第2話 姫丸・クロック・ルマンド・ラプラドール
――きりーつ、礼!
「さーてさてさて、あかねちゃんかえろーじぇー! はよ帰って、はよ本の続きを読まなくてはあ! はよはよっ、はよーーーっ」
終業の挨拶が終わるや否や、両握り拳を高く掲げ張り切って帰ろうとするみかん。
ところでキミの言っている本って、どうせ私のBL本でしょ。何故に本を買った私よりも、先に読もうとしてくれているのよ。
ここでそんなことを言っいても仕方がないので、あえてBL本の話には触れないでおく。
「あ、ごめん。これから私、生徒会室に行かなきゃいけないから、みかんは先に帰ってて」
「えっ、そーなん。んー仕方ないなあ。じゃあ僕も生徒会室に付き合ってあげるよ。お手伝いするよ」
この前、生徒会長の弘子先輩に仕事っぷりを誉められて、すっかり気をよくしているみかん。
あーあ。やっぱりこうなるよね。
お願いだから先に帰ってほしいなあ。
みかんのせいで、弘子先輩と二人きりになる機会が減りそうだ。みかんが私に付いてくることが増えれば増えるほど、弘子先輩と二人きりで居る時間が少なくなってしまう。
弘子先輩と二人きりで何をするわけでも無いけれど、やっぱり弘子先輩が大好きな私は、弘子先輩のことを独り占めしたいのだ。
――胡桃沢みかん!
――ちょっと待つのですの!
ん、誰だ?
背後から呼び止められたこともあって、まだ声の主は見えていない。
だけれど、この個性的な言葉遣いは、さっき教室で挨拶をしていた転校生、姫宮さん……だったっけ。流石の私も彼女の正式名が長すぎて、覚えることを諦めたのだった。
まったく。転校初日から わざわざみかんのことを呼び止めるなんて、余程の物好きとしか思えない。
みかんは、華麗にくるりと反転して元気にを挙げる。
「ほいほーい! ……ってキミ誰」
「ええっ?! さっき会ったばかりですの! 姫宮・マリー・クロティルド・ルシール・ラプラードですわっ! まったく失礼な」
「ごみんごみん、で、その姫丸・クロック・ルマンド・ラプラドールちゃん、僕に何の用かい? ところで犬みたいな名前でおもろいね。てへぺろ」
「犬じゃないですわっ! 姫宮・マリー・クロティルド・ルシール・ラプラード!!」
漫才のツッコミとボケが噛み合った瞬間だった。初対面とは思えないくらいにはハマっている。みかんのコミュニケーション能力、ある意味すごいわ。羨ましくはないけれど。
「あははは。
「鞠じゃないですの! マリーですの!」
「おお! 今、僕が漢字で呼んだの良くわかったねー。さっすがー」
「おほほほほっ。それほどでもないですわ。って、やめてくださる?! そんなことで褒められても嬉しくないですの!」
おーおー。ノリツッコミまで出来るなんてすごいじゃない。この短時間にボケとツッコミが連発されるなんて、ワンチャンM-1出場できるんじゃない?
何てバカなことを言っている場合じゃないか。これでは延々と話が進まないし、私も暇ではないのだ。早く生徒会室に行かなければならないのだ。
「ま、マリーさん、みかんに用があったんじゃないの?」
「あ、そうでしたわ。忘れておりました。胡桃沢みかん。いざ尋常に勝負……ですの!」
勝負……?
みかんってば、知らない間にマリーに何かしたのかな。みかんなら十分にありえる。そもそも、みかんとは知り合いなのかしら?
みかんは、心当たりがあるのか無いのか、左右に首をコキコキと傾けて考える。
「うーーーん。よし、わかった。じゃあ、ちょっと移動しようぜ。てへぺろ」
移動?
ああ、廊下じゃ人目に付くもんね。ここで勝負なんて物騒なことをしたら後々面倒だ。みかんも、わかってきたじゃないか。
だけれど、みかんにしては珍しく真面目な顔をして、慎重な素振りを見せている。この振る舞いは、マリーを知っているからこその行動なのか、まだ私にはわからない。
――シュタタタタタッ!
遥か前方から、けたたましい足音が聞こえる。
誰か?
知ってる。まあ、彼女とは数回しか会っていないのだけれど、ワンパターンの登場方法に慣れてしまった感はある。
一言で気持ちを表現すれば……
面倒なのキター!!!
