海鳥の舞う島(1)
半開きにした窓からは、穏やかな潮騒が満ちてくる。午前七時、白い翼の海鳥が舞う空は澄み渡り、風速は三メルテ。
ゆったりと揺れる小さな船、「ハーヴィ号」のデッキの端で、ルークはいつものように手帳ペンを走らせていた。
もう何ヶ月も整えていない銀灰色の髪は乱雑に顔の左右に押しのけられ、もともと日焼けしづらい色白気味の顔も、海の日差しで少しは小麦色に近づいた。少年と大人の狭間にある何処か幼さを残した表情も、今は真剣そのもの。計測器は正常。座標は昨日とほぼ同じ。
振り返って、船尾の機関室のほうを伺う。船の動力源であるエーテル石の輝きは正常だ。その石は、エーテルと呼ばれるエネルギーがほとんど失われた今の世界においては貴重な、エーテル結晶体なのだ。一定の刺激を与えれば、エーテルを自然に放出し続ける。ただし、放出しきると、しばらく休めておいて再びエーテルを貯めるまで待たなければならない。まだ少し余力があるが、今は放出ではなく待機の状態にして温存してある。――これから何が起きるか分からない場所へ行こうとしているのだ。温存できる時には温存しておきたい。
窓の外に目をやると、そこには、昨日までと変わらず、壁とも見まごう巨大な岩の塊が、霧のような雲をまといながら、静かに海表面に浮かんでいた。
青空に堂々と浮かぶ巨岩の威容。
普通ならありえないと言うところだが、実際に目の前にあるのだから、認めざるを得ない。
"神魔戦争"が終わって以来、世界はずっと、こんな感じなのだ。既知の法則では説明の出来ない、不可解な現象があちこちで発見されている。
それらを発見し、観察し、報告すること。
――すなわち、世界にかけられた謎を解くこと。
それが彼、ルーク・ハーヴィのような「未開地学者」の使命なのだった。
ほんの百年ほど前まで、世界は日々、ありとあらゆる異変に見舞われていた。
目を覚ましたら家が標高数千メルテの高山の上にあった。
ふと気が付いたら隣の国が消えていた。
湖があった場所に砂漠が出来ていた。
世界中の白いユリがぜんぶ真っ赤になってしまった。
すぐそこにあった島が目の前で消えた。…
――そんな無茶苦茶な法則の乱れが頻繁に起こる時代が続き、気がつけば、生き残っていた国や人間はごくわずかだった。
最後の大きな天変地異がようやく収まったのが、百年ほど前なのだ。そして、再び活動を始めた学者たちが突き止めたことは、もはやかつての世界地図は使えず、世界の法則も、生物も、何もかもが未知なるものへと変化している、ということだった。
人々は世界の地図