知りたくなかった事実

 それから風呂場に連れ去れだ私は、


「あ、あの。わ、私を食べても美味しくないですよ」


 頭が絶賛パニック状態。自分でも何を言っているのかわからず、ガクガクと震えながらミーリアを見上げていた。


「そんな食べたりしないよ。ほら、服脱ぎましょうね」


「わっ!?……あ?」


 一体何が起こったのかという早技で、気がついたら私は裸にされており、反射的にあそこに手を伸ばして隠そうとすると、何か大きな違和感を覚える。

 体の感覚と触感。その二つが明らかにおかしい。あるべき物が無い。


「ホムラちゃんどうしたの?トイレでも行きたいの?」


 固まった私を見て、ミーリアが心配そうに見つめている。


「い、いえ。あの、ミーリアさん。ここって鏡とか自分の姿を確認できる物ってありますか?」


混乱する頭を必死に落ち着かせ、私が聞くと彼女は少し不満そうに、


「もう、さんは要らないのに……。鏡ならあそこにあるよ……。て、あ、ホムラちゃん!まだ濡れてないとはいえ脱衣所で走ると滑って転ぶよ!」


 と部屋の片隅を指さし、私は忠告も聞かずに鏡が取り付けられた場所へと走る。


(クッ……。届かない……)


 その座高の高い椅子は、私には明らかに身長が足らず、座ることも。立つことも叶わない。これでは自分の今の姿。不安。己が置かれている正確な状況が把握できない。


「わっ!?」


 何もできず、ただ椅子を睨みつけていると、突然体が浮き上がった。


「もう。言ってくれれば鏡ぐらい見せてあげるから。でも、危ないから暴れたりはしないでね?」


「は、はい。ありがとうございます」


 礼を言い、彼女が「どういたしまして」と笑うのを見てから改めて、前にあるはずの鏡を見る。


「----ッ!?」


 それは言葉にならなかった。

 慣れ親しんだ姿がないことは覚悟していた。それに下を向けばすぐに分かったことだ。容姿や、下手をすれば人種まで変わっている可能性も多少なりとも覚悟はしていた。だが、認めたくなかった。それを--


「ふふ。ホムラちゃんのプラチナブロンドの髪と真っ赤な瞳がとっても綺麗で、将来はきっとすっごい美人さん・・・・・になるわね」


 明らかに性別が変わってしまっていることを受け入れたくなかったのだ。

 めまいを起こしそうになった。心が拒否反応を起こすように『こんなのは私ではない』と叫んでいるように。

 こんな奴は断じて稲田焔ではないと。お前は誰だと。

 テーブルに両手を付き、奥歯を強く噛み締める。

 いきなり知らない場所で目覚め。魔物に襲われたりと怒涛の1日。幼児化という大きな変化で目に見えていなかった変化を見逃していた。いや、そもそも私は稲田焔わたしなのだろうか。


「ほ、ホムラちゃん大丈夫?」


「え?」


 大丈夫かと問われ、私は“何が”とミーリアの方を向くと、彼女は心配そうな顔でこちらを見つめていた。


「だってほら、ホムラちゃん泣いてるもの……」


「泣いて……る?」


 誰が?

 改めて鏡を見ると、確かに泣いている人はいた。鏡に映る誰かが、赤い両眼から大粒の涙を流し泣いている。

 その誰かをミーリアはホムラと呼んだ。ならばこのかがみに映る人物は間違いなく、少女ホムラなのだろう。今はそれでいいではないか。

 冷静さを取り戻すと、また泣いてしまったのかと恥ずかしくなる。


「大丈夫?やっぱり今日はお風呂やめとく?」


「いえ……。大丈夫です。ご心配おかけしました。それと、鏡を見せてくれて、ありがとうございました……」


 涙を拭い、礼を言う。ミーリアは「そう?」と私の様子を確認すると、大丈夫と判断したのか笑って両手を合わせる。


「それじゃあ、嫌な気分も思いも全部お風呂に入って嫌なことは洗い流しちゃいましょう」


 そこで私は今の状況を思い出し、ハッとした。

 もしかしなくとも、私はいま絶好のチャンスを逃してしまったのだろうか。いや。今ならまだ遅くないかもしれない。


「あ、いや。やっぱり今日はあまり気分が優れないので、私は遠慮して……てっ何脱ぎ始めてるんですか!?」


「え?だって脱がないとお風呂入らないでしょう?」


 私は悟った。ああ、ダメだ。これは逃げられないと。

 


「ふう。気持ちいい……。ホムラちゃん。湯加減は大丈夫?」


「……はい」


 湯加減は全然大丈夫なのだが、落ち着かない。

 いま私は、長い髪を団子状に丸め湯船に入るミーリアに体育座りのような形で湯船に浸かっている。変なことを考えないようにしても、背中に感じる慎ましくも柔らかな感触に多少なりとも男心がソワソワしてしまいそうな気持ちになる。

 平常心を維持できるのは子供の体だからと言っても過言ではなく。今日一番この体に感謝したかもしれない。


 気を逸らすため話を浴室に変えよう。

 この風呂場も木製で、湯船も小さな旅館かと思うくらいに広く。取り付けられた大きな窓からは海を望めるとても贅沢空間だ。


(そういえば。尻尾はお湯に浸かっても平気なのだろうか?)


