第9話 もしかして:チャラ男からの脱出
――ハァハァ
――ゼェゼェ
健気なチャラ男くんは息を切らせて、みかんのもとに走り寄るのだった。
うーん。
彼ってば、気のせいか初めて会った時のオラオラ感が抜けていて、その代わりに誠実さが彼の身体からにじみ溢れているような、いないような。そもそもキミ、そんな爽やかキャラでしたっけ?
もしかして:チャラ男からの脱出
まあ、私としては、どうでも良いことなのだけれど。
一方、みかんは彼が自分のために駆け寄ってきたことを知ってか知らずか、つれない反応をする。
「なんだいキミ。また僕にぶっ飛ばされにきたのかい? てへぺろ」
みかんは、SM嬢の如くチャラ男に対し汚らわしいものを見るような視線で、
この前チャラ男に会った時も、珍しくまともな言葉を冷たい感じで使っていたし、心の底から嫌いなタイプと言うことか。ロボにも人の好き嫌いがあるのかな。
って、
だからチャラ男は、細かいことまでは気にせずに みかんが話しかけてくれた事実に重きを置いているように見えた。そして、みかんを真っすぐに見つめ、キッパリと言い切った。
「ぶっ飛ばしたければ、いくらでも殴ればいい。それでキミと向き合えるなら本望だ」
「お……? お……?」
かっけぇ。
流石の みかんも、チャラ男からの想定外な反応にたじろいだ。
例え みかんとは言え、殴れと相手から殴れと言われて殴るなんて青春ドラマみたいなこと出来ないよね。
むしろ、ここで彼のことを殴ってしまったら、ただの悪者アンドロイドである。世界平和なにそれおいしいの。である。
あーでも、一般常識が通じないみかんだったら殴りかねないか。
そして、みかんの隣に居た美由宇がチャラ男に向かって両拳を突き上げる。これは、みかんにとって助け舟と言って良いのかは微妙なところだ。
「なに言ってるにゃーっ! お前なんて師匠が手を出すまでもないにゃ! みゅうが成敗してくれるにゃーっ!」
思わぬ伏兵登場、って、思わぬ……でもないか。美由宇も、みかんと同じで男子よりも女子の方が好きな節がある。
だから、自分の師と仰ぐみかんが、見知らぬ男から言い寄られているところを見せられたら、溜まったものではないと言うところか。
顔を真っ赤にして怒る美由宇を みかんが制止する。
「ふーん、ふむふむ。みゅう……ちょっと待て」
「りょ、了解にゃ師匠……」
今にもチャラ男に殴りかかりそうな美由宇。だけれど、みかんは美由宇の右前に立ち、左手で自分より前に出ないように制する。
イケメンか。
そして、みかんに絶対服従の美由宇は、不服な顔をしながらも拳を素直に引っ込めるのだった。
流石の みかんも美由宇を見て冷静さを取り戻したのだろうか。チャラ男に対して、ゆっくりと丁寧に語り掛けた。
「お兄さん、お名前は?」
「……え? 俺は
「まーね。てへぺろ」
「よっし、よっし……!」
みかんの肯定に、小さくガッツポーズをして喜びを嚙みしめる我流院。そんな彼を尻目に、みかんはクルっと身をひるがえし、何事も無かったかのように今度は先輩の方に向き直る。
「パイセン! そう言えば、名前聞いてなかったね。何ちゃん?」
「
「史緒里ちゃんね。おっけーさんくー」
そう言えば、二人の名前を聞く必要性も無かったから聞いてなかったな。むしろ、名も無き単なるモブキャラだと思っていた。
だけれど、みかんは急に、思いついた様に先輩たちの名前を聞き出した。一体何を企んでいるのだろう。
みかんって、基本的にロクなことを考えないから不安でしかない。
「んーと、んーと。いち、にい……さん……は、ないのか。いや、あるのか。交換こしなきゃだからー。うーん……ややこしや」
みかんが先輩とチャラ男を順々に指差して、独り言をブツブツと呟きながら、指折り数えだした。こう言う時のみかんって何を考えているのか想像もつかない。まあ、想像したくもないけれど。
みかんは長い間、両手の指を折りながら一生懸命何かを数えていた。
それはもう最新の超高性能AIシステムが搭載されているとは思えないくらいには、アナログ感を醸し出している。
「ま、いっか。なんとかなる、なんとかなるなる。てへぺろ」
「……待って?」
諦めた。
って、おい。
その妥協は恐怖でしかないぞ。
それって、最悪、何とかならなくて、大人数の記憶消去をしなければならないパターンの奴じゃない?
