嫉妬の獣と私の目標

 朝が来た。

 目を覚ましても私の体は元に戻る事はなく手は小さいまで、


「ああ。あー……」


 喉に手を当て、小さく声を出してみても声色も変わらず昨日のまま。下に手を伸ばしても大事な物はやはりなく。今までのことは全て夢ではないと教えてくれる。


「--ッ!?!?」


 改めて状況を整理するため右を見ると、アリューミアの服ははだけ、だらしのない寝相でそこにいた。体温が上がるような感覚を肌に感じながら、反射的に反対側に顔を向ける。そちらは先程とは打って変わって。寝返りは打っているのかと疑問に思うぐらいに寝る前と同じまま寝息を立てるミーリアの姿があった。

 早くこの生活に。この体になれなくてはいけない。

 いま自分が置かれている状況を確認しようと。いま生きている世界を感じようと外に出ることを決め、私は二人を起こすのは申し訳ないと、彼女らを起こさぬようそっとベッドの下側から抜け出す事にして。そっと。忍のようにゆっくりと……。


「……ホムラちゃん……」


「--ッ!?」


 呼びかけに思わず体がビクリと震わせ、布団に手足を付けたまま声の方を見る。


「ホムラちゃん……そんな走ると危ないよぉぉ……むにゃむにゃ……ふふ……」


 どうやらミーリアが私の方に寝返りを打ち、寝言を口にしただけのようでホッと一息一安心。このタイミングで寝返りを打たなくてもいいと思う。

 それはともかく、私はベッドを下りると扉へ向かい、軽くジャプしてドアノブを下ろす。物音を立てないように扉を開け、そっと部屋を出た。


「確かこの辺にぃ……」


 昨日の夕食時、二人が私の服をしまっていると話していた部屋に入り込み、タンスなどを物色する。

 外に出ようと思ったのだが肉球柄の寝間着姿で誰かに出くわしたらいたたまれないと、服を探しに来たはいいものの。なかなか見つからない。


「これでもない……。これでも……ない。これは…… あった!」


 見つけ出したのはTシャツと半ズボン。スカートだったらどうしようと思っていたがこれはありがたいとすぐさま着替えて外に出る。


「んんー……。ふぅ……」


 海といっていいものか。外の景色を見ながら両手を上げ背筋を伸ばす。

 数分ではあるがこうしていると朝日が登るのが若干ではあるが、わかる。風もあり。雲もあり。こうして改めて考えてみると本当に不思議な場所だ。

 この風景を見ているとここが地下なのだと忘れてしまうぐらいに。

 突然訳もわからずこんな姿にされ。しかも訳も分からない魔物という化け物に襲われるわ。魔法なんいうフィクションが現実にある世界だったり。突然新しい家族ができたりと本当に昨日一日で色々なことがあった。


「……おい!お前!」


「あ゛……?」


 人が感慨に耽っていると、どこからともなく声が聞こえ顔をそちらへ向ける。

 そこには、子供用だろうか、農作業に使う小さなくわを持ち、肩に担ぐ半獣人の子供がこちらを睨んでいた。そう、名前は確か--


「レオン……。だっけ?」


「俺の名前をお前が勝手に呼ぶな!」


 いや。知らんがな。

 第一、なぜ私はいまこいつに声をかけられたのかすらわからないし、名前を知っていのだってあの二人がそう呼んだからだ。呼ぶなと言われても困ってしまう。


「お前、アリューミア達と一緒に暮らすんだってな!」


「そうだとしたらなんなんだ?」


「今すぐ出ていけ!!」


 ますますわけがわからない。

 まず私がアリューミア達と暮らす事になったのは私が勝手に決めたことではなく。出たけと言われて『はい。じゃあ出て行きます』とはならない。

 それに私もアリューミア達には恩義を感じているのだ。彼女らが困る事はしたくはなかった。


「あのなぁ。出ていけってお前に言われる筋合いはぁ……ッ!?」


「いいから出ていけ!!」


 レオンが鍬を持たない左手を天高く上げると、そこに茶色い泥のような物が玉状に集まっていく。


(あれは、ミーリアさんが私の傷を見てくれた時と同じ感覚…… てことは魔法!?)


