第8話 ツンデレ女子高生の悩み
「さてさて、パイセン。僕ってばパイセンの命の恩人になってしまったね。んで、ありがとう、は? あ、り、が、と、う。ね、てへぺろ」
うわー、みかんたらもう、性格悪すぎっ。引くわー。
まあ確かに みかんの時間停止呪文が無ければ、先輩は間違いなくトラックに轢かれていた。
だから、普通は何も言わなくても感謝の言葉を述べるシチュエーションだろう。助けてくれた命の恩人にお礼を言うことは、一般人の一般常識だ。
けれど。
「助けてなんて言ってねーし!」
…………
…………
…………
ですよね。
彼女は、一般人では無かったらしい。どんなツンデレ娘だ。
トラックに引かれそうになった時に、きゃあああああっ! なんて乙女チックな悲鳴をあげていたじゃないか。乙女の悲鳴をあげていたじゃないか。
なんなら、さっき美由宇に向かって、ありがとうって、かわゆくお礼を言っていたじゃないか。あれは無意識に出た言葉だったと言うのか。
まあ、仮に感謝の言葉が、無意識に出てしまったと言うなら、根は良い人で、素直になれないツンデレちゃんと言うことになるのだけれど。
「あ~そかそか~。じゃあ、テイク2いきまーす。てへぺろ」
みかんは先輩のことをお姫様抱っこして、車道に放りだそうとした。
いやいやいや、それってもう殺人だって。さすがに止めなきゃ!
「みかん! やめっ……」
「きゃあああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 命を助けてもらって、ありがとうございますうぅぅ……!」
「……え?」
「うむ。よろしい」
みかんは先輩のことを、そっと地面におろした。
先輩は素直になれないツンデレちゃんだったようだ。その気になれば、ありがとうだけでは無くて、ごめんなさいも言えるようだ。
何にしても、ここで殺人事件が起こらなくて良かった。もしみかんが、先輩を道路に放り投げたとしたら私も共犯者、前科一犯になってしまう。勘弁だ。
人を道路に放り投げるとか、みかんならやりかねない。
いやいや冗談じゃない。例え実行犯では無く共犯者と言っても女子高生にして犯罪者にはなりたくない。
先輩もみかんから解放されて、ホッとしているようだ。そして、みかんからは逃げられないと諦めたのか、ペタンと路上に女子座りしている。
まあ、逃げたところで、再び美由宇に捕まるだろうし無駄だよね。
「さて、あかねちん! こいつどーするの?」
「先輩に対して、こいつとか言わない!」
「えーと。このパイセンのことをどう懲らしめますですか? てへぺろ」
懲らしめるのは確定しているのか。先輩が、懲らしめると言う言葉を聞いて小刻みに震えている。可哀そうに。
でも、昨日先輩が私たちにした仕打ちを考えたら、これくらい可愛いものだけれどね。
さて、先輩が弱気になっている今のうちにやることをやっておかなきゃ。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「なんだよ?」
私が声を掛けると、先輩はぶっきらぼうに反応した。この人、相手によってキャラを使い分けるのか。さすが悪党だ。
ある意味わかりやすい。
全く、少し、いや、大分気にくわないけれど。
「……えっと。先輩は、萌ちゃんに告白してきたチャラ……いえ、男性に好意をもっているんです、か?」
「!!!」
本当に、わかりやすいなーこの人。
頬を真っ赤にして顔を伏せて照れている。いつもは粋がっているけれど、心の中は純情乙女ってやつね。それはそれで、ギャップ萌えとも言える。
虚勢を張ることで、弱い自分をガードしようとしている訳だ。俗に言う、面倒くさいタイプかな。てへぺろ。
「ほーん、ほおおーん。いい度胸してるじゃまいか。おーい、パイセン。素直にならないとぉ? よいしょ」
みかんが先輩のことを、再び軽々と抱きかかえた。状況を楽しんでるなー。
「わかった! わかりました! 好きです! 彼のことを大好きです!!」
私は、先輩の大袈裟な、でも素直な反応に笑いを必死で堪えた。他人に対して恐喝する割には、恐喝に弱いタイプ……こう言う時はみかんも役に立つ。
「わかればよろしー。てへぺろ」
「ふう……」
みかんは、先輩のことを地面におろすと、先輩はホッとした表情を見せた。
先輩が素直になったところで、私は再び質問を投げかける。
「ちなみに、あの男性のことを好きになったキッカケは何ですか?」
「う、それは……」
先輩が理由を言いよどんでいると、みかんが横目でジロッと睨む。みかんの鋭い視線を感じたのか、先輩は瞬時に女子座りから正座へと姿勢を正した。
「はい! あの! 前に道端にカッターナイフを落としたことがあって」
「カッターナイフ?」
先輩の言うカッターナイフと言えば、言うまでもなく工作で使うものではない。トイレとか校舎裏で私が向けられたあの凶器のことだ。
「はい。で、カッターナイフが無いと色々と困ることがあって、暫く活動を控えていたんです」
「活動……ね」
先輩の言う活動、即ち恐喝のことだよね。道具が無くなったから恐喝を控えたってことか。明らかにカッターナイフの使い方を間違えている。
そして、暫く活動を控えていたと言うことは、恐喝はカッターナイフ頼りだったと言うことか。
まあ、こっちからすれば、恐喝をクラブ活動みたいに言ってくれるなと言いたい。
「で、彼が、私が無くしたカッターナイフを拾ってくれたんです!」
「拾って?」
「はい。結構、時間がたっていたのに、私のことをワザワザ探し出してくれて。それで良い人だなって」
「で、好きになったと」
「キャッ……!」
うわあ……ちょろい、ちょろすぎる。
そんな落とし物を拾ってくれたレベルで男に惚れてしまうのか。そんなこと言ったら、中学生の時に転んだ私を助けてくれた博士に対して、ベタ惚れしなきゃいけないじゃないか。
私の場合、博士を惚れるどころか、記憶から抹消していたくらいなのに。けれど、人が人を好きになる基準なんて、それこそ人それぞれなのだから先輩を責める気なんて全然ない。
まあ、チャラ男がイケメンってことも、惚れた理由の一つかもしれないしね。
……と。
「うわあ、ちょろっ!」
「この女、ちょろいっすね師匠!」
言っちゃったよ。
しかも、みかんだけじゃなくて、美由宇のダメ押し付きとか酷すぎる。先輩も恋愛経験が無いであろう二人にバカにされて可哀想でしかない。
まあ、かく言う私も恋愛経験なんてないけどさ。いや、男嫌いな私の場合、恋愛を必要としていないだけだから、皆とは違う!
とりあえず、みかん達のことは放っておいて、先輩と話を進めなきゃ。JOT、相談に乗るのだから、否定してはダメだよね。
先輩の言うことは全て肯定して、更に話を聞き出さなきゃ。間違っても、ちょろいなんて思っていても、決して口に出してはならないのだ。
優しく、そして可愛く丁寧に対応しよう。
優しく。
優しく。
そして可愛く。
「あ、ああ。わかりますぅ! あの人イケメンだし、優しいから好きになっちゃいますよね~!」
「ま、まさか、お前っ!」
げっ……!
同情したつもりが、恋敵っぽく受け取られてしまったみたいだ。
いやいやいや、私があのチャラチャラクソ男に惚れることなんて5億パーセント無い。
けれど、口に出したら面倒なことになるから、本音は、そっと心にしまっておいて、話を進めないと。話を肯定して、可愛く話す、うん。可愛く。
「え、えっとー。私なんて先輩に敵う訳ないしぃ。彼のこと好きになる資格なんてないですよう! て、てへぴぇろ」
「そ、そうか。そうだよな」
納得しやがった。
あっさり肯定されてもムカつくが、ここはグッと我慢だ。
なんか私のキャラがおかしな方向に行っているような気もするけれど、ここは気づかなかったことに……って、え?
「きもっ、あかねちゃん……きもっ!」
「確かに、あかねちゃんキモいにゃ。しかも、てへぴぇろとか言えてないにゃ。むしろ言い慣れなくて嚙んでるにゃ。師匠、あかねちゃんに何かマジックでも?!」
「いや、マジックだったら、どんなに良かったことか。あーめん」
「あーめん……にゃ」
みかんは悲しそうに首を振りながら十字を切る。そして、みかんの真似をして溜息つきながら十字を切る美由宇。
萌ちゃんも私の様子を見てキョトン顔だ。萌ちゃんは、私に対して、あかねちゃん……どうしちゃったの? と目で訴えていた。
萌ちゃん、違うの萌ちゃん!
私は、一生懸命萌ちゃんにアイコンタクトを取ろうとするが全く通じない。むしろ、萌ちゃんは、私が睨んでいると思ったらしく、サッと目を逸らしてしまった。
本当にショックだ。違うの、違うんだよ萌ちゃん。
やっぱり私にギャル語は似合わないみたい。しかも、使いこなせる気がしない。
そういう意味では、世のギャルたちは凄く賢いのかもしれないな。ある意味ギャル語は、日本語とは別言語、バイリンガル……彼女らは、二か国語を話すことが出来ると言っても過言ではないと思う。
……ん?
――おーーーい!
遠くの方から、男が大きく手を振りながら駆け寄ってくる。
「うわー、めんどーくさいのキター!」
みかんは男をみつけて絶望的な表情をする。だがしかし、みかんの反応とは対称的に、先輩の頬が見る見る赤く染まっていく。
そして、先輩は正座したままピョンと跳んで、百八十度後ろ、つまり彼とは反対方向を向いてしまった。アスファルトが膝に直撃して痛そうなのだけれど大丈夫なのかな?
私からだと、男はシルエットにしか見えないのだけれど、みかんと先輩の反応から言って……アイツか。私はゴクリと唾を飲み込んだ。
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