めぅっ! 人間、失礼なことを言うなめぅ!」


 私の素朴な疑問を聞いた途端、羊っ娘は頭を押さえて明らかに動揺している。わかりやすい娘だな。

 

 だって、角帽子の下から、綺麗な髪の毛が胸元まで伸びている。それに蹄の手袋の裾からは、手首が見え隠れしているし、ツッコミどころ満載なのだけれど。


 見た目は美少女が羊のコスプレを着て歩いている、そんな感じ。


 この萌え萌えきゅんな姿で秋葉原を歩いたら、オタク達の注目の的になること間違いなしだ。


 羊の着ぐるみを着たこの美少女の目的は、何なのだろう?


「じゃ、じゃあ、めぅちゃん、あの……」

「めぅちゃんじゃないめぅっ! はーちゃんめぅっ!」

「だって言葉の最後にってつけているから、つい。」

「めぅなんて言ってないめぅ!」


 あーっ!

 面倒くさいっ!!

 訳わからん。


 彼女の思考が全く理解できない。

 私のことを人間、みかん、アリスを番号で呼ぶ彼女は何者なのだ?


「え……っと、じゃあ改めて。はーちゃん……?」

「なにめぅ?」


 素直っ!

 ちゃんと呼べば、ちゃんと反応してくれる!

 かわいい!

 何だこの可愛い生き物は!!


 もう愛しくなってくるよ。

 

 この羊っ娘。

 一風変わったツンデレと言うヤツなのかな。

 

 ……と、私が感心しているのを尻目に、今まで端で落ち込んでいたアリスが、突然、目の前に現れて、私に対して耳打ちをした。


「その娘、見た目はアホっぽいけれど、アンドロイド審査会五人衆のうちの一人だから気をつけた方がいいよ」


 え、アンドロイド審査会?

 確か前にみかんが、新しいロボが完成したら、まず、アンドロイド審査会って言う機関で検査されるって言ってた気がする。その中の幹部ってことなのかな。


 うーん。と考えていると、羊っ娘が真っ赤な顔をして頬を膨らませて怒っていた。


 どうやら、アリスから私への耳打ちが羊っ娘に届いていたようだ。


 ちなみにアリスの声は、私にさえ聞こえるか聞こえないくらい本当に小さな声だった。その声を聞きとれると言うことは、それだけ羊っ娘が並外れた聴力を持ち備えていると言うことだ。


「000164番、失礼なことを言うなめぅっ! はーちゃんはアホじゃないめぅっ! 良い子めぅッ! ポカポカポカッ!」

「いった! いたいいたい! やめてっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! ……ぐはっ!!」


 怒ったのは、そこか!


 どうやら、はーちゃんが怒ったのは、アンドロイド五人衆であることを私に教えたことではなく、「見た目はアホっぽい」に強く反応したようだ。


 羊っ娘は、アリスの腹をポカポカと蹄で殴る。


 傍から見ていると、美少女同士がじゃれあっているようにしか見えなかった……けれど、アリスはお腹を押さえて、その場にうずくまった。

 

 アリスの表情から、この羊っ娘は、見た目以上に桁外れのパワーを持っているように思える。みかんが言っていた通り、羊っ娘の攻撃力が推し量れないと言うのも理解できた。


 不思議なのは、アリスは羊っ娘の正体を知っているハズなのに、何故無謀にも羊っ娘に向かってビームを打ち放ったのだろう?

 

 と言っても、まあ、もともとアリスは無謀なキャラではあるのだけれど。


「000164番……暴行罪に加えて、公務執行妨害罪だめぅ。現行犯で逮捕めぅっ!!」


 ……え?

 公務執行妨害?

 現行犯?


「な、なにをっ……!」


 アリスが言葉を言い終わるのを待たずに、羊っ娘は蹄のついた手を高く上げ、そして、アリスの頭をポンと叩いた。


 ――バイバイ……めぅ。


「えええっ?!!!」


 なんと、羊っ娘の別れの言葉と共に、アリスが一瞬にして消えてしまった……

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