 ミーリアの顔を横目で見ても、彼女はとろけ顔で目を瞑っていて、濡れることをそれ程気にしているようには見えない。


「……あの、つかぬ事をお聞きします」


「ん〜。なーにぃ……」


「ミーリアさんはその、アリューミアさんとどう言うご関係なんですか?」


「えっ!?」


 流石にいきなりの突っ込んだ質問に、目を見開き驚いた声を発すると、ゆっくりと落ち着きを取り戻した彼女は、私を両腕でさらに抱き寄せ天井を見上げ黙り込んでしまう。

 これ以上の密着は勘弁してほしいのだが、今は我慢して。


「……どういう関係かって言われてもねぇ」


 ミーリアがそっと口を開いた。


「昔から家族同士が仲良くってね。そういう付き合もあって顔見知りだったから、ちっさい頃はよくアリューミアの後ろをついて回ってたのよ」


 楽しそうに、懐かしそうに彼女は語る。


「で、色々あって。こうして二人で暮らしているの。今日からはホムラちゃんも合わせて三人家族だけどね」


 家族か。そういえば、前世と考えていいのかはわからないが、この体になってしまう前。両親とあったのはいつだったか。正直思い出せず、家族らしい。親子らしい事はほとんどできてはいなかった。


「私は、親不孝者だったんだな……」


「ホムラちゃん何か言った?」


「いえ。何も」


 その後、のぼせてしまってはいけないからと、髪と体を洗われ脱衣所へと連れ出される。行く気はないがもうお嫁に行けないという気持ちはこんな恥ずかしい感じなのだろう。

 巨大なタオルと魔法によって髪を乾かされ、保湿剤を顔と体に満遍なく塗られる。この世界は移動手段が馬車かと思えば保湿剤があったりと、時代背景が中世なのか。現代的なのか全くわからない。

 そこで私はある事に気がつき、途端に青ざめる。私の服はあるのだろうか?

 ここへの道中、もちろん買い物などしてはおらずそんな物はないに決まっている。

 詰んだ。そう心の中で叫んでいると、脱衣所の扉がノックされ、開く。


「ミーリア。足りない物買い出すついでにホムラの寝巻き買ってきたぞ。て、何やってるんだ?ホムラ?」


 自分でも何をやっているのかわからない。思わずその場でしゃがみ体を隠してしまった。

 アリューミアに「ありがとう」と、礼を言って寝間着を受け取るミーリアには「ホムラちゃんはおませさんなんだよね」と笑われるしまつ。

 穴があったら入りたい。


 無事? 風呂イベントを乗り換えた私は肉球の柄をあしらった寝間着に着替えさせられ。ようやくとリビングへとたどり着き、そこには様々な海鮮料理が並び、豪勢な食卓が広がっていた。


「ふむ。ちと張り切って作りすぎたな」


 いつの間にか私服に着替えたアリューミアが腕を組み呟いた。

 髪と尻尾を乾かしミーリアも出てきた事で三人揃い、テーブルについての夕食が始まる。

 アクアパッツァのような物や見たことのない料理は、どれもお美味しく。一口でアリューミアの料理の手腕がよくわかる。うまく食べられないとミーリアに食べさせられるという試練を乗り越え。彼女自身は切り分けた魚の身を笑顔で口に運ぶ。

 アリューミアは料理の味に満足がいったのか微かに笑っていた。


「あれ?そういえばアリューミア。今日はワインとかお酒はいいの?」


 ワイングラスに注がれた水を一口のみ。彼女は言う。


「ん?ああ。今日はやめとくよ」


 どうやら彼女は酒を嗜むらしい。

 日も完全に暮れて、片付けを手伝いアリューミアが洗い物を終えると、脱衣所で一風呂終えた彼女の隣で台に登って並んで歯を磨く。

 あとは寝るだけ。そんな私にまた一つ、試練が訪れた。


「よし。寝るぞー。て、どうした?ホムラ?」


「い、いえ」


 声が上ずっていなかったか不安にもなるが今はそれどころではない。

 忘れかけていたが、私の使う予定の部屋は現在物置になっており、私の寝床がないのである。

 別にソファーや長椅子など寝ようと思えば寝れる場所はいくらでもあったのだが、アリューミアの一言で私は一転窮地に立たされる事になってしまったのだ。それは、


「あー。あとは寝るだけとなったわけだが……。ホムラの部屋は片付いてなく。寝る頃がない。そこで、今日は三人で寝る事にしようと思う」


「えっ!?」


「賛成ー!」


 本日何度目かの放心状態である私とは違い、何故か乗り気なミーリアは両手を上げてその案に賛同する。


「い、いえ。私はあそこのソファーで寝ますので、お二人はゆっくりとおやすみに……」


「それはダメ」


「それはダメだ」


「離してえぇぇぇ!!」


 またしても逃走失敗。

 私は両肩を彼女らに片方ずつ掴まれ、寝室へと連行された。

 そこからの記憶は朧げで、私は二人に挟まれる形で、右にアリューミア。左にミーリアという川の字に寝かされて。

 だいたい羊を千匹以上数えたぐらいにようやく眠りにつくことができ、私はこの時、早めにあの物置部屋を使えるように片付けてしまおうとそっと心に誓うのであった。

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