 驚き、思考している間に判断が遅れてしまう。

 既に左手に作り出した泥団子のような物を私に目掛けて投げる寸前で。もう間に合わないと悟った瞬間、何かの破裂音と共に大きい風が吹いた。

 張り切っていてもおかしくはない左手、


「ッ!? あ……」


「なあ、レオン。私はそんな事をさせるためにお前に剣術は教えてねぇし、ミーリアだって魔法を教えてやってるわけじゃねぇぞ?」


 その腕を掴む大きな手があった。寝間着姿ではあるが彼の背後に立つち、冷たい視線を送るアリューミアの腕である。

 そんな彼女を見たレオンは、手首を掴まれているにも関わらず、後ろに一歩後退り。突然のことに動揺したのか、泥団子はその原型を止める事なく彼の掌の上へと崩れ去っていった。


「ホムラ。怪我はないか?」


「え?あ、はい」


「それはよかった。で、だ……」


 レオンを掴んでいた手は離れ。頭上に振り上げられた腕の先をグーにして、彼の頭上目掛けて軽く振り下ろされる。


「イダッ!」


「当たり前だ。痛くしてるんだから」


 不思議と、しゃがみ頭を押さえるレオンの頭部から煙が出ている気がする。


「タクっ…… お前な。こんな朝っぱらからホムラに絡みに来てるんじゃねぇよ。その鍬はなんだ!サボりか!?」


「ちっげぇよ!」


 レオンが勢いよく立ち上がり。首を上げ、アリューミアを見る。


「昨日、母ちゃんが腰を痛めちゃったから。俺が代わりに父ちゃんの畑仕事を手伝ってるんだ!」


「ほう。畑仕事の手伝いか。じゃあ尚更、こんな所で油売ってていいのか?兄さんに『レオンが私のとこの娘が気になってちょっかい出して上に手伝いサボってたー!』て、言っちまうぞ?」


「「ちょっ!?」」


 悪い顔で笑う彼女に、意図せず私とレオンの声が重なった。


「ほら、報告されたくなきゃ早く行った行った」


 背中を押された彼はしばらく歩くと私の方へ振り返り。べーと舌を出して私を馬鹿にしてから走りだす。


(あのクソガキがぁぁ!)


「ありゃ、ちっとも懲りてねぇな……」


 右手を腰に当て呆れため息を吐くアリューミアを見上げ、私は聞く。


「あのレオンとかいう奴。なんなんですか!?」


「お?ホムラも気になるか?」


「茶化さないでください!てか気になってなんてないし!!」


 私が訴えると彼女は笑い「わるいわるい」と言って答えてくれる。


「あいつはレオン・エマンティットっていって。私の甥っ子」


 甥っ子。つまりレオンは、アリューミアの兄に当たる人の子供。と言う事になるわけか。


「剣術とかに興味あるみたいだったからな。生きてく上で知っていて損はないだろうと色々教えてたら、呑み込みが早くてな。私の住んでた近くの村に住む子供の中では敵なしみたいなんだ。ハハハ……」


 それであんなクソガキに育ってしまったと。


「ただまあ。あのままって訳にもいかなぁよなぁ……」


「あっ!?ちょっと!」


 家へと踵を返すアリューミアに、私もあんな舐められっぱなしでは居られないと、彼女を呼び止めようと声をかけるが、


「とりあえず、ホムラも朝日浴びたら家に戻って朝食作るの手伝えよ〜」


 手を振り。尻尾を振り。

 そんな事を言って家に入っていってしまった。


「……」


 せっかく服を着替えて外に出たのだからと、モヤモヤしつつもしばらく日光浴をして家に戻ると、アリューミアはもう私服に着替えて台所に立っていた。

 ミーリアは周りを見ても居ないので、どうやらまだベッドで寝ているらしい。


「ほい。こいつをテーブルに運んでってくれ」


「は、はい」


 どうやら今日の朝食はトウモロコシのスープと食べやすい大きさに切って焼いたパン。それにサラダのようだ。


「なあ、ホムラ」


 私がスープを運んでいると、サラダを盛り付けているアリューミアがこちらをみる事なく話しかけてくる。


「はい」


「レオンにあんな泥団子投げられそうになって。私が何もしなかったらお前はそれを体に浴びていたわけだが--」


 痛いところを突いてくる。

 確かに、あのままでは何も抵抗できずに私の服や顔は泥で汚れ、下手をすれば怪我していただろう。


「あいつも懲りている様子はない。となれば、どうにかして対抗しなきならんわけだが……?」


 レオンに対抗する以外でも、この世界には魔物という強大な敵がいる事を私は目覚めた時に知っているのだ。

 対抗できるだけの力をつけなければ。


「アリューミアさん」


 皿をテーブルに置き、アリューミアに声をかけるが返事が返ってこない。聞こえていながったのか。もう一度口を開けて声を出す。


「アリューミアさん!」


「そのアリューミア“さん”ていうの」


 お玉を振るい私へと向け、前を見る。

 その際、スープが軽く辺りに飛び散った……。格好をつけたいお年頃なのだろうか?


「あの。アリューミアさん…… 汚いです」


「……ッ!うるさい!!そんな事はわかっている!」


 顔を真っ赤にしてアリューミアが叫ぶ。

 そんな彼女を初めて見たので、なんだか可愛い。


「気を取り直して……!そのさん・・・て言う他人行儀な敬称。やめないか?」


「でも…… 」


 私が渋るとアリューミアはさらに続ける。


「施設に行かせない為とはいえ、お前の意思を意思を聞かずに決めてしまった事だ。でも私は後悔してないし。できるなら、ホムラには私らが親で良かったと思ってもらいたいんだ」


 これを、棚に飛んだスープを拭きながら、照れ臭そうでなければもう少し絵になったと思うのだが。

 その気持ちはなんとなくだけど。確かに私に伝わった。

 キッチンにあった布巾を一枚取り。床に飛び散ったスープを彼女の代わりに拭き取っていく。


「おう。悪いな」


「……いや。家族なんだから、これくらいどうってことないよ。……あ、アリューミア……」


「お。さんなしで呼んでくれた」


 私を見て彼女は笑う。普段はクールでガサツそうで男っぽいアリューミアの笑顔はとても綺麗だ。


「ほら。サボってないでちゃっちゃと拭きますよ。アリューミア……さん」


「またさん・・・がついた!」


「仕方ないじゃないか!まだ慣れてないんだから!」


 先程の雰囲気は何処へやら。私とアリューミアは布巾片手に睨み合う。まるで子供の喧嘩だ。


「アリューミア……。ホムラちゃん……。おはよう……。二人とも、朝から騒いで……どうしたのぉ……?」


「ほら!ミーリアさんだって私をちゃん・・・・って呼んだ!不服だけどちゃんて呼んだ!!」


 寝癖だらけでまだ頭の働いていない。寝間着姿のミーリアを顔を見ることなく指差し、私は叫んだ。それに負けじとアリューミアも、


「それは昔からあるミーリアのは癖みたいな物なんだからいいんだよ!て、何が不服だ!」


「じゃあ私もそれで!!」


「“じゃあそれで”じゃねぇ!」


 ギャアギャアと、言い合う二人。しかし確かに距離が縮まった親子。そんな私たちを見て普段のミーリアなら『よかった』と笑ってくれたのだろう。ただ、いまは状況が悪かった。彼女は本当に静かに。しかし重みのあるため息を漏らして、尻尾をまっすぐ伸ばしそっと一言。


「二人とも……。朝からうるさい……」


 たったそれだけ。

 しかし、普段優しそうな人の冷え切った視線。怒った表情は、それはもうとても怖く。


「「……はい。すみません……」」


 私たちはただ、親子そろって彼女に向かい。そう謝るしかなかった。そう、寝起きのミーリアはちょっと機嫌が悪いのだ。

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