冒険者ギルド

「着いたよ、ホムラちゃん。ここが私たちのコミュニティで唯一の街、エルサ・モンテの街」


 空があった。青い空には雲があり、そこから陽光が差し込み、美しい街を照らしている。

 空にある四つの四角い大穴から街を囲む水辺に大量の水が降り注ぎ、見上げると私たちが出てきた館からは空へと塔がそびえ、鳥も飛んでいる。

 そこは巨大な広場のような空間で、人出はそこまで多くなく。スタッフとおぼしきの人や剣を持ち鎧を着た兵士が数人常駐し、運営と警備を行なっているように見受けられる。

 上に行く人たちなのだろうか、今も受付でスタッフが魔法使いや騎士の装備に身を包んだ人々や馬車の対応にせっせと追われている姿が見て取れる。

 どこを見ても、とてもそこが地下とは思えなかった。会社にいた後輩や知り合いにこの事を話しても信じてもらえないと人目でわかる非現実感。

 広場から続く階段と脇道は、下っていくと街の大通りに繋がっているようで、私たちは階段で下りると高台の下は上と違って沢山の人で賑わっている。人や半獣人。エルフぽい人やドワーフのように背が小さい人と色々。


「んん……?あら。アリューミアちゃんにミーリアちゃん、もう帰ってきたのかい!?よかったらうちの串焼き買ってっておくれよ!」


「悪い、おばちゃん! いま急いでるからまた今度な!」


「すみまんせ」


 アリューミアは半獣人でない人族の女性に手を口元に当てて謝罪の言葉を叫び、ミーリアは軽く頭を下げてその場から去る。

 大通りをさらに歩き、二人が入ったのは大きな建物。

 エレベーターの設置された広場とは全く違い酒場的な雰囲気。

 巨大な掲示板には何やら紙がいっぱい貼られ、そこに人が集まり何か相談しながら眺めている。

 私は相も変わらずミーリアに抱き抱えられて人のいないカウンターへ。


「仕事中悪いんだけど、ギルド長に会いたいから、上--上がっていか?」


 カウンターに両手を組むようにして置いて。いきなりの話に受付にいた女性は驚いて目線を上げるも、笑うアリューミアと少し後ろにいるミーリアの姿を見て「ああ……」と何やら納得がいったらしい。


「えぇ、んッんッ……。ギルド長は執務室で作業をしている筈なので大丈夫だとは思いますが……。すみません。決まりですので一度確認をさせていただきますのでしばらくお待ちください」


「了解」


 この二人、地上の門番と話していた時からそうだが会う人会う人に知られており、もしかするとこの街ではとても有名なのかもしれない。

 そうは思ったはみたものの、よくよく考えると街中で人集りができるわけでもなく、一部の人だけなのか。


「お待たせしました。ギルド長がお待ちですので上へ上がって--」


「ああ、場所は知ってるから良いよ。ありがとう」


 軽く手を上げ礼を言うアリューミアとその後に続くミーリアと私は、目的の階へと階段を上がっていく。階段をいくつも上り、目的の階に付いたアリューミア達はとある扉の前で足を止める。


「ホーランドのおっさん。入るぞ」


 声をかけるのと扉を開くのがほとんど同時。一才の躊躇ためらいは無し。


「たく……ノックぐらいしろっていつもいってるだろ!アリューミア……」


「ちゃんと声はかけて入ってるじゃねぇか。それに、もうおっちゃんもなれただろ?」


「そう言う問題じゃねぇよ……」


 部屋の奥に置かれたデスクの椅子に白髪オールバックの男が腰掛け、ため息をつき悩ましげに額に手を当てる。


「ホーランドのおじさん。お久しぶりです」


「おう。ミーリア。久しぶりだな--。アリューミアもこんだけしっかりしてりゃ良いんだけどな」


「悪かったな。女っぽくなくて」


「別にそんなこと言ってねぇだろうよ……。で、だ。その子がくだんの子か?」


 まるで睨むように私を見つめる男、ホーランド・ボナトゥスは腕を部屋の中央に置かれたテーブルとソファーの方へ伸ばし「まあ座れ」と着席を促す。


「ホムラちゃん。一旦おろすよ」


 久しぶりに踏んだのは冷たい床ではなく温かな木の感触。


(そういえば靴は履いていないのだった)


 目が覚めたらいきなり知らぬ場所で、さらには怪物と色々ありすぎて気にも止めていなかった。

 ホーランドから見て右側手前にミーリア、隣で私はソファーに腰掛けたことで残念ながらいまの体では他に足はつかず、ブラブラと揺らす。テーブルを挟んで左側手前に座るのはアリューミアだ。


