第8話

 「やぁヒーロー。怪獣が街を襲っているんじゃなかったのか?こんなところに舞い戻って来て、一体全体どうしたんだい?」


 ビルの屋上の縁から破壊される街を眺める少女は、前方からやってきたヒーローにそう問う。


 しかし、ヒーローは何も答えることなく、屋上の中央に着地した。


 「君がここを離れてまだ10分にも満たないと言うのに、随分と顔つきが変わったじゃないか。まるで、死人のようだ」


 死人。その比喩はあまり使い勝手がよくないのでは、と彩芽は思った。


 何故ならば、死人の顔というのは基本的無表情を浮かべるだろうが、笑顔で亡くなる場合もある。悲しそうな顔を浮かべながら死ぬ場合もある。己の両親が、そうだったように。


 しかし、顔面蒼白という点においては、確かに正確な比喩ではあった。


 まぁその場合、変わったのは顔つきではなく、顔色なのだが。いや、絶望に満ちた、眼に光を灯していない現在の彩芽には、やはり正しい例えだったかもしれない。


 「何か辛いことがあったのかい、って、見れば分かるか。自分が守ってきた街が破壊されているんだ、悲しいわけがないよね。ごめんね、考えが及ばなかったよ」


 「いや、いいんだ。別に気にしない。もういいから」


 「いいとは?」


 随分と投げやりな、無気力になってしまった彼を、少女は面白そうに見ている。


 「救われてばっかりの人間は、救われることが当たり前になって、ルーチンワークのように僕に感謝の意を伝えれば、また助けてもらえると思っている。掬い上げても掬い上げても溢れて落ちて、落ちた人間はまた救いを求める。正直うんざりだ」


 「でもヒーローはこの街が大好きなんだろ?」


 「ああ、大好きだからこそ、一回壊れるべきなんだ 。当たり前と化していた平穏無事な日常を、それが本来は異常だったのだと、一度知るべきだ」


 「へぇ」


 「苦楽は両方知るべきだ。でないと人間、上手く生きていけれない」


 「まぁ、苦楽を知った瞬間に、この街の人間は全員絶命するんだけどね。君はようやく、苦を知ったといったところかい?」


 「苦は元々知ってたよ。今日知ったのは地獄だ。命を無関心に潰され、望みも叶わない、ただの地獄だ」


 「知ってどう思った?」


 「……ヒーローを、辞めたいと思った」


 「それはどうして?」


 「君の言葉の通りだ。誰も救えなければ、それはヒーローではない。ヒーローは遅れてやってくるなんて言うけれど、遅れて誰も救えなければ、それは僕が殺めたのと同然だろう。ヒーローには、人を助ける義務があるというのに。そうなると、僕はヒーロー失格だ」


 血色は相も変わらず蒼白としているが、しかし彩芽の内側では、何かが沸々と沸き始めていた。


 「それでは、君はこれからどう生きていくんだい?この調子では、この街は完全に破壊され、ヒーロー協会の君以外の46人は全滅し、各県を守るヒーローは居なくなり、次第に日本は壊滅する。一般人が生きていくには、これから先はあまりにも厳しいが」


 「………」


 「それとも君は、崩壊した日本を取り戻すために、これから孤軍奮闘するのかい?ヒーローとして、英雄として、もう一度戦うのかい?」


 「………」


 「それとも、私と一緒に―――死ぬか?」


 そう提案をした瞬間、愛沢広は空を飛んだ。

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