第36話 10 スヌーピー



 今、彩香の部屋では、牛の目覚まし時計の前で、彩香とぺペが並んで座っている。


「なぁ、あやちゃん、今から見る事、絶対に誰にも言わんといてや」


「あやか、だれにも言わないよ」


「よっしゃ! 約束やで」


 と言うと、ぺペは彩香の横から目覚まし時計の裏側に周り、目覚まし時計の壁に同化しているような扉を開けて中に入った。

扉の向こうでは、彩香が大笑いで喜んでいる。


「ぺぺちゃんのお家だー」


「あかんな、さっきの約束、この調子やったら、いつ破られるかも知らへんな」


 然し、この約束は永遠に破られる事は無いはずだった。

何故なら、彩香は小さいながらも芯の強い子、太く逞しいのではなく、張り詰めた糸、健気だ。


 ぺペは、早々に無線機を始動させ、タッタリア宇宙医学教授に連絡を取った。


「おう、タッタリアか? 僕、マルセリーノや」


「はい、タッタリアです。早速ですが、冷蔵庫にシラスの詰め合わせを冷凍しております。氷も大量に作っておきました」


「そら、ありがたい!」


「今まで断食お疲れ様でした、それに氷がなくて大変でしたでしょ? 私達の必需品ですからね」


「マジやで! 僕、死ぬかって思うたわ」


「で、これからも何とか手段を考えて定期的に輸送します」


「おう、頼むわ。やっとシェルターにも戻れたしな。これで、ゆっくり休めるわ」


 然し、この時点でマルセリーノは大きな勘違いをしている。ぺぺは毎晩、彩香に抱かれて眠ることになっている事に気付いていない。


「一応、子供用にと表面はプラスチック仕上げにしておきました」


「おう、気が効くやん。それに、あの牛の絵、なかなか上手いやん。お前に絵心があったとは知らんかったわ」


「牛? あれはスヌーピーのつもりで描いたのですが?」


「スヌーピーって? ほんなら何か、あの足元でうろついてた奴、ウッドストックなの?」


「分かっていただけましたか」


「アホか、全然分からんかったわ! お前、絵、めちゃめちゃ下手くそやな」


「私も傷つくことがあるのですが」


「知るか! 絵音痴! 下手な絵なんか描いてんと白一色でええねん」


「・・・・・・・・。」


「で、聞きたい事があるねんけどな」


「・・・・・・・・。」


「ちょっと?」


「・・・・・・・・。」


「あのー、まじ、傷ついたわけ?」


「・・・・・・・・。」


「いやー、僕ちょっと言い過ぎたみたいやね。牛やったらめっちゃ上手やなぁって思てたから、なんて言うの? いきなりスヌーピーって、不意打ち喰ろたような、ね、わかるやろ? てか分かってくれへん?」


「言いたいことは、それだけですか?」


「え?」


「他に言うべき事があるのではないですか?」


「どうしても言わなあかん?」


「・・・・・・・・。」


「分かったよ、言うよ。ごめんなさい。僕が悪かったです。どうか許してください!」


「で、聞きたいことって?」

(こいつ、こんだけ面倒臭かったけ?)


「あ、それな、モリコーネ、宇宙超心理学のモリコーネ名誉教授、まだ死んでへん?」


「はい、ご存命です」


「よっしゃ、助かったわ! 超光速回線使って内線に繋いでみるわ」


「いえ、直接会話をなさりたいのであれば、超光速回線ではタイムラグが生じます。超時空回線を使われた方が良いでしょう」


「そっか! ありがとうな。タッタリア」


「で、マルセリーノ統括教授は、何か心境の変化でもあったのですか?」


「え、僕が?」


「はい、どこか話し方がスマートになったというか」


「僕が? 何んも変わってへんけど?」

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