第4話 マリーのターン

「いきますわよー!」


 ――レイ、ロンスモーッ!


 右手を振り下ろしながら呪文を叫ぶマリー。


 その表情は自信に満ち溢れ、薄ら笑いさえ浮かべていた。


 ぎゃああ……!

 赤い光線が機械音を放ちながら、みかんに向けて発射される。


 ――ピーーッ!!


 凄い。これが、戦闘呪文の威力なの?!


 アニメでは見たことがあるけれど、まさか、ここまでとは思わなかった。いくらロボとは言えども、こんな威力のあるビームを喰らったら、ひとたまりも無いだろう。


 それでも光線は、キーンと耳が痛くなるような音をたて、みかんに向かって真っすぐ飛んでいく。


 この音……モスキート音に近い とても不快な音。そう、中年になると聞こえなくなるという蚊が飛ぶような音、モスキート音だ。


 子供の頃、お父さんからモスキート音が聞こえるか実験された思い出が蘇る。はた迷惑な話だ。


 いや、そんな呑気なことを考えている場合ではなかった。死ぬか生きるかわからないくらいの大問題が目の前で起こっているのだ。お父さんがどうとか考えている場合ではないのだ。


 こんなことを考えている間も光線が止まってくれる訳もなく飛んで行く……いや、本当に飛んでいるのかは正直わからない。


 そう、それは、あくまでも私の想像。

 だって全く見えないもの。私の動体視力は、人並外れていると自負するくらいだけれど、それにしても光線のスピードが速すぎる。


 だって速すぎるのは当たり前。その名の通り、光線は光速で進むのだもの。


 マリーの指先が赤く光った瞬間、光線は私の視界から見えなくなっていた。


 ちなみに、みかんの光線は、飛ぶというより、ぼやけた光でフワッと相手を包みこんでいく優しいものだった。


 そういう意味でも、残念ながら、マリーの光線は真逆だった。


 だって、モスキートだよ?

 ビームがキーンと不快な音を発して爆速で飛んでいるのだよ?


 ……たぶん。

 だから、見えないんだって!

 私、嘘嫌いだもん。バカ正直ではあっても、嘘つきにはなりたくないもの。人間だもの。あかを。


 ……いや、これも嘘だった。

 まさに今、私は みかんのことを双子の妹だと嘘をついているではないか。


 あああああーーーっ!

 このクソロボのせいで、私は嘘つきになってしまっているじゃないか!


 みかんのバカ!

 死んじゃえ!


 ごめん、これも嘘。

 だって、まさに今 みかんは死んでしまうくらいの出来事が起こっているのだから、冗談にもならない。


 こんな爆速な光線を喰らったら、いくら頑丈な みかんでもイチコロ、即死、爆死、試合終了、ゲームセットである。


 こんな長い間、私が考えているのだから、みかんにビームが当たっているんじゃないかって?


 だよね。わかる。

 そう言いたくなるのもわかるよ。


 どこぞの戦隊ヒーローの変身シーンではないのだ。これは事実、リアリティでドキュメンタリーなのだ。光線が気をきかせて待ってくれる訳が無い。


 1秒もたたないうちに、みかんにブチ当たっているに違いないのだ。なのになぜ私が、こんな遠回しな物の言い方をしているか。


 だって、怖いじゃん!

 みかんの方、見れないって。無理だって。


 悲しいことに残酷なことに、信じたくはないが現実は厳しいのだ。現実を知るなんてJK1には厳しすぎる。それこそトラウマ案件だよ。


 みかんだって、ロボだから痛覚もないだろうし、痛くたって悲鳴を上げることはないだろうし。


 とは言え、いつまでもこうして目を閉じている訳にもいかないので、恐々と、ゆっくりと、みかんの方向に視線を移してみる。


 ……え?


 なんと、みかんは、ぼーっと突っ立っていた。


 棒立ちだ。

 Mikan is standing.


 みかん いず すたんでぃんぐ。

 小学生でも分かるようなbe -ing構文を使いたくなるほどに、彼女は棒立ちだった。


 え、もしかして弁慶状態?

 源義経を守ったかの如く、私のことを守って立ったまま死んでいるということ?


 い、いやああああ……!

 そんなの嫌だああああああっ!!!


 みかん!

 嘘だよね?!


 嘘だと言って!!


 ……ん?


 ――ひゅるるるるぅ


 え、何の音?

 どこかで花火大会でもやっている?


 田町で花火大会とかやってたっけ?

 否、ここは異空間だった。花火大会なんてやっている訳が無い。


 あ、異空間の花火大会だったらあるかもね。うん。


 と、現実逃避していると、誰かが私に話しかける声が聞こえた。


「あかねちん、アレアレ、あれだよ」


 弁慶状態で死んでいたはずのみかんが、マリーの方を指差して私に話しかけた。


 え、あなた、死んだんじゃないの?


 え、どういうこと?

 弁慶さんはドコに行ったの?


 弁慶さんじゃなくて仁王さんだったってこと?


 ここは地獄?

 あ、地獄は閻魔さんか。じゃあ大丈夫か。何が大丈夫かはわからないけれど。


 私は混乱しながらも、みかんの指差す方向を懸命に探すが、それに思い当たるようなものは何もない。


「あかねちん、しっかりしなよ! 鞠のビームは下、しーたっ!」


 ん?

 私は、うつむいて真っ暗な空間の中を眺める。


 あ!!

 マリーの光線が、みかんとマリーの中間地点で失速し、なんとも頼りない速さで異次元の底へ流れて行く。


 ――ひゅるるるるるるぅ


 それはもう流れ星のように。


 いや、流れ星の数億倍は遅い。今にも消えそうで儚い。光線って、ビームってリアルだと、こんなもんなの?


 首を傾げる私とみかん……と、マリー。


 え、何故にマリーも首を傾げる?


 謎すぎる。


「あれ……? ですの。そんなハズは無いですの。レイ、ロンスモーッ! ですのーっ!」


 マリーは再び、右手を挙げ、振り下ろしながら呪文を叫ぶ。


 ――ピーッ!!


 再び勢いよく赤い光線が放たれる。


 …………


 ――ひゅるるるるー


 結果は同じ。

 2つ目の流れ星が異次元の奥底に落ちて行く。


 ……え?

 もしかしてマリーって、まさかの みかんさんと同じポンコツロボってこと?


 みかんが守備型タイプのポンコツロボで、マリーが戦闘型タイプのポンコツロボ。


「なはははっ! 鞠、笑けるわー」


 みかんは、おなかを抱え笑いながらマリーに近づいていく。


 って、おいこら、ちょっと待てよ。

 これでは、いくらマリーのポンコツ飛ばないビームだって、射程距離内に入ってしまうではないの。


 ――ひゅん!


 どころか、みかんが右足を軸にして勢いよくジャンプし、一瞬にしてマリーの背後に回り込む。


 そうかっ!

 接近戦なら呪文がなくても素手で戦える。しかもマリーの背後、死角である。


 それはもうチャラ男をぶっ飛ばした時のように、ボグォコーーーって殴るってことか。


 これで、みかんの方にアドバンテージが移り一気に形勢逆転だ!

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