第7話 4人分の朝食

 ロボと私、2人でキッチンに行くと、朝食の準備が終わっていた。パンとヨーグルト、ハムエッグ、バナナにオレンジジュース。いつものメニューがテーブルに並んでいる。


 でも、ただ1つ、たった1つ違うことがあった。


 その違い。

 それは、4人席のテーブルに、いつもは家族3人分並んでいる朝食が、今日は4人分……つまり全ての席にセットされていると言うことだ。


 いつも家族揃ってご飯を食べることが通例の我が家。だけれど、ロボの洗脳によって昨日から4人家族となったのだ。


 テーブルに並ぶ朝食の数は、ロボからお母さんに受けられた洗脳が、未だに解けていないことを指し示す十分な証拠となった。残念ながら。


 お母さんは、私の隣にいるロボに気づき微笑みかける。


「おはよう、みかんちゃん。昨日は、ちゃんと眠れた?」


 はあ……参ったな。

 これが夢だったら、どんなに良いことか。


 私の心中とは裏腹にロボは思いっきり元気よく、お母さんに向けて挨拶を返した。


「お母さあんっ! おはよーだよー! うん! みかん、ぐっすり眠れたよ! うひひひひ……」


 分かりやすく意味あり気に微笑むロボ。いやまあ、ロボの含み笑いには心当たりがありまくりではあるのだけれど。


 その笑いは、きっと昨晩のによって、満充電できた喜びの含み笑いに違いない。全く、はた迷惑な話だ。


「そう? 良かった。ごめんなさいね。あかねと2人で寝かせてしまって、ベッド狭かったでしょ? あ、そうだ! 週末にベッド買いに行きましょう。2段ベッドにしましょうね。」


 なんですって?!


 やった!

 お母さんGJグッジョブ


 これで狭いベッドで2人で寝る必要が無くなるし、胸も揉まれない。はあ、一気に気が楽になった。良かったー。


 って、……え?

 いきなりロボが手をパッと開いて、お母さんの前に出し提案を制止したのだった。


「いやいやいやいや、みかん今のままで大丈夫! むしろ今のままが良い! ね? あかねちゃん。あ、か、ね、ちゃんっ!」

「え? 私は別2段ベッ……」

「ね? あかねちゃん。ね?」


 ちょっと待って?

 咄嗟に私の言葉を遮るロボ。


 そしてロボは、私の方に顔を向けてバチバチウィンクして、一生懸命何かの合図をしている。


 ……ものすごい勢いでバチバチしている。


 もう。


 わかった。

 わかったわよっ!


「あ、ああ、う、うん。今のままで……いい……よ」


 そうだった。

 正直、私としては、2段ベッド大歓迎なんだけれど、ついさっき、に協力すると約束してしまったから仕方がない。


 だから、例え私が、腐女子であると言う秘密を守ってもらうためには、ロボとシングルベッドに2人で添い寝することを受け入れるしかないのだった。


 そうだ。

 私に選択肢は無いのだ。


 ロボの立場からすると、お母さんの提案、つまりシングルベッド1つから、2段ベッドに変える。イコール、私とロボが別々に寝ることになる。


 それは、ことによって満充電されるロボの仕様、つまり自分、ロボ自身の欲求を満たすために、お母さんのを断ったのだろう。


 それにしても私の胸を触って……もっと言えば揉んで充電する仕様は何とかならないのかな。


 ロボが博士に連絡する機会があったら、充電の仕様を変える様に強く要望を出してもらおう。


 ――このままでは、ゆっくり眠ることができない。


 提案を拒絶されたお母さんは、少し不満気な顔をしている。だけれど、事情が事情だけに私は、お母さんからの素晴らしい提案を嫌々断ることしか選択肢が無かった。


 そして、お母さんはお母さんなりに解釈して納得したようだ。


「あ……そう? 離れて暮らしていたとは言っても双子だし仲が良いのね」

「うん! お姉ちゃん大好き! ね? あかねちゃん! ね?!」

「あ……う、うん……みかんちゃん大……好、き」


 泣ける。


 なんだこの茶番は。

 ロボに弱みを握られているだけに仕方ないこととは言え、こんな日々が毎日続くのか。続けなければならないのか。


 私の隣に座っているロボは、満足気に朝食を食べている。


 昨日ロボが言っていたとおり、普通に朝ごはんを食べている。食事を食べられると言うことは、電力に変換されているということか。それはそれで凄いな。


 そもそも電気で動いているのかわからないけれど、充電と言う表現を使っていたから電気的なものがロボの動力源になっているのだろう。


 ――おはよう

 ――おおっ?!


