第1章 ロボ登場

第1話 私はロボ

 もう頭が混乱して状況がわからない。

 5階の部屋の窓から入ってくるなんて、とても人間技とは思えない。


 道路側にある部屋の窓にベランダは付いていない。近くに電信柱が立ってもいないし、足場になるような場所もない。


 安全なのだ。

 ここは安全なのだ。外から入るなんてことが、出来る訳がない。訳が無い。


 夢だ。これは夢だ。

 ずいぶんリアルな夢だな。ここはベタだけど頬をつねってみよう。


 ムニ。


 …………


 いたあああい!!

 夢じゃなかったーーーっ!!


「現実逃避しているところ申し訳ないのですがー、少しお時間よろしいでしょうかー? てへぺろ」


 明らかに言葉遣いがおかしい。


 それに、てへぺろとか言っている割に目が笑っていない。能面のような表情で言うてへぺろなんて初めて聞いた。逆に怖い。


 人は本当の恐怖を味わったとき、声が出なくなるとは良く言ったものだ。


 私は悲鳴をあげようとするのだけれど、口を開いても声を発することができなくて、そして身体も動かない。パクパクと口を動かすことがやっとだった。


 傍から私を見たら、とても滑稽な姿に違いない。


「そんな怖がらないで~。私怪しいものではないですよ。てへぺろ」


 怪しい。

 明らかに怪しい。


 果たして、怪しくない人間が、真夜中の2時に5階にある部屋の窓ガラスを割って押し入るだろうか。


 否、そんなことは絶対にない。


 何が目的だ……?

 金か……?


 それとも私の美しい身体……?


 ――30分後


 こんな光景を見せられて混乱するなと言う方が無理な話だが、時間が経つにつれて少しずつ自分を取り戻してきた。


 彼女も私が落ち着くのを大人しく待っていたようだ。暴漢とかであれば、私が落ち着くまで待つことなんてしないだろう。いや、むしろそう思いたい。


 彼女がこんな無茶をしたのは、余程の理由があって、手段を選んでいる余裕が無かったからなのかもしれない。


 私は恐る恐る顔を上げると、そこには1人の女の子が立っていた。年は私と同じくらいかな……髪はナチュラルボブ、細身。色が白い綺麗な女の子だ。


 まあ……私の次くらいに可愛いかな。とても窓を割って部屋に入るなんて風には見えない。


「だ、誰? あなた何者? なにしに来たの? 何が目的?」

「ばくしょー。そんな色々と一辺に聞かれても答えられませんよー」


 念のため言っておくが、彼女は、爆笑と言う言葉を使ってはいるが、顔は全く笑っていない。


 どころか、落ち着き払って飄々としている。

 こいつは自分が何をやったのかわかっているのだろうか。本当にムカつく。


 窓を割って部屋に押し入る……これは立派な住居侵入罪だ。普通なら、家族を起こして警察に突き出すところなのだろうけれど、何故か、その気は全く起らなかった。


 それどころか、私の中で彼女に対する興味が沸々と湧き上がってきている。


「だから、何者だって聞いてるのよっ!」

「……私はアンドロイド。」


 ……え?

 アンドロイド?


 確かスマホの種類でiPoneじゃないやつ?

 誰が見たってスマホには見えないけれど、スマホ人間ってことかな。なんだスマホ人間って。


 この混乱した状況で頭が回っていないと言うこともあるけれど、彼女の言っている言葉の意味が全然わからない。


「私はアンドロイド。日本語で表現すると人造人間。簡単に言えば人型ロボットだよ。私はロボ、スマホじゃあないよ。詳細は『アンドロイド ロボ』でググってね。いえーい。てへぺろ」


 今度は目の横で横ピースしている。ふざけたヤツだ。


 ちなみに、相変わらず目は笑っていない。


 ロボ……?

 ロボット……?


 こんな可愛い女の子に、『私はロボ』とか言われても信じられる訳がない。


 でも、彼女の顔からは冗談を言っている風にも見えないし、キャラ作りと言うことなのだろうか。ただ、5階の窓から押し入った事実を考えると確かに人間技とは思えない。


「で、何で私の家、部屋に来たわけ? しかもこんな夜更けに。」

「私は女子高生で、メモリにはギャル用語辞典の内容が全てインプットされている。言わばギャル風女子高校生ロボと言う設定だ。……って博士が言ってた。てへぺろ」

「女子高生……? 確かに見た目は、私と同い年くらいね。でも私はギャル用語なんて使わないし、他にも女子高生は山ほどいるでしょ? 何で私なの?」

「そんなこともわからないのですかー? あははは。てへぺろ」


 それにしてもこのロボ、いちいち癇に障る話し方だな。


 そもそもギャル用語辞典って何?

 そう言う辞書があるのかな。聞いたことが無い。


 大体、現役女子高生が使っているギャル用語をリアルタイムに書籍化できる訳ないよね。辞書にするくらいだから何年もかけて作られるに違いない。だから使っている言葉が少し古いと言うかずれているのか。


 現代女子高生の見解としては、中途半端なギャル用語を使うくらいなら、やめた方がいいと思うけどな。


 むしろ、ギャル用語を使わない女子高生の方が多いくらいなのだ。


 大体、ネットに書かれているギャル用語なんて、おっさんが書いていると思うのだ。だって私の友達が、ギャル用語を使っているところを見たことがない。


 まあ、そんなことは どうでも良いけれど、私を巻き込むのだけは本当にやめて欲しい。


 ロボは言う。


「なんで私なの? の答えは、じゃかじゃかじゃかじゃん」

「もったいぶらないで教えてよ!」


「あははは。そんなに怒らないでくださいよ。それはですね。あみだくじ! 全国の女子高生150万人の中から見事大当たり! で、商品は私! おめでとー! ばくしょー」

「あみだくじ?! そんな安易な! 当たっても嬉しくないわ!」

「ちなみに、あみだくじ作ったのは、私を作った博士。30年くらいかかったらしいよ~。てへぺろ。」


 あみだくじって!

 150万人分のあみだくじなんて、縦線を引くだけでも大変じゃない。そりゃあ、完成まで30年かかっても不思議じゃないわ。


 ん、30年?

 今私は16歳……


「いやいや、30年かかったとかありえないでしょ! 私16だよ?! あみだくじ作り始めた時、この世に私は存在しないじゃない!」

「あらー。気づいちゃった? ばくしょー」

「気づくでしょ!」


 この娘に会う前のロボのイメージは、計算が早くて賢いと思っていたけれど、このロボは嘘がヘタすぎる、と言うかアホすぎる。それとも、バカそうに振る舞って私を混乱させることが狙いなのか。


 だとしたら、その作戦は大成功だ。このロボから、私は見事に混乱させられているのだから。


「本当は博士が観光で訪れた時に、あかねちゃんに一目惚れしたって言うのが本当の理由。博士からは堅く口止めされてたけど、バレちゃしょうがないよね。てへぺろ」

「全部言っちゃってる! 博士って誰?!」


「博士はね~。35歳で彼女いない歴イコール年齢で、親からの仕送りで生活しているクソニート。ばくしょー」


 クソニートなんて言葉、どこで覚えるんだろうか。

 ロボに搭載されていると言うギャル用語辞典に、クソニートが載っているのかな。だけれどそのクソニートでもロボが作れると言うのだから、世の中わからないものだ。


 って、このロボ、あかねちゃんって私のこと呼んだよね?!


 なんで私の名前を知っているの?!

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