第7話 ロボヤオイ
――夜、タケシの寝室
全体的に白を基調とした西洋風の高級感漂う所謂セレブの部屋。そして、白いキングサイズのベッドが部屋の中心で存在感を醸し出している。
ベッドでは、タケシとヒロシが半裸でヘッドボードに寄りかかっている。ヒロシは居心地が悪いのか、微妙にタケシから距離を取っている。
タケシは動揺しているヒロシの気持ちを悟ったかの様に、ヒロシの目をジッと覗き込む。タケシの真っ直ぐで熱い眼差し、だがしかし、その目は優しさに満ち溢れていた。
そんなタケシの眼差しに、ヒロシは耐えきれないようだった。
「な、なんだよ。あまり見るなよ」
ヒロシの言葉にタケシは口角をあげて意地悪く笑う。そして、ヒロシが嫌がるのを面白がるかのように、タケシはヒロシの肩を抱きよせる。
「おい、ヒロシ。もっとこっちに来いよ」
「あっ、ちょっと、やめろよ。……もう」
口では嫌がる素振りを見せるヒロシだったが、抵抗することも無くタケシの腕の中に納まった。タケシはヒロシが抵抗しないことをわかっていたかの様に、今度はヒロシの顎に手を添える。
そしてタケシは、ヒロシの顔を自分に向け、顎をクイッと上げて瞳の中を覗き込んだ。
「キス……するぞ?」
「え、タケシ。それは流石にダメだよ」
「何故だ。好き同士ならキスくらい何でもないだろ。それともヒロシは俺のことが嫌いなのか?」
「ダメだよ。俺は人間、タケシはアンドロイド。立場が違うじゃないか」
「ふんっ。そんな細かいこと気にしてるのか? 好き同士なら人間もアンドロイドも関係ない」
「そ、そんなこと言ったって……ダメだよ」
タケシにとって、ヒロシの返事は想定内だったのか、決まり事のようにヒロシを諭す。そして、もはや反論しきれないヒロシ。自分の意に反することを言葉にするのは、とても難しいことだった。
タケシはヒロシ心中を悟ったかのように耳元で囁く。
「いいから……ほら」
そしてタケシは、無言で唇をヒロシに少しずつ、それこそ勿体ぶるように近づけた。思わずヒロシは、目をつむり身を強張らせる。
「タケシ……ダ、ダメ、だ、よ。ん、んんっ……」
――うっきゃーーーっっっ!
――たまらーん!
――ヒロシがーッッッ!
「みかん、うるさい! と言うか、
「えへへ、ごみんごみん。てへぺろ」
通学前の時間、みかんは部屋のベッドに寝転がりBL本をパラパラとめくっていた。もちろん言うまでもなく私の本である。ちなみに、まだ私は読んでいない。
だから、みかんの音読はネタバレも良いところなのだ。それに私が読むときには、みかんの声色で再生されるに違いない。全く感情移入できないじゃないか。最悪だ。
イラっとした私は、みかんから本を取り上げた。
「本当にやめてよね」
「うわあ~、ヒロシ、ヒロシ~!!」
「誰がヒロシよ。まったくもう、どれだけBLの世界に入り込んでいるのよ。やめてよね」
てへへっと、みかんは笑ってベッドに腰を掛ける。
「おい、あかね。もっとこっちに来いよ」
みかんはベッドから立ち上がり、BL本のタケシの真似をして私の肩を抱こうと歩み寄った。
「あっ……やーめーて!」
「ちぇ、ダメだったか。あはははっ! てへぺろ」
私は慌てて、みかんを両手で突き放す。
実を言うと一瞬、みかんのされるがままに身を任せようとした自分が居たことも事実だった。
毎晩、おっぱい充電で胸を揉まれているせいか、みかんに毒されてしまっているのかもしれない。うん、きっとそうだ。これは私の本心ではない。
呆れている私を見て、みかんは意地悪く笑って話を変える。
「で、どうするどうする? やばくね?