である。
「ししょーっ! 何処に行くにゃああああっ! みゅうも連れて行くにゃああ!」
ですよね。
言わずと知れた1年A組の飛田万里美由宇さんですよね。美由宇は、不自然なくらいのバッドタイミングで、みかんとマリーの間に滑り込んだ。なんかもう、おおごとになる予感しかしない。
とりあえず一旦、間を置こう。
「うん。とりあえず、移動しようか」
「そうだね。てへぺろ」
「え、なんですの? どう言うことですの?」
「にゃにゃ! 何やら楽しそうな予感しかしないにゃ! 行くにゃ行くにゃ!」
だって、この濃いメンバーが集まったら、揉め事が起きない訳が無い。そう、揉め事が起きないことの方が不思議なのだ。
だから、人通りの多い廊下よりも、人気のない校舎裏に移動しておかないと後々面倒になることは間違いない。みかんに呪文を使わせないためにも、ここは穏便に済ませたい。
それに、見たところマリーは、とても気が強そうだ。何て言うのかな。彼女の体中から、不条理な因縁をつけられそうな空気が、ムンムンと醸し出されているのだ。
まったく。
普通は、校舎裏に用事があるなんてことは滅多にないのですよ。掃除当番か、あるいは某先輩の様な不良に呼び出される時くらいにしか使われないだろう。
でも、ここ最近、溜まり場のように訪れているような気がする。嬉しくないなあ。
「師匠! どうしたんですにゃ。ケンカにゃ? ケンカにゃら、みゅうに任せてくださいにゃ! 一瞬にしてぶっ飛……」
「ばんでるん あんでれすふぇーれ! てへぺろ」
みかんは、美由宇の言葉を当たり前のように遮り、天空を指差し呪文を唱えた。
それにしても、相変わらず美由宇に対する扱いが雑である。ちゃんと面倒みなさいよね。
――シュッ!
って、え?
周りの景色が真っ暗になる。これは、瞬間移動の呪文を唱えた時と同じ現象だ。
瞬間移動と同じと事象と言うことは、真っ暗闇から、段々と明るくなるはずだ。
……って、え?
ならないっ!
明るくならない!
いや本当に、明るくならないよ?
全然、明るくならない。辺りは依然として真っ暗で、静寂に包まれている。
暗いよ、怖いよ。
さては、みかんのヤツ、呪文に失敗したな?
ポンコツロボのみかんのことだ。今まで、たまたま呪文が成功していただけで、普段は何回も失敗しているのかもしれない。あながち冗談とは言えないのが怖いところだ。
でも、暫くして暗闇に目が慣れてきたのか、辺りが明るくなってきたように感じる。
そして、その空間の中に2人の人影が、ぼんやりと浮かび上がって見えた。隣に居るのは、みかん、向こうに居るのがマリーか?
私は、隣の人影に声を掛ける。
「みかん、みかんなの?」
「うん、みかんだよ」
良かった。
みかんの明るい声を聞いてホッとする。どうやら、とても状況からは成功と思えないのだけれど、呪文は成功したようだ。
「ここ、どこ……?」
「うーん……少なくとも人間界ではないかな。てへぺろ」
「人間界では無いってことは異世界?」
「まんまやん。でもまあ、そうだね。当たらずと言えども遠からず。今流行りのアニメとかラノベで言うところの異次元ってヤツかなあ」
え、異次元って、また凄いところに引っ張られちゃったみたいね。
でも、真っ暗なだけで空気はあるみたいだから、人間でも過ごせる環境ではある。決して居心地は良くないけれど。
「で、なんでこんな異次元に連れてきたのよ?」
「あーね。僕は、今回のことで周りを巻き込みたくないのだよ。僕えらいーっ! てへぺろ」
「そう言えば、みゅうちゃんが居ないみたいだけど……」
「あーね。あの下僕は、僕の呪文が通用しないから、ここには来られなかったのみたいだにぇ。肝心な時に役に立たない下僕だよね。あはは。それに……」
「それに?」
珍しく真顔で抑揚のない声で話すみかんは、少し怯えているようにも見えた。そもそもロボが怯えるのかとも疑問にも思うけれど、みかんがマリーに対して感じている危機感は相当なものの様だった。
みかんが怯える理由はなんなのか。
それにマリーを異次元に連れて来なければならない状況なんて、ちょっと尋常ではない。胸騒ぎがする。
そして、みかんは慎重に言葉を重ねた。
「それに……あかねちん。この娘、僕と同じだ。」
「え、同じ? なにが?」
「ロボ、だよ。」
「そっか、ロボね。ふーん。なるほどねー。……って、えええええええーーっ?!!」
今度は私がノリツッコミする番だった。
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