第6話 羊っ娘襲来

 ――そこの000035ぜろぜろぜろぜろさんごーばぁん!

 ――止まるめぅーっ!

 ――待つめぅーーっ!!


 羊っ娘は、女子走りでドタバタ走りながら、私たちに向かって大声で必死に叫ぶ。そんなん言われても、そんな鬼のような形相で追いかけてこられたら、待ちたくても待てる訳が無いだろう。


 ――関わりたくない。

 

 心から思う。だって、そうだよね。

 当然、鬼の形相で追いかけてくる彼女に捕まるのは嫌だ。


 何が嫌かって、捕まったら何をされるかわからないと言う不安。まあ、それもあるけれど、何よりも羊の着ぐるみを被った彼女と私たちが、同類に見られることが嫌だ。

 

 うん。だってそうなるよね。

 羊っ娘と同類とか、本当に勘弁して頂きたい。このまま羊っ娘に捕まったとして、万が一、その光景を学校の子に見られたら、絶対変態扱い確定だ。確定案件、つよつよのつよで確定だ。


 ただでさえ、みかんが転校してきて、注目されているというのに。


 ――女の子は噂好き。


 どんな些細な出来事でも、盛りに盛って周りに拡散するのだ。それこそSNSなんて使って噂を広められた日には、私はお天道様の下を歩くことさえ許されないだろう。


 #羊っ娘に説教される女子高生


 やめたげて。

 いやホントに。

 マジマジのマジで。


 そんな思いも叶わず羊っ娘は、私たちのことをしつこく必死に追いかけてくるのだった。


 私たち何かやった?

 私たち無意識に羊っ娘の逆鱗に触れるようなことをしたのかな。全く身に覚えがないのだけれど。

 

 まだ追いかけてくる。それにしてもしつこいな。全く諦める様子がない。


 そして何故か、瞬間移動できるくせに私と一緒のペースで走っている みかんに問いかける。

 

「みかんー、やばいよっ! 追ってくるよー! あれ何とかならないの?! ゼェゼェ……」


 息も絶え絶えみかんに助けを求める私。いやだって、みかんだったら何かの呪文で何とか出来そうじゃない?

 

 って、最近、自分でも、みかんの呪文に簡単に頼ってしまっている、頼り切ってしまっていることは自覚している。


 最初は、みかんに向かって、呪文を使っちゃダメ! とか偉そうに言っていたくせに、今では簡単に呪文に頼ろうとしている私。調子が良いことこの上ない。ホントごめんなさい。でも仕方がないのだ。これは緊急事態なのだ。エマージェンシーなのだ。

 

 だがしかし、みかんは私の想像を遥かに超える提案をするのだった。


「んんー。じゃーあー。アイツのことブン殴っちゃう? てへぺろ」

「それはそれでマズいってばっ!」


 ……ん?

 振りかえると流石に疲れたのか、羊っ娘は駆け足を止めて立ち止まっていた。

 

 助かった。

 何とか逃げ切ることが出来たらしい。

 最近、変なのに絡まれることが多くなったから、なるべく面倒は避けたいのよね。アリスとかマリーとか変態博士とか。


 でも、安心したのも束の間だった。


 ――しょうがないめぅねえ……


 何かを呟いている羊っ娘の姿が見える。

 

「……! ふあっ!! なにっ?!」


 想定外の出来事に思わず奇声をあげる私。


 なななな、なんとっ!

 後ろに居たはずの羊っ娘が、いつの間にか私たちの目の前に立っていたのだ。

 

 え、一体何が起こったの?

 全く理解が出来ない。


 まさかの羊っ娘に双子が? と後ろを振り返ってみたけれど、もうそこには誰も居なかった。それはまるで、みかんの瞬間移動の呪文を使ったかのように、いつの間にか羊っ娘が目の前に立っていたのだ。


 そして羊っ娘は、何事も無かったかのように、私たちの前に立ちはだかり素朴な疑問を呈する。


「何で逃げるめぅ?」


 上目遣い+潤んだ瞳で私のことをじっと見つめる羊っ娘。


 ――きゃわわっ!!!


 いや、ちょっと待って?

 この羊っ娘近くで見たら普通に可愛いじゃないか。角とか、そのモフモフとか触らしてほしい、あわよくば抱きしめたい衝動に駆られる。もふもふした羊の毛を撫でたい衝動に駆られる。


 鼻血が飛び出るかと思った。割と本気で。

 全身 (顔以外)羊の着ぐるみにくるまれた女の子。


 いや、これマジで2ショットで写真を撮らせて欲しい、そしてスマホの壁紙にさせてくださいと土下座したいくらいには余裕で可愛い。

 

 ……おっと。

 そんなことを考えている場合じゃなかった。私は、羊っ娘に、ありきたりの言い訳で逃れようとする。


「あ、えっと、なんとなく? 人間の本能としては、追われると逃げたくなるものじゃない……?」

「そうめぅかあ……」


 ありきたりの言い訳を受け入れた?!

 けれど、羊っ娘は、ヤレヤレと両手を広げて溜息交じりに呟いたのだった。


「人間って本当に面倒くさいめぅね……」


 ……え?

 この娘、は面倒くさいって言った?

 

 ってことは、この羊っ娘も、みかんと同じロボってこと……?


「み、みかん……?」


 一方、隣にいるみかんは、直立不動で呆然と羊っ娘のことをじっと見つめていた。


 もしかして、みかんは羊っ娘の能力値を測っているのかしら。そう、みかんは相手の能力レベル、つまり攻撃力、防御力を数値化しレベル分けすることができるのだ。


 だから、みかんが呆然としている理由として、2つの可能性が考えられる。


 それは、みかんが羊っ娘の能力を計測した結果、アリスのように有り得ないくらい高い能力値が出てビビっている、あるいは、マリーのように絶望的に低い能力値が出て違う意味でビビっている。この2択。


 ――出来れば後者でお願いしたい。


 まあ見た目は、どう見ても後者だよね。めうとか言ってるし。全然強そうではない。


 けれども、万一、二択のうち、前者、つまり、羊っ娘が高い能力値であると、みかんの中で判断されたのであれば、非常にマズい。アリスだけでも大変なのに、その上、羊っ娘まで敵として加わったら本当にマズい。激ヤバだ。

 

 みかんは、珍しく真面目な顔で呟いた。


「これ、ヤバいやつかも。違う意味で。」

「違う意味? どういうこと……?」


「戦闘能力全てX'FFFF'ハイバリュー……インフィニでやんの。」

「……え? どう言うこと?」


 混乱して、同じ台詞で問いかける私に、みかんは言葉の意味を丁寧に教えてくれた。


「攻撃ランク、防御ランク、共に推し量れないレベルってこと。簡単に言えば、可能性は未知数ってやつ。つよつよな意味で。まいったねこりゃ。」


 みかんの意味不明な言葉に私は戸惑った。

 レベルでは推し量れないくらいの最高レベルのロボ。みかんが、相手の能力を読み取れないなんてこともあるのか。

 

 この羊っ娘は、みかんやアリス以上の能力を備えているってこと?


 いやいやいや、今そこに、ぽけらんと突っ立っている羊っ娘の能天気な表情からは、どう贔屓目ひいきめに見ても最強ロボには見えない。ちょっと頭のネジが緩んでいる守ってあげたいくらいの可愛い女の子だ。


 そして、羊っ娘は、動揺する私たちを尻目に事務的に宣言した。


「えっとー……000035番。キミはの疑いがかけられてるめぅ」


 ……え?

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