「はあ? あなた弘子先輩の言っていること、ちゃんと聞いてた? 弘子先輩は生徒会としてはダメだけれど、私たち個人的に動く分には止めることは出来ない。って全否定はしてないじゃない」
「そうだけどさ、それって結局薬局、生徒会に協力してもらえないってことじゃんね。てへぺろ」
「あ、うーん」
「さっさと諦めて、このBL本みたくボクとディープキスしとく? てへぺろ」
「やーめーて。何とかするわよ」
みかんは、私からBL本を取り上げて再びベッドに横になると、再び本をパラパラとめくり出す。さっきも言った通り、そのBL本は私の所有物だ。みかんが、私の許可を取らず鍵付きクローゼットから取り出した本である。
「そっかそっか。まあ、僕はどっちでも良いけどね。 ……あ、これ。エグッ! 本当ロボヤオイとか面白みしかないやん。性別を入れ替えたら、あかねちんと僕のドキュメンタリーやん、これ。あははは」
「こらこらこらっ! ドキュメンタリーとか、やめてよね」
鍵付きクローゼットは、みかんが扉に触れると自動的に鍵が開錠され、そして扉を閉めると自動的に鍵がかかる。
どうやら呪文を掛けなくても、みかんが扉に手を掛けると鍵のアンロック、ロックが自動に行われる仕様になったようだ。本当にやめて欲しい。
ちなみに、みかんが言っていたロボヤオイ。
BL用語で男ロボに人間の男が恋愛感情を抱くことを言う……って誰に説明しいるんだ私は。
やっぱり、みかんはロボだから男ロボに興味があるのかな。まさか博士にイケメンロボを作ってもらうように頼んでいたりして。
そもそも、何で当然のように みかんが私のBL本を 読んでいるのだ。順番的にBL本を買った私の方が、先に読むのが筋ってものだろう。それにネタバレとかされて溜まったものではない。
私だって、ゆっくりBL本を読みたいよ。
しかも、そろそろ新刊が出る時期なのに、みかんのせいでBL本ハンティングができないじゃないか。私の癒しをどうしてくれるのだ。
ああ、何だか考えれば考えるほど、イライラしてきた。
「ほら、本しまって!」
「ええー。もうちょっとー。今いいところなんだよー。イケメンロボとか、ボク興味津々丸だよー。てへぺろ」
「うるさい!」
私は、みかんから再びBL本を奪い返して、鍵付きクローゼットにしまう。当然だが、私が扉を閉めても自動的に鍵はかからない。机の引き出しから鍵を取り出してカチャと鍵をかけた。
鍵をかけると同時に、連動するかのようにみかんの頬がプクッと膨れる。
「ちぇー、つまんないの~。それで、JOTどうするん」
「JOTって略し方、ホントに馴染めないよね。まあ、いいや。ちょっと私に考えがあるの。……それはね?」
「お、流石あかねちゃん! ふんふん、ほへえ……なるほろー。でも、それ本当にだいじょうび?」
これからのことを みかんに一通り説明すると、みかんはニヤニヤと意地悪く笑いながら私のことを見つめる。
まあ、そう言う反応にもなるよね。でも、やるだけやってみるしかない。それこそ、ディープキスなんて冗談じゃない。高校1年生でディープな百合沼にハマる訳にはいかないのだ。
それに正直みかんとの深い関係になることに、それほど嫌悪感を持っていない自分が居ることも確かだ。
うん、これはやっぱりおっぱい充電のせいだ。毎晩、胸を揉まれないと眠れない淫乱な身体になってしまったら、どう責任を取ってくれると言うのだ。まあ、責任取るよ。なんて言われたところで私も困るのだけれど。
って、もうこんな時間?!
デジタル時計に7:30と表示されている。電波時計だから時間が間違っていると言うことは、まず考えられない。これ、どう考えても、考えなくても絶望的に遅刻じゃないか。
私は慌てて みかんのことをベッドから叩き起こす。
「ほら、遅刻しちゃうじゃない。と言うか遅刻確定だよ。早く準備しなさいよっ!」
「あーん! ちょっと待ってよう」
あーもう。みかんがモタモタしているせいで、いつも乗っている藤沢駅発の始発電車に間に合わないじゃないか。
始発電車どころか本当に遅刻確定。
せっかく今まで皆勤賞だったのにな。って、皆勤賞どころか萌ちゃんとの待ち合わせ時間に、どう考えても間に合わない。SNSで先に行ってもらうように連絡しなくちゃ。はあ、まいったな。
と、いつの間にか みかんが部屋から居なくなっている。
「あれ?」
私は部屋のドアを開けて、みかんを探す。すると暫くして、みかんが両手いっぱいに何かを抱えて戻ってきた。
「んしょ、んしょ」
「え、みかん、どこに行っていたの? って、言うか何を持っているの?」
「よいしょっと。いいから、早く、クツ履いて履いて! ほらほら早くっ!」
みかんは手際よく床に新聞紙を敷いて、その上に私たちのローファーを二足分並べた。私は、みかんに急かされるがままに靴を履く。
「まったくもう。仕方ないなあ。……って、まさか?! 何をしようとしているかわかった。はあ……」
「あはははっ! あかねちゃんは理解が早くて助かるよ。って、ことでー困ったときの てでとふてっしょーん! てへぺろ」
――シュッ……!
みかんが呪文を唱えると、周りの景色が一瞬にして真っ暗闇に包まれた。そして、少しして視界が開けると、昨日の朝に見た景色と同じ狭い空間に移動していた。
「ここ、まさか……」
「正解! 田町駅のトイレでござーい」
「まったくもう。最初からそのつもりだったんでしょ」
「にひっ! てへぺろ」
道理で、ゆっくりと準備していたはずだわ。私を電車に乗らさないようにギリギリの時間まで粘っていたのか。まあ、何となく気づいてはいたけれど、最近、みかんに流されることが多くなってきたような気がする。
駅の改札に向かうと、既に萌ちゃんが待っていた。ズルした私たちと違って彼女は、ちゃんと電車で通学してきたと思うと申し訳なくなってしまう。
そんな私の気持ちを知る由もない萌ちゃんは、私たちに手を振った。
「おはよー。あかねちゃん、みかんちゃん!」
「おはよー」
「おはあり。萌ちゃん!」
――おはようございます、師匠!
