第6話

 「まぁ、リーマン風って言ったけど、実際おじさんはサラリーマンなんだよ。組織の活動資金の確保の為に尽力してくれているんだ。意外でしょ。悪の組織は必ずしも金品を強奪、奪取しているわけじゃなくって、ちゃんと働いてお金を得ている場合もあるんだ。まぁ、それには理由があってね、企業と繋がっていると、情報も得やすいっていう利点があるし、何より壊しやすいんだ。裏からゆっくり蝕むように壊していく。そして誰も私たちを疑わない。悪の組織は、一般社員よりも真面目に、質の良い仕事を淡々とこなすんだ。すると信頼は厚くなり、さらに給料も上がる。一石二鳥、いや、三鳥以上かもしれないね」


 正直、彼女が平然と前に出てきたことに驚きを隠せない彩芽は、彼女の語る悪の組織の資金事情など全く耳に入ってこなかった。


 それよりも彩芽には、もっと気になることがあったのだ。


 「何でお前は、小学5年生の頃から全く成長していないんだ、だろ?」


 「なっ!」


 自分の思考を見透かされ、さらにそれを口に出して言われたことで、彩芽は彼女に向ける警戒心を一層強く引き締めた。


 「なぁに、別に漫画の探偵みたく悪の組織に薬を飲まされて体を縮められたわけじゃない」


 「じゃあ一体どうして。君は今、成長期真っ只中で、本来なら僕と同じくらい、低くても頭一つ分の差の身長があってもいいっていうのに」


 「愛情遮断症候群」


 あまり聞かないその病名に、彩芽は困惑した。しかし、なぜ彼女がその病を発症したのかを想像することは出来た。恐らく、誘拐されて乱暴な扱いをされ、その所為で発症したのだろう、と。


 「まぁ、そんなもんだよ。ただ少し違う。私は4年前のあの小学校全焼斬殺事件の後、悪の組織の幹部であるリーマンおじさん、禾歳のぎとせさんに誘拐された。そこまでは君の知ってる通りだ。しかし、そこからは君の考えとは真逆のものだよ」


 「真逆って、暴力はされていないのか」


 「ああ、されなかった。それどころか手厚くもてなしてくれたものだ。おじさんの料理は美味しくてね、まぁそれを知ったのは最近なんだけどね」


 「じゃあ一体、君はどうして、えっと、その病気を発症したんだ」


 「愛情遮断症候群ね。私はさ、厚くもてなしてくれたおじさん達を一向に信用しなかったんだ。当然だよな、私の通う学校を燃やし、私の友達を斬り殺し、私の夢を壊したんだ。愛を沢山守るヒーロー愛沢広は、あの瞬間に壊されたんだ。美味しい料理程度で心を開くわけなんてなかったし、そもそも私はあいつの料理を一切食わなかった」


 約4年間、禾歳はそうして心を開かない愛沢に料理を作り続けてきたことを、今ここで言っておこう。


 胃袋を掴む前に、禾歳は愛沢の信頼を得るべきたった。そうすれば、当初彼が目的としていた利用方法が出来たというのに。


 「愛情遮断症候群は本来、親のネグレクトとか、親が愛情を子供に向けない場合に起こるんだ。でも私はその逆で、病名を読んで字のごとく、私は禾歳さんの愛情を全て遮断していたんだ。好意を全て、自ら切り捨てていた。一切の信頼を、おじさんに向けなかった」


 「それが、今の君の姿が小学生5年生で止まっている理由」


 「正確には小学6年生の後期くらいだと思う。さっき言ったが、最近ようやく心を開いて禾歳さんの料理を食ったんだ。いやー、旨かったぜありゃあ。愛情遮断症候群はストレスの軽減と、ちゃんと栄養バランスの取れた食事をしていりゃ治療出来る」


 「どうして心を開いたんだ」


 「ん?そりゃあ、流石に4年近くもいりゃあ嫌でも信頼は出来るさ。一切の危害を私に加えることなく、さらに身の回りの事を全てやってくれてたんだ。4年って数字は、超遅すぎるくらいだったぜ。だからつい先々月に、感謝と謝罪の意を込めて手料理を振る舞ったんだが、酷い出来映えになっちまってな、結局困らせることになったんだ、ハハハ」


 「まるで、反抗期を過ぎた高校生のようだね」


 「本来、私は反抗期真っ盛りなんだろうけどな。ヒーローはどうなんだよ、反抗期、あったのか?」


 「いや、僕は無かったね。無かった、というより、反抗することを封じられた」


 「ほう、そりゃどういう」


 「語り合いたい所だけれど、君が悪の組織と精通している以上既知だろうが、現在この街は襲撃を受けるかもしれない危機にあるんだ。僕は市民の安全を守らなくてはならない、一滴の血も流さずに」


 「ああ、それなら無理な話だな」


 「どういうことだ」


 「ヒーロー、君は遅れたんだ」


 そう言われた瞬間だった。


 愛沢と彩芽が話しているビルを中心に、四方から突然怪獣が姿を現したのだ。どこからともなく向かってくるわけではなく、まるで透明人間が姿を現すようにして、4体の怪獣が街を荒らし始めたのだった。


 「私はヒーローの足止めをしたつもりはない。人が来たから暇潰しにと思い、ただ話しただけなんだが、この場合、君が自らの意思で留まり、そして街を破壊されることとなった。現在殺されているこの街の市民は、君が殺しているも同然じゃあないのかい?」


 昔、愛沢が禾歳に言われたようなことを、彼女は彩芽に向ける。


 「ヒーローは遅れてやってくる。ヒーローとは随分と怠慢な野郎だよな」


 しかし 、彩芽はそれに取り合うことなく、ビルの縁まで走り、そして空に飛んだ。


 「誰も救えなければ、意味がないというのに」

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