第5話 一生の不覚

 まいった……

 

 ロボが突然現れたこと、そのロボから胸を揉まれていることもあって、中々寝付けない。


 いや、むしろ、こんな状況で眠れる方がおかしい。


 明日から……いや、もう今日か。

 彼女、ロボと生活しなけばならないのかと思っただけで、嫌悪感がグルグルと脳内を駆け巡っているのが自分でもわかる。


 誰も助けてくれないのだ。

 むしろ私も母と同じように洗脳されてしまったほうが、どんなに楽だっただろう。


 毎日胸を揉まれて眠る生活なんて憂鬱でしょうがない。


 BLどころかGL、ガールズラブ、つまり百合に目覚めろとでも言うのだろうか。今すぐにロボを作った素人童貞クソニートに文句を言ってやりたいところだ。


 あ、そうだ……!


 BLと言えば!


 ロボと一緒の部屋と言うことは、1人になる時間が無くなって、唯一の私の癒し魅惑の鍵付きクローゼットを存分に堪能できなくなってしまう。


 だって、BLグッズを見て恍惚こうこつしている私の姿をロボに見られたら目も当てられない。


 それにロボに見つかって、家族や友達に口外されたら人生の終わりだ。


 冗談じゃない。

 私が腐女子であることがバレる前に何とかロボを説得して、家から追い出さなければ。


 今のところノープランだけれど、ロボの弱みを握るか、何かロボの好きなものを与えるのはどうだろう。


 いやだめだ。

 こんなアイデアでは即効性が無い。


 私はロボに出て行って欲しいのだ。


 でも、そうか。

 ロボを追い出す前に、お母さんの記憶を元に戻さなくてはいけない。


 お母さんは、洗脳されてロボのことを私のと言うを刷り込まれているのだ。


 お母さんの記憶を戻さない状態で、ロボが居なくなったら捜索願が出て警察沙汰になってしまいそうだ。こんな設定B級ドラマでもやらないよ。本当に勘弁して欲しい。


 ――ピピピピピッ


 ロボから、いきなりアラーム音が鳴る。そして、音が鳴ると同時に、私の胸を揉んでいたロボの手が離れた。


 どうやっても胸から離れなかった手が、あっさりと離れたと言うことは、ロボの充電が完了したと言うことかな。


 ――全く迷惑な仕様だ。


 お陰で少し下着が汚れてしまった。恥ずかしい……とりあえずシャワーを浴びに行こう。


 私は新しい下着をチェストから出してお風呂場に向かった。


 時計を見ると朝の6時。

 もうこのまま寝ないで学校に行くしかないか。全然眠れていないが、数時間横になっていたこともあり体力は少し回復しているみたいだ。


 まだまだ眠いけれど、どうせ眠れないし例え今から少し眠れたとしても、睡眠時間が中途半端で余計に疲れそうだ。もう眠るのは諦めよう。


 うん。

 ロボを追い出してから、ゆっくり寝よう。


 そういう意味では、今シャワーを浴びて目を覚ますのが最適解かもしれないな。


 お風呂場に入りシャワーの蛇口をひねる。


 私は毎朝シャワーを浴びるのが日課になっている。夜に湯船につかって、朝はシャワーを浴びるのが毎日のルーティンだ。


 シャワーを浴びるのは、朝、目を覚ます目的もあるけれど、一番の目的はボディソープやシャンプーの香り付けなのだ。


 自分で言うのも何だけれど意識高いとしては、ヘタな香水よりもシャンプーの匂いの方ががいいと思っている。


 サラサラヘアーにシャンプーの香りが加わわることによって、清楚系女子に磨きをかける。清潔感を出すことによって学校での印象も格段に良くなっていると感じるし、この魅力で男の先生から、遠回しに言い寄られることだってある。


 まあ、セクハラ紛いなことをされる危険性もあるから、そこら辺は十分に気を付けているつもりだ。


 今のご時世、学校側もセクハラパワハラに敏感だし、先生も生活がかかっているから余程のことが無い限り大丈夫だろう。


 毎日、完璧なプロポーションを保つためには、日々の研究と努力が必要なのだ。


 勉強との両立は厳しいが、厳しいからこその達成感。結果、周りの皆が認めてくれる。


 もう後戻りはできないのだ。

 私は完璧でなくてはならないのだ。


 シャワーが終わり風呂場を出る。


 うん。

 大分頭がすっきりした。


 もうロボ起きているかな。

 寝た時はスリープモードみたいになっていたけれど、自動的に起きるのだろうか。


 充電が完了したときは目を覚まさなかったから、何か他のきっかけで起きるのだろうが、早くロボを起こして説得して追い出さなければならない。


 まずは、お母さんの記憶を元に戻す交渉だ。ロボに交換条件を出したいが、言わずもがな今のところ何の材料も無い。


 ロボがどのくらいの情報量をもっているのかわからないが、昨日話した感じでは私の話した内容は理解しているみたいだったから、交渉も可能だと思う。


 私は自分の部屋のドアをあけた。


 ……えっ?!