チャラ男をぶっ飛ばした時も、結局は記憶消去の呪文で何とか事なきを得たじゃないか。
いや、美由宇にバッチリ見られていたと言う意味では、何とかなってないとも言えなくもない。
みかんは私の言葉が届いていないフリをして、我流院聖也、御影史緒里に向けて1人ずつ順番に指差した。
「よっし。いくぞよ。あっと。えっと、えっと……あうすたーしゅばなーね。せーやがりゅーいんりーべふぉんいっひずしおりみかげ……えいえいっ! これでどーだあ!」
みかんが呪文を唱え終わる。
と同時に、聖也には青い光、みかんと史緒里には赤みがかった光に、それぞれ包み込まれて行く。
これは、なんだ……?
一気に三人に、しかも違う色の光が発射された。複数の光が発射されるパターンの呪文は初めてだ。
少しして彼らに囲まれていた光がフッと消える。すると呪文の効果が発動されたのか、聖也の視線が、みかんから離れ……そして、史緒里に移った。
そして聖也は、今まで見向きもしなかった史緒里のことを熱い眼差しで見つめだしたのだ。
「あ、あの、俺、キミと会ったことありますよ、ね……?」
「あ……は、はひっ! 会ひましす……した!」
突然聖也から話しかけられた史緒里は、正座した姿勢のままビシッと背筋を伸ばし、テンパった様子で噛み噛み返事をした。
まあ、いきなり好きな人から話しかけられたらテンパりもするか。
そんな二人の様子を見て、みかんはニヤニヤと、したり顔で笑っている。まるで、厄介払いが終わったかのように。
一体何がどうしてどうなったのだ……?
これもみかんの呪文の効果なのか。いや、絶対呪文だ。間違いなく。
最近、みかんのヤツ、後先考えずに呪文を使う様になってきた。周りに人が居なかったから良かったようなものの、公衆の面前で迷いなく呪文を使われたらたまったものでは無い。
って、あれ……?
「あかねちゃん……私、めまいがするみたい」
私の近くにいた萌ちゃんが、青ざめた顔をして、頭をプルプルと振っている。
「え、大丈夫?!」
彼女は運動が得意なタイプではないから、いきなり走って疲れてしまったのかもしれない。早く学校に行って保健室に連れて行ったほうが良さそうだ。
「う、うん。なんか、みかんちゃん達の方を見ていたら、中に目がチカチカなったみたいで……みかんちゃん達が、赤とか青とか光って見えたの」
「あ、え、えええ! そ、それは大変だ! 少し休んだ方がいいかも! 保健室で休んだ方がいいよ!」
「そうだよね。うん。そうする……」
ちょっと待って。
これって萌ちゃん、絶対みかんの呪文で発射された光線のことを言っているよね。それはめまいじゃないよ。現実だよ。
でも言えないんだ。ごめん萌ちゃん。萌ちゃんは私の死角に居たから、正直、ちょっと忘れてしまっていた。
とりあえず、聖也と史緒里は、もう大丈夫だろう、と信じたい。と言うことで、彼らのことは放っておいて、萌ちゃんのことを保健室に連れて行くべく私たちは学校に向かう。
「史緒里さん、これからお茶でも如何ですか?」
「は、はひっ!」
はひっ! って、これから授業でしょ。まあ、不良パイセンのことだから授業をサボるのは日常茶飯事なのかも知れないけれど。
結局、みかんは、どのような呪文を使ったのかな。洗脳系の呪文かな。
私は、みかんの耳元に向けて小声で囁いた。
「また呪文使ったでしょ。なにあれ?」
「てへ。チャラ男くんの僕への感情をパイセンに移してみたんだー。うまくいったぜ! てへぺろ」
あー。期待を裏切らないなあ。悪い意味で。でもまあ、聖也も改心したみたいだし、その気持ちに嘘はないだろう。
ただ、みかんの呪文は人の心を弄んでいるようで、少し心が痛んだのも事実だ。
これでは、女子高生お悩み相談ツインズどころか、女子高生お悩み魔法押し付けツインズだ。
今回、聖也の気持ちが史緒里に向かったことが良かったのか悪かったのか何とも言えないところだけれど、正直、こう言うことに関しては、キチンと手順を踏むべきだと思うのだ。
呪文を使わずに、誠意をもって相談に乗る。例え遠回りになったとしても、時間をかけて相談者のフォローをする。じゃないと、相談してきた人の気持ちを裏切ることになってしまう。
「みかんさあ。これじゃあ相談を解決したことにはならないよ?」
「んー、じゃあ戻す?」
「そう言うことじゃなくてさ!」
「あかねちん。声でかいよー! あはは」
全く!
こう言うところを見るとロボなんだなと思う。
感情を持たずして冷徹に自分の欲望を満たす。
博士からすれば、女子高生の悩みを呪文を使って解決した。成功だ。と言うことだろうし、ロボとしては、模範的な行動なのかもしれない。
だけれど、少し、いや凄く気持ち悪いと言うか、納得がいかないと言うか何と言うか。
呪文を使わずに女子高生の悩みを解決したいと思うのは、みかんの住みやすい環境づくりを実現しなければならない私の立場的にワガママなのだろうか。
私は悶々と考えながら、萌ちゃんのことを学校の保健室まで連れて行った。
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