第9話 よろしくぴーす。

 私の家から藤沢駅まで徒歩10分、近くもなく遠くもなく丁度いい距離だと思っている。


 問題は、東京方面に向かう上り電車の混みっぷりが半端ないと言うことだ。それはもう毎日、駅員が車両のドアの外から押さないと乗車できないほどの混みっぷりで、まるで良い大人が強制的にを強いられているように見える。


 入学当初は、満員電車を避けることは出来ないと思って諦めて我慢していた。けれど、ある日、満員電車に私の身体に触ってくるやから……要するに痴漢が現れるようになったのだ。


 痴漢を避けるために女の人の近くに行こうとしても、必ずと言って良いほど、間に男が割り込んでくる。


 女子高生に触りたいのか何だか知らないけれど、どさくさに紛れて肘を胸に押し付けてきたり、果てには後ろから股間を押し付けてくる男まで居た。


 手を出さなければ痴漢じゃないとでも思っているのではないだろうか。犯罪ギリギリのことをやってくる汚さ、彼らは私たち女をとしか思っていないのだ。……いや、犯罪ギリギリじゃないな。立派な犯罪だ。本当に消えて欲しい。


 その痴漢がトラウマになって電車通学することがストレスになり、不登校直前までいったのだ。


 ……だから、満員電車を避けるために藤沢駅始発電車の時間を狙って家を出るようになった。早起きは辛いけれど始発電車なら座れて楽だし、痴漢にあうことも減るから、一石二鳥と言う感じかな。


 とは言え、始発列車狙いのデメリットも無いわけでは無い。


 デメリット。

 それは……。


 ――あ、あの、僕と友達から付き合ってくれませんか?


 こんな感じ。

 列に並んでいて逃げ場のない私を見て、見たことも無い男が話しかけてくることがある。本当にウザい。たくさんの人が居る駅構内で告白できる神経を疑う。その自信はどこからくるのだろう。


 自分の顔を鏡で見たことあるのかな。そもそも、この私と付き合えるなんて1ミリでも思っていることが不快で仕方がない。


「ごめんなさい。私の学校、男女交際禁止だから……」


 予想外の返事を喰らったかのように青ざめて逃げていく男。周囲のサラリーマンは私のことを汚物のように遠巻きにジロジロと見つめている。


 ――なんなの?

 ――私何も悪いことしてないよね?


 あーあ。

 また、このでも気まずくなっちゃた。特定の乗車位置に並ぶメンバーって何となく決まっているから、男を簡単に振る女って言う印象持たれてしまったに違いない。


 それだけだったら無害だし良いのだけれど、今後、さっきの男にしつこく付きまとわれる可能性もある。また明日から乗る電車の車両変えなきゃな。これで何回目になるのかな……本当に面倒くさい。


 学校の最寄りの田町駅に着いても、大学生から声を掛けられることもしばしばだ。


 私の学校は一貫校で近くに慶蘭義塾大学がある。その慶大生から声を掛けられることが頻繁にあるのだ。ずっと受験で縛られていて、やっとのことで大学生になって解放された反動なのか何か知らないけれど良い迷惑だ。その度に、さっきみたいな言葉を使って断っている。


 まあ、男女交際禁止なのは本当だし嘘をついている訳ではない。とは言え、規則が無くても断ると言うことに変わりは無いのだけれど。


 通学経路は校則で決められていて、ルートを変えることが出来ない。だから、駅で友達と待ち合わせをして一緒に通学することで。お互いにお互いを守っている。


 ……1時間くらい電車に揺られて田町駅に着くと、既に友達が改札前で待っていた。


 押し寄せる人波に流されていると、友達がこっちを一生懸命探しているのがわかる。可愛い娘だな。


 ……あ、目が合った。


「おはよー。あかねちゃん!」

「萌ちゃん。おはよ」


 春風はるかぜ もえ

 中等部からの友達で、今も一緒のクラス。見た目は幼い顔立ちで、身長が150センチくらいで背が低いから小学生に見られることもある。


 ただ……幼い顔とは裏腹に胸の発育が異常に良いのだよね。女の私でも胸に目を奪われちゃうくらい。一回胸を揉んでみたいなとか思ったりするけれど、私のでは、決して口に出来ない言葉だ。