「あかねちゃん。おはよー。てへぺろ」

「あ、あなた……なにやっているのっ?!」


 ええっ?!


 信じられない!

 ロボが私のクローゼット、鍵がかかっていたのクローゼット。


 ――BLワールドへの扉を開けていた。


 クローゼットには鍵がかかっていたのに、何で開いているの?


 私に限って鍵をかけ忘れるなんてことは絶対に無い。鍵の隠し場所だって、ロボには絶対にわからないはずだ。


 絶対に……

 絶対に……


 脳内が混乱しているのが自分でもわかる。


 めまいがする。


 全身の力が抜けた私は、ガックリと膝をつく。


 魅惑のクローゼット。

 BLワールド。


 ロボに一番見せてはならないものを見られてしまった。


 どうする、どうするどうする……


 そうだ。

 ロボにBLなんて情報は入って無いだろうから、平気な顔をしていれば大丈夫かもしれない。


 ここは誤魔化すしかない。

 私はわずかな望みに賭けた。


 ロボは本を手に取りレーベルを指差した。


「あかねちゃん。ってなあに? なんて読むの?」

「し、知らないわ! と、友達から借りた本の中に紛れて込んでいたみたいね! 困った友達だわっ! あはっあははははは」


「ふ~ん……。、これも?」

「う、うん。それもそれも! おかしいなあ……気づかなかった」


「そっかあ……あかねちゃんってなんだね。腐女子なんだね。てへぺろ」


 …………


 知ってたーーっ!!


 BL知ってたーーっ!!


 腐女子も知ってるーーっ!!


 なんてことだ最悪だ。

 想定している中で最悪のパターンだ。


 いや、私の想定を遥かに超えている。ロボを作った素人童貞クソニートを完璧に舐めていた。


 ――私の人生終わった。


「えっと……そのクローゼット鍵、締まってたよね?」

「ああー、そうそう。クローゼット開かなかったから、アンロックってスペル唱えて開けちゃった。てへぺろ」


 しれっと平然とした顔で答えるロボに対して私はうなだれた。


 ロボは元々無表情な顔だけれど、気のせいかに感じた。このロボに私の常識が通じないことを早くも痛感した。


「お、お願いっ! 誰にも言わないで!」


 弱みを握るどころか、逆に弱みを握られてしまった私。


 一生の不覚。


 ロボを1人部屋に残して出て行ってしまった私の油断が、今の状況を招いてしまったのだ。


 今思えば昨日、割れた窓ガラスを呪文で元に戻す様子を見ていたら、クローゼットの鍵くらい容易に開けられることだって想像がついたはずだ。私としたことが詰めが甘かった。


「うーーん……」


 ロボは無表情で両腕を組んで悩んでいた。

 一体何を考えているのだろう。


 無表情で思考が読めないから余計に怖い。


「お願い! 何でもするから!」


 これからの私の人生が代わってしまうくらいの一大事だ。


 屈辱だが背に腹は代えられない。私はロボに向かって両手を合わせて懇願する。


 そんな私の必死な姿を見て、ロボはスンッとした顔で事も無げに言ったのだ。


「うーーーん……うん、おーきーどーきーあかねちゃん! いいよ。誰にも言わない。これから、あかねちゃんにはお世話になるしね。てへぺろ」

「えっ?! あ、あ、ありがとう!」


 意外なほどに、あっさりロボからOKがでた。


 ――助かった


 ロボも物分かりは良いみたいだ。私はホッとして胸を撫でおろした。


 私が腐女子であることが、家族友達にバレてしまったら一巻の終わり。今まで少しずつ築いてきた信頼が、一気に崩れて落ちてしまうことは言うに及ばない。


 ここは、ロボの言うことを信じることにしよう。


 でも油断は禁物だ。

 暫く警戒はしなきゃね。


 今日の早い内に追い出したかったけれど、事情が事情だけに仕方がない。このタイミングでロボを追い出したら、私が腐女子であることを他人に話されてしまう危険性があるから、今は我慢だ。


「あ、そうだ。でも、いっこだけ条件を出しておこうかな? てへぺろ」


 ロボが初めてニッコリと微笑んだ。

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