 ロボを見て驚くお父さん。寝ぼけまなこだったけれど、一気に目が覚めたようだ。


 それはそうよね。

 、お父さんは洗脳されていない。


 お父さんが驚くのも当然だ。

 だって、朝起きたら知らない女の子が、私の隣で当り前のように朝食を食べているのだから。


 それでも自分を取り戻そうとする大人なお父さんは、ついさっき驚いていたことを隠すかのように白々しく私に聞くのであった。


「おや……? その子は、あかねの友……」

「もぐもぐ……むへいんぷおっひゅ~。もぐ……」


 パンをもしゃもしゃ齧りながら呪文を唱えるロボ。


 片手間に呪文唱えないでよね。扱いが雑すぎて、お父さんが可哀想じゃない。と言うか、そもそもちゃんと呪文言えてないじゃない。


 ロボは、お父さんの疑問を聞き終わる前に、左指から、お父さんの額に向かって緑色のビームを放った。


 緑の光が父を包み込む……


 それにしても、このタイミングって。

 だって、ロボからビームが出ているところを、お母さんに見られたらヤバくない?


 焦ってお母さんの方を見る。

 すると、お母さんは、お父さんのためにホットコーヒーをカウンターキッチンまで淹れに行っていた。


 間一髪だ。


 ――バタンッ!


 昨日のお母さんと同じように、お父さんが床に倒れこむ。


 これは、ロボがお父さんのことを洗脳するために、を行っている最中と言うことか。


 まったく……人騒がせな機能だ。


「あなた! あなた?!」


 お父さんが倒れた音が聞こえたのか、血相を変えてお母さんがお父さんのもとに駆け寄った。


 ……そりゃそうだよね。

 私は事情がわかっているからお父さんのことをのんびり見ていられるけれど、昨日お母さんが倒れた時は本気で心臓が止まるかと思った。


 お母さんが必死にお父さんの肩を揺さぶっている。それでもお父さんは全く反応しない。全く……はた迷惑な話だ。


 お母さんは悲鳴に似たような声で私に向かって叫ぶ。


「あかね! 救急車! 早く!」

「お母さん落ち着いて。少しだけ様子を見よう……? 少しだけ。ね?」

「何のんきなこと言ってるの?! 取り返しのつかないことになったらどうするの!」


 まさか、ここでお母さんに、『お父さんは今、洗脳中だから少し待ってて』なんて言える訳もない。


 ロボは隣でのんきにバナナを頬張ほおばっている。誰のせいで、こんな大騒ぎになっていると思っているんだ。


 これから私は、こんな役回りになるのかな。これが姉の苦労と言うヤツか。


 面倒くさいなあ……私がスマホで救急車を呼ぶをして時間を稼いでいると、お父さんの目がパッと開いた。


 アップデートが終わったようだ。


「あなた! 大丈夫?!」

「あ、ああ……大丈夫だ。それより、あかね? ちゃんとみかんの面倒をみているか?」

「……え? あ、う、うん。仲良くやっているよ」


 お父さんはゆっくりと立ち上がり、席について私にロボとの仲を心配した。


 ……と言うことで、洗脳は正常終了したようだ。動作確認完了。


 この調子で、私の知り合いを片っ端から洗脳されたらたまったものではない。


 今のところロボの性能は未知数だ。

 世に言う超能力みたいなことを簡単にやってのける姿を間近で見せられると、人に見られた時に大騒ぎになりそうで、これからが不安でしょうがない。


 暫くロボから目を離さないようにしたほうが良いな。


 とは言え、今日は学校に行かなくてはならない。そうすると私とロボは別行動になってしまう。私の見ていない間に、ロボが大問題を起こしてしまう可能性大だ。ロボに部屋から出ないようにキツく言っておかなきゃだ。


 ロボが私の言うことを素直に聞き入れるかは微妙なところだけれど、何とか説得しなければ。冗談ではなく本気で世界が終わる。


 ――ごちそうさまーっ!


 私とロボは朝食を食べ終わり、一緒に部屋まで戻った。

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