「さて、率直に聞こう。その拾ったという子供。お前達はどうするつもりなんだ?」


「まあ、普通に考えれば孤児達の集まる施設入れるってことになるな」


 正直、施設に入るのは嫌だ。だが、今の姿で私の意見は聞いてもらえるのだろうか。

 そんな疑問は他所に、腕を頭の後ろで組み、背もたれにもたれ掛かったアリューミアはどこか険しい表情で私に視線を送る。


「だが、お前達はそうするべきと思ったのなら俺に相談などせず、この子供を施設に送り手続きを済ませれば済む話だ」


 ホーランドはアリューミアを一瞥し言う。


「お前らのどちらでも良い。俺に話を持ち込んできた理由を言ってみろ」


「……まず初めに、先ほど『念話』でお伝えした通りこの子はこの街からそこまで遠くのない遺跡ダンジョンで見つけました。そして、そこでこの子が置かれていた状況が問題なんです」


「…… つまりお前達は、この街に居るかもしれない何者かが彼女をダンジョンに隠し、何かの研究を行なっていたかもしれないと言いたいわけだな?」


「……そういうわけでは…… 」


 ミーリアはこの推論に自信が持てず、ホーランドの迫力に押されて、気圧されてしまう。自分の不甲斐なさにただ、片手を胸の前で強く握りしめる。

 証拠もないのに断言する勇気が彼女にはなかった。


「全くもってその通りだ。おっちゃん」


 しかし、その彼女の欠けた部分を補ってくれる人は確かに居る。

 アリューミアはホーランドを真っ直ぐ見据え、言葉を続ける。


「正直、私たちはこの子を…… ホムラを施設に預けた場合に起こりうる“最悪”の事態を想定している。だってそうだろ?私もつい最近まで噂程度にしか知らなかった新発見のダンジョンに。そこに囚われた子供。警戒するなって方がどうかしてる」


「じゃあどうするつもりなんだ?」


「私たちが面倒見る!」


テーブルに右手を置き身を乗り出して断言した。


「えっ?」


 それは私も初耳だったもので、思わず声が漏れる。

 しかし、そんな声もかき消してしまいそうな“ダンッ”と机を叩く音が部屋中に響き渡った。誰がやったのか。そんなことをする人物はこの場には一人しかいない。


「アリューミア。お前は自分で何を言っているのかわかっているのか?」


「ああ」


 アリューミアは頷き。

 彼は右手の拳を強く握ったまま、机に置いて。黒い瞳がアリューミアを鋭く睨む。


「返答次第では俺の全権限を持って、お前の冒険者証を剥奪する……。言葉は慎重に選べよ」


 地面に押しつぶされてしまうと錯覚するほどのプレッシャー。


「お前が今言った言葉の重さを……!ちゃんと理解したの発言だろうな?」


「ああ。一人の子供の……人間の親になろうっていうんだ。軽い気持ちでなんて言いやしねぇよ」


「なら、住人登録の手続きはどうする?」


「だからここに来た」


ホーランドは鼻で笑う。


「今まさに、責任と覚悟を解いているというのに。お前はそこで他人である俺を頼るのか?」


「子供の為ならできる限りのことをする。それも親の責務ってやつのはずだ。そして、あんたならそれが可能だ」


 彼女は立ち上がり、それに続いてミーリアも席を立ち、二人はホーランドに深々と頭を下げた。

 私もソファーから降り、二人に倣って頭を下げる。


「……」


「子供の為に頭を下げるのも親としてできることのはずだ」


「ホーランドさん。どうかお願いします!」


 ホーランドは片手で両目を覆い。天を見上げて深々とため息をつく。


「……たく。お前らの両親にどう説明すりゃ良いんだよ。それに、子供にまで頭下げられちゃなぁ」


「「それじゃあ!?」」


 二人は一斉に顔を上げ、尻尾は左右に大きく振れる。


「ただしッ!」


 尻尾の揺れが止まり、ホーランドの言葉の続きを待つ。


「月に一度、ちゃんとその子供の面倒を見れているかの調査を行うからな」


「ああ、ちゃんと面倒は見るから心配すんなって」


「ありがとうございます」


 アリューミアは、ホーランドに向かって親指を立て笑い。ミーリアはもう一度、頭を下げる。


「アリューミア……。言っちゃ何だが、ほとんどお前へに対しての調査だからな……」


 こうして、私はなんだかんだで彼女の子供になることになったようだ。私も施設に預けられるよりかはいいと思うし、大丈夫だろう。

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