第3話 ロボを追い出そう。今すぐに。


「あかねちゃん。話し声がするけれど、こんな時間にどうしたの? 誰かいるの?」


 お母さんっ!!


 ロボがバリアを解除したというのは本当だったようだ。お母さんまで人が話す声が聞こえたようで、心配そうにドア越しに私のことを呼びかける。


 よし、チャンスだ。

 ロボを追い出すチャンスだ。


 後の処置はお母さんに任せよう。追い出すなり警察に通報するなり、私はどっちでも良い。このロボと離れられたら何でもいい。


「お母さん助けて! なんか変なのが居るの!」


 私は急いでドアを開けて、お母さんを部屋の中に迎え入れる。そして当然の如くお母さんは、ロボの姿を見て狼狽している。


 それはそうだ。こんな夜中に突然、娘の部屋の中に見知らぬ女の子が居るのだから驚かない方がおかしい。


「あ、あなたは誰?! どこから入っ……」

! てへぺろ」


 お母さんの言葉を遮り、ロボは、左手の指先をお母さんに向け叫んだ。


 その瞬間、ロボの指先からお母さんの額に向かって、緑色のビームが発射された。そして、ぼやっとした薄い緑色の光がお母さんのことをどんどん包み込んでいく。


「なに?! なんなの?! あかね?!」


 自分の身の回りを見渡し動揺するお母さん。気持ちは私も一緒だった。そして緑の光が、私たちをあざ笑うかの如く、混乱するお母さんの身体全体を優しく包み込んでいく。


 ――あ、ああ……


 光が身体全体を包み込んだところで、お母さんは呻き声をあげて、その場にバタリと倒れこんでしまった。


 って。


 ちょっ!

 ちょっと待ってよ!


「お母さん!! お母さんっ?! あなた! なんてことをするの?!」


 私は倒れてしまったお母さんを抱きかかえ、両肩を強く揺さぶって声をかけるが全く反応が無い。お母さんは私に揺さぶられるがままに、力なく身体を揺らすだけだった。


 なんてことだ!

 まさか母はロボに殺されてしまったの?!


 このロボは子供のいない家庭を救うと言っていたくせに、これでは全く逆だ。まるで殺人兵器じゃないか。


「お母さん、お母さん! しっかりして!」


 私は無我夢中で、お母さんの肩を揺さぶり呼び続けた。でも、お母さんは全く反応しない、反応してくれない。


「お母さん、お母さん!!」


 そんな私の姿をあざ笑うかのように、ロボは抑揚のない声で言いのけた。


「だーいじょうぶですよー。今ちょっとライブアップデート中だから、もう少ししたら起きますよ。ライブアップデート中に本体の電源を切ったり、衝撃を与えないでください。てへぺろ」

「ライブアップデート?! 何言ってるの? 意味がわからない!」


 ライブアップデートですって?


 こいつは何を言っているのだ。お母さんは人間であって機械じゃない!


 これだけ自分を見失ったのは生まれて初めだ。むしろ大切なお母さんを目の前で倒されて、平常心でいられるほうがおかしい。


 どうしよう……

 救急車を呼んだ方がいいよね。医者に何て説明していいかわからないけれど、私じゃ何にもできない。


 それに、私の脳内で物事を処理しきれなくなって、身体が石のように固まって動かない。


 私にとっては長い長い時間。でも実際は、ほんの5分くらい。暫くして全く開くことのなかったお母さんの瞼が少しずつ、ゆっくりと開いていった。


 そして、お母さんの目が完全に開き、でも頭がボーッとしているのか、何回か頭を左右に振っている。


 良かった。

 すかさずお母さんに声をかける私。


「お母さん、大丈夫?!」

「ああ……あ、あかねちゃん……私どうしたのかしら?」

「この子の、この子のせいで!」


 私はロボに向かって、キッパリと真っ直ぐに指を差した。


 さあ、お母さん。

 一緒にロボを追い出そう。


 さっきまでは私1人だけだったこともあって、動くことができなかったけれど、母と2人なら大丈夫。


 ロボを追い出そう。


 今すぐ。

 今すぐに。

 この場からロボを追い出すのだ。


 が。

 なんと、お母さんはロボに視線を向け、辛そうに涙を流した。


 そうだよね。

 夜中に家に押し入ってくる暴漢に平常心でいられる訳がない。平静でいられる方がおかしい。


 でも遠慮することは無い。


 相手は犯罪者なのだ。


 警察に逮捕されることは、当然の報いだ。


 それでもお母さんは泣きながら、号泣しながら、ボロボロと大粒の涙を流しながら、ロボに訴えたのだった。

 

「みかんちゃん! こんな狭い部屋に押し込んでごめんなさいね。大事な娘が居るのを分かっていたのに、あなたの部屋を作っていないなんて母親失格ね……」

「うん! 大丈夫だよ! あかねお姉ちゃんは凄く優しいし、家に帰ることが出来て、みかん嬉しい!」

「?!?!?!」


 え、なに?

 何が起こっているの?


 お母さんが、自然に、完全に、ロボのことを受け入れている。


 ロボが、お母さんの娘?


 何が起こったのだ?

 これは、お母さんがロボに洗脳されたと言うこと……か?


 待って待って?!

 さっき以上に頭が混乱して訳が分からなくなっている。


 何故お母さんはロボを受け入れているの?


 だって、ついさっき会ったばかりのロボを、家族として受け入れるなんて普通なら有り得ない。絶対に有り得ない。


 私の気持ちとは裏腹に、お母さんは涙を拭いて気丈に振る舞う。


「じゃあ、お母さんは寝るわね。さ、あかね、みかんちゃんをよろしくね。おやすみなさい」

「お、お母さ……」

「おやすみなさーいっ! てへぺろ」


 ――バタン


 お母さんは、ロボの元気な声を聞いて嬉しそうに私の肩をポンと叩くと、私の部屋のドアを開け立ち去った。

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