「あかねちゃん。今度ブリドリのライブ行かない?」

「なにそれ? そんなバンド名聞いたことないな」

「そ、そうだよね。まだメジャーデビューしてないけれどブリドリの正式名は『A Brief Dream To You』って言って一部では有名なバンドだよ!」

「うーん……ごめんね。興味ないな」

「そっかあ……残念。新メンバーが入るって噂もあってね。会場は、あかねちゃんの家から近いらしいからどうかなって思ったんだよ」


 ライブ会場なんて言ったら、むさ苦しい男がたくさん居そうじゃないか。しかも素人バンドなんて、この私が時間を割いてわざわざ見に行く価値なんて無い。いくら萌ちゃんの誘いと言っても少しでも痴漢の危険性がある場所には行きたくない。


 学校について教室に入り、窓際一番後ろの自席に座る。教室全体が見渡せるお気に入りの席だ。うん。通学は苦手だけれど学校は好き。


 面白いのが、ある教師の名言で『男は踏み台、使い捨て』なんて言葉がある。これは、まさに私の信条にぴったりな言葉で初めて聞いたときに感動して深く共感した覚えがある。


 さて、授業の準備しなきゃ……そう言えば、ロボの奴、大人しくしているかな?


 ものわかりが良かっただけに逆に不安になるよね。鍵クローゼットの中にあるBLワールドは無事だろうか。私が腐女子であることは、早々にバレちゃったし、今更クローゼットの中を見るのは全然良いのだ。


 ただ、両親に見つからないように上手くやってくれているかが心配だ。親バレすることを想像しただけで身震いする。


「あかねちゃん。どうしたの?」


 前の席に座っている萌ちゃんが振り返り心配そうに見つめている。椅子の背もたれに牛のような乳が乗っかっているエロさって凄いな。しかもブラウスのボタンの隙間から見え隠れしているブラは、男じゃなくてもガン見しちゃうよね。


「ううん。何でもないよ」

「そう……? 何か心配事があったら相談に乗るからね」

「うん。ありがと」


 さすが付き合いの長い友達。心の中を見透かされているみたいだ。萌ちゃんは見た目、天然キャラと言う感じだけれど、洞察力が鋭くて油断ならない存在だ。


 他の相談は出来ても『家にロボが居る』なんて言える訳が無いし、そもそも信じても貰えないだろうな……またひとつ萌ちゃんに秘密が出来てしまった。


 ……しょうがないよね。女子高生には秘密があって当たり前だもん。萌ちゃんにだって、誰にも言えない秘密あるよね。きっと、お互い様だよ。


 全ての授業が終わり、今日も例外なく山盛りの宿題が出た。毎日毎日やってもやっても減らない宿題たちにウンザリする。面倒だから帰ったら速攻で終わらせてしまおう。ロボを相手している時間なんてないな。


「みんな、ちょっと注目!」


 ゆっくりと担任が教室に入ってきて、歩きながらクラス全体に声をかけた。担任は女の先生で、年は20代半ばと言う感じかなあ……この前年齢を聞いたけど胡麻化ごまかされちゃった。


 髪が長くて、背が高くて、端整な顔立ちで、非の打ち所がない自慢の先生だ。


「突然だけれど転校生を紹介します。入ってきなさい」


 ……え?

 こんな帰る直前のタイミングで転校生?


 トコトコと教室に入ってくる転校生。


 ……って、ええ?!

 これは、どういうことだ?!


さん。胡桃沢あかねさんとはで、みかんさんが妹だそうです。皆さん仲良くしてくださいね。」


「胡桃沢みかんだよ。よろしくぴーす。てへぺろ」


 目の横で横ピースするロボを見て、目の前が真っ暗になった。


 これは夢だ……

 夢だ……

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