――しゅった!
忍者のように現れた少女。
言わずと知れた美由宇である。もう少しマシな登場は出来ないものか。
「おはよう我が下僕よ。神のご加護があらんことを……あーめん」
「ありがたきお言葉にゃ、あーめんにゃ」
みかんが美由宇の頭を手で覆うようにかざして挨拶をする。どんな設定なんだろうか。下僕と言われて喜ぶ美由宇も美由宇だ。
って、今まで気づかなかったけれど美由宇とは通学する時間も私たちと一緒なんだな。
「みゅうちゃんも、この時間に通学しているんだ? 今まで気づかなかったよ」
まあ、彼女の場合、同じ時間に通学していたとしても、動きが早すぎて見えなかった可能性もありそうだけれど。
「にゃははは。師匠が、いつお越しになるかわからにゃかったので、三十分前から駅前を張っておりました!」
「なんと! 美由宇よ。誉めて使わす」
「ははあ……!」
美由宇は片膝をついて、深くお辞儀をした。
茶番か。
まったく、膝が汚れるよ?
……ん、あれ?
ビルの隙間から、視線を感じたような気がする。
視線の方向を見ると人影が、こちらを見ている……様な気がする。
いや、気のせいじゃない。見てる。もしかして、もしかしなくても先輩かっ?!
「あっち! みんな追いかけて!」
「おーっ! あれは、ははーん、みゅうよ。捕まえろ!」
「了解にゃ!」
美由宇は、みかんの命令を聞くや否や、とてつもないスピードで先輩に向かってダッシュした。
私たちも美由宇に続いて先輩のことを追いかける。怖いけど、怖いけれど、ドキドキするけど、少々の危険は覚悟の上だ。
――やべっ!
小さく見えた先輩は、私たちの反応が想定外だったのか一目散に逃げていった。 そして先輩は、焦っていたのか
「「あぶない!!」」
――プププププーーッ!!
けたたましい音でクラクションを鳴らす大型トラック。
「きゃあああああっ!」
轢かれる!
――つぁいとあんはるてん……! てへぺろ
みかんの指から黒い光線……いや、暗闇が放たれて、辺り一面がモノクロに置き換わって行く。
――信号機、大型トラック、そして、先輩。
全てが順々にモノクロに変わっていく。隣を見ると萌ちゃんも、景色と同じようにモノクロになっていた。
色がついているのは、みかん、私、そして美由宇の三人だけ。そして、大型トラックは先輩の目前、ギリギリで止まっていた。
間一髪というところか。
トラックの運転席に座っているおじさんは驚いた表情のまま固まっていた。
「なんにゃ?! みんな止まってるにゃ! またマジックにゃ?!」
頬に両手を当てて驚く美由宇。
そうか。美由宇には呪文が通用しないから、呪文で時間を止めても動けるんだ。
「まーまー。落ち着きたまえ。まずは、パイセンを助けようぜ。てへぺろ」
「らじゃったにゃ!」
美由宇は先輩のもとに駆け寄り、先輩の両脇に腕を通すとズルズルと乱暴に引きずって歩道に放り投げた。
やらせておいて言うのも何だけれど、荷物を放るように人を投げるとか、ひどい扱いだな。
――でぃあうふへーぶんぐ……! てへぺろ
みかんは、先輩が安全な場所に退避されたことを確認すると、再び呪文をかけた。すると、モノクロだった景色が見る見るうちに色づき始める。
これで止まっていた時間が再び流れ始めた。と言うことらしい。
――プァーーン!!
今まで止まっていた大型トラックが大きくクラクションを鳴らして、遠くの方に走り去っていった。
みかんは、車に轢かれそうな先輩を見て、瞬時に時間停止呪文を唱えたと言うことか。
「……え?! えっ?!」
先輩は何が起こったのか分からない様子で、キョロキョロと辺りを見回した。
そりゃそうだろう、彼女からしてみれば、数秒前まで交差点の真ん中で、自分に向かってくる大型トラックを目前にしていたのだ。それなのに自分の居場所が一瞬にして、猛スピードで走るトラックの前から、安全な歩道に切り変わってしまったのだ。
美由宇は、見た目心配そうに先輩に声をかけた。さっき雑に先輩のことを放ったことなんて、すっかり忘れているようだ。
「大丈夫にゃ? 危ないところだったにゃ」
「あ、ありがとうございます……って、えっ!!」
先輩は反射的に、美由宇に向かってお礼する。だけれど相手が、昨日先輩自身がケンカを吹っかけた美由宇だと気づき驚き固まっている。
困惑している先輩を尻目に、私は、みかんと萌ちゃんを連れて、先輩の近くに駆け寄った。
道端にへたり込む先輩に、みかんは微笑みかける。
「危ないところだったね。パイセン! てへぺろ」
「うわっ、お前っ!」
今度は駅のトイレで壁を殴りつけへこませた みかんが、のほほんと先輩の前に現れる。そりゃ、驚くよね。
まあ、私としては先輩を呼び出す
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