第7話
彩芽小にとって、怪獣4体というのは取るに足らない、些細なものだ。しかし、それは当然のことながら4体しか怪獣がいない場合に限る。どういうことかと言うと、この街には既に、姿を顕現していないだけでおよそ50を越える巨大怪獣がいるのだ。
だが、それでも彩芽にとってそれは許容範囲だった。強大な力を持った彼にとって、怪獣の数が三桁になろうとも圧勝しただろう。
しかし、それは街に被害が一切出なかった時に限りだ。
彩芽小は、心まで強くない。
約4年ぶりとなる、自分ではない他者の流血を見た。繋がっていた体が四分五裂になる瞬間を見た。ヒーローに助けを求める子供が、頭から潰された瞬間を見た。見た。見てしまった。
「アアアアアアッッッッッッッ!!!」
市民の死体を見るというのは、4年というブランクを抱えた彩芽にとって、あまりに重すぎるものだった。それでなくとも、彼の精神は一般的な高校生と同じ程度だというのに。
しかし、それで狼狽えていてはヒーローは勤まらない。酷い言い方ではあるが、現在死んでいるのはこの街の人口の約1割にも満たない程度だ。まだまだ救える命があることを、彩芽も分かっていた。
だが、それなのに動けなかった。それは、愛沢広と邂逅していたビルから飛び立つ寸前に、彼女から言われた言葉が脳内を反芻し、彩芽の意思を絡めとっていたからだ。
『誰も救えなければ、意味がない』
現在彩芽は、この街の市民を一人も救えれていない。その事実が、彩芽の自信を削いでいたのだ。
「僕は、ヒーロー。完全むけつのヒーロー。あれ、むけつって、どんな漢字だったっけ」
漢字を思い出そうとしているのに、指折り数えるという謎の行動に出る彩芽。
そんな彩芽に、彼を後方から見つけた2名の人物が駆け寄る。ではなく、飛び寄る。
「彩芽くん!!!」
彩芽の背中に温もり麗らかな声がかかり、彩芽は声の方へと振り向いた。
「ん、ああ、千刃さん、久しぶり」
年齢は彩芽よりも上であり、現在大学生だ。ヒーローが大学になど通えるのかと疑問に思うかもしれないが、千葉県は他県に比べ怪獣や悪の組織の出現頻度が少なく、基本暇をしているため、大学生活を送る余裕が少なからずあるのだ。
しかし、それでも日々の鍛練を怠ることはしない。精神面においては、現在の彩芽以上にヒーローとしての素質のある、筋肉質な好青年だ。
「彩芽さん!」
千刃の後ろから向かってきた少女は、額に汗を浮かべながら彩芽の前に着地した。
「あぁ、それに栞菜さんも、どうしたの?」
栞菜は、彩芽よりも幼く現在中学3年生なのだが、それでも彩芽が彼女のことをさん付けで呼ぶのには、彼女の類稀なる才能と、ヒーロー活動に対する真摯さを尊敬しているからだ。まぁ、それ意外にも彩芽は女性をちゃん付けで呼ぶことに躊躇いがあるという理由がある。
ただ、一人を除いて。
肩にかかる程度の明るめの茶髪を靡かせながら、栞菜は彩芽に向かう。
「どうしたのじゃありませんよ!現在この街には50を越える怪獣と、100名を越える怪人、それを引き連れる幹部が押し寄せています。これでも確認が出来ただけで、まだ到着していないだけで敵の数は500を越えるかもしれません」
ここで彩芽は、初めて今この街にいる怪獣の数が4体ではなく、50体以上いることを知った。
「一体どこにそんな数が潜んでいたんだ」
「奴ら、姿を透過し、気配を消すことの出来る技術を開発しており、それによって人知れずこの街に軍勢を率いて押し寄せていたようなんです。きっと彩芽さんの《敵意の察知》対策なんだと思います」
「彩芽くん、今この街の被害状況は把握出来ているかい?」
「いや、でもまだ現れて3分も経過していないですし、精々、いや…なんでもないです。どれくらいの被害が出ているんですか?」
普段の彩芽から出るはずのない「精々」という言葉に、二人は眉を潜めたが、事態が事態なため深く気に止めることなく、栞菜は黙り、千刃は続けた。
「街の人口の半分、もしくはそれ以上が、既に亡くなっております」
「なッ!!!」
「さらに…えっと」
突如口を濁らす千刃。普段ならば、そこで空かさず栞菜が説明してくれるのだが、何故か本日に限ってそれをしなかった。二人ともが同じ考えを持ち、彩芽に話すべきではないと判断したのだった。
しかし、彩芽は訊き返した、何と言おうとしたのかを。
本来なら訊くべきではなかった。4年ぶりの市民の流血と死に直面して、人を守れなかったという敗北感、無力感、絶望感、欠落感、罪悪感、列挙していけば切りがない程に精神的傷を負った彼に、さらに追い討ちをかけることになってしまうから。
だが彼は訊いてしまった。47都道府県ヒーロー協会のトップに君臨する彼の指示に、千刃は反論することなど出来ない。だから千刃は、答えるしかなかった。
「彩芽くんの、お祖父さんが経営する喫茶店兼東京都ヒーロー本部が、破壊されました」
「……そう、か」
そう遠くない距離から怪獣の咆哮が聞こえる。
そう遠くない距離から絶命する音が聞こえる。
聞こえるだけで、彩芽には一切、響かなかった。
「二人は、他のヒーロー達の元へ行って、共に戦っておいてくれ」
「彩芽さんは」
「僕には、行く場所が出来た」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます