第8話 くつろぎモード

 さっきロボは、朝食のに、もっと言うなら大きな口をあけてバナナを頬張りながら、お父さんに向けて洗脳呪文を掛けたのだ。


 ――あーん。

 ――もぎゅもぎゅ。

 ――お母さん、おかわりー!


 呪文を掛けた後も、お父さんの方には見向きもせずに、それはもう幸せそうにバナナを頬張るのだった。なんかもう、お父さんの扱いが雑すぎて可哀想すぎた……まあ、女子高生の父親に対する扱いなんて、こんなものと言えば、こんなものか。


 それにしても自分の目的のためなら手段を選ばないとか、ロボには罪の意識ってものがないのかな。


 うん。

 そもそも罪の意識なんてあったら、人の家のガラスを割って押し入ることなんてしない。


 人の家のガラスを割った時点で犯罪だけれど、ロボのことだから、仮に私が警察に通報したとしても、それこそ洗脳呪文を使って回避してしまうのだろう。


 今のところロボの性能は未知数だ。そして、私が今わかっていることは、これからロボと一緒に暮らしていかなければならないこと。これがただ1つ、私が腐女子であることをロボに口外させないための必須条件なのだ。これは不本意ながら確定案件なのだ。


 まあ、考え方によっては。私が腐女子であることを黙っていてくれるとしては、軽い方かもしれない。プラスに考えよう。


 だから、少しずつ、前向きにロボのことを理解していこう。ロボが持つ能力によっては、私も恩恵に預かることがあるかもしれない。


 と言う訳で私の部屋……いや、違うか。


 今、の部屋にいるのだけれど、ロボはベッドにうつ伏せに寝転がり、両足の膝を順番に折ってパタパタしながら、のん気に私のBL本を読んでいる。


 すっかりくつろいでくれてるな。

 憎たらしいったらもう……


「あなたって、昨日窓から私の5階にある部屋に入ったじゃない? あなた空飛べるの?」

「………飛べる訳無いじゃない。重力舐めるな」


「言い方きっつ! こういう時に限って、てへぺろ言わないから余計にきついっ! 怒りスイッチの入り所がわからないよ!」

「あはは。ごみんごみん。あかねちゃんの部屋に向かって、ジャンプして突撃したのだーっ! とうっっ! って、すごいアタイすごいごいすー。てへぺろ」

「5階まで跳べると言う時点で、重力無視したジャンプ力じゃない!」


 実際、どのくらい跳ぶことが出来るのだろう?


 もし、仮に私の部屋が10階だったら、10階まで跳んで部屋に入ってくるのかな。ロボの性能は未知数だ。でもロボは私の言葉に、納得した様だ。


「言われてみればそうだねー。そう言えば、前にっておっさんに頼んだのね。でも、おっさんが言うには、空を飛ぶ機能を搭載する場合、アタイの体の中、つまり内蔵搭載するのは絶対にムリっ! って言われたは。てへぺろ」

「ふーん。やっぱり空を飛ぶためには、それなりの装備が必要なのね」

「そうそう。外付けカートリッジだったら出来るけれど、某ネコ型ロボットのプロペラをパクることになるからで権利的な問題が発生してくるからダメ。って。残念じゃー。てへぺろ」


 某ネコ型ロボットって、日本を代表するアニメ『コラえもん』のこと、か……?


 確かに竹とんぼみたいな機械を頭に取り付けて飛ぶシーンがあったけれ、大きさ的に考えて、あれくらいの大きさだったら内蔵できるのでは無いか?


 きっと博士は、飛行機能をロボに搭載させるのが面倒くさくて、思い付きの言い訳で言いくるめた違いない。


「いやいや、それって博士から良い感じに言いくるめられてない?」

「おっとーそうだったのかあ……アタシ素直だからなー。な乙女だからなあ。それはそれは、大人の汚い部分を垣間見た感じだねー。さすが素人童貞クソニート。あはは。」


 純情可憐な乙女が5階の窓ガラスを割って、他人の部屋に押し入るか……!


 と突っ込みたいところだったけれど、面倒だから我慢した。えっと、空は飛べないけれど、ものすごい高さでジャンプができる。


 ……と言うことは、高いところから着地する衝撃にも耐えられるってことか。それも凄いな。


 仮に、ロボが空を飛べたとして、飛行中に近所の人に見つかって大騒ぎになるよりかは、ジャンプの方が一瞬で終わるし他人に見られる可能性が低くなると言う配慮なのかもしれない。


 例えロボが空を飛んでいる姿を住民に見られた場合、大騒ぎになるし、同時に該当者の記憶を消す必要が出てくる。だがしかし、該当者の特定と、例え特定できたとしても該当者全員の記憶消去は難しいだろう。


 なんてね。

 もし、ロボが空を飛べたなら、背中に乗って空中散歩と洒落込みたかったけれど、そんな都合の良い話では無かったらしい。


 ――さて、そろそろ学校に行く準備しなきゃ


 のクローゼットを開け、制服を取り出して着替え始める。


 白いブラウスの襟元に赤チェックのリボン。プリーツのかかったスカートはクリーム色でふちに黒いラインが引かれていて、長さはひざ上15センチくらい。紺色のニーハイソックスを履いて、最後に小豆色のブレザーを羽織った後に、制服の中に入った髪の毛を外に出す。


 ……うん。

 ちゃんとシャンプーの香りがする。


 あ、目の下にクマが出来てるなあ……これって睡眠不足が影響しているに違いない。


 このままじゃ、美少女台無しだからコンシーラーで何とかごまかそう。


 BL本を読んでいたロボは手を止めて興味深く、そして不思議そうに私のことを観察している。なんかデータを取られているようで、とても嫌な感じがするな。


「あかねちゃんなにやっているのー? どこかに出かけるのかなあ。僕も準備したほうがいいかなあ」

「急に僕っ娘なってる! どこで覚えたの? かわいい!」


「ないしょー。僕っ娘かわいいっしょー。ところでドコにいくのー?」

「う。話を変えてみたけど誤魔化せなかったか。ちょっと出かけてくるから良い子に留守番しててね」


 学校に行くなんてロボに言ったら、絶対付いて来ようとするよね。


 ここは何としても誤魔化さなければ!

 だがしかし、ロボは私の心を見透かしたように両手を挙げて駄々をこねる。


「てへへ。ボクもがっこーにいきたーい! てへぺろ」

「行先わかってるじゃない! 色々な手続きもあるだろうし今日はムリよ。」

「ちぇー。わかったよう。しょぼん」


 やはり学校の存在を理解していたか。

 でも、意外にもロボが物分かりが良くて安心した。と言うか少し肩透かし感は否めないけれど、ここで駄々をこねられて断り切れずに学校へ連れて行ったら、間違いなく面倒なことになるに違いない。それこそが始まる。


 今日連れて行かなくても、近いうちに両親がロボをとして学校に行くように手続きするだろうから、それまでに色々と手回ししておかなきゃ。


 私の学校は東京都のJR田町駅から10分くらいで、家からは1時間とちょっと。毎日満員電車に詰め込められて通学している。


 偏差値の高さは、全国でも5本の指に入るくらいの進学校。だから、ロボでは入れないかもしれない。


 まあ、私としては、むしろ別の学校に入ってくれた方が、学校の中ではロボに縛られることなく今まで通り伸び伸びと過ごすことができるから都合が良い。


 いくらロボに高性能のAIが搭載されているとは言っても、私の学校の転入試験をパスするのは至難の技に違いない。


 別の学校になったら、ロボ博士の目論見から外れてしまうと思うけれど、そこは彼の計算が甘かったと言うことで諦めてもらうしかない。


 教科書を鞄の中に入れてっと。

 いつもは前の日の晩に準備するのだけれど、ロボの件で色々あって準備する余裕が無かったのだよね。


 宿題を早めに終わらせておいて良かった。私の学校は毎日結構な量の宿題がでるのだ。進学校だから仕方ないのかな。


 私は、宿題を出されなくても自分で勉強するスタンスだから、正直、宿題で勉強のペースを崩されたくないのよね。


 勉強やる人はやるし、やらない人はやらないで良いと思っている。


 これは、あくまでも私自身の見解で、誤解を恐れずに言えば、家で勉強しない人だって、テストで高得点を取れる人は居る。


 勉強をせずに落第してしまうような人は自業自得だし自己責任で良いのではないかな。決められたことだから、ちゃんと宿題はやるけれど、進学校での宿題は無意味とさえ思う。


 ……良し。

 忘れ物は無いかな。

 そろそろ学校に行こう。


 私は、ロボに向かって念を押す。


「行ってくるけど、私が居ない間に、絶対変なことしないでねっ! 部屋から出ないでね。変なことしたら、ただじゃおかないからね!」

「こわいこわい。おけまるー了解だよー。いってらー」

「はーい。いってきます」


 ……ちゃんと言えば分かってくれる素直な娘なんだな。


 なんか本当の妹が出来たみたいで、嬉しくないかと言えば、どちらかと言えば嬉しくなってきたかもしれない。私も単純だな。


 ロボはギャル用語を使いこなすために作られたと言っていたけれど、本来の目的は使と言うことなのだろう。それくらいだったら私でもアドバイスできると思うから、ロボと仲良くやっていきたいな。


 そして私はロボに手を振って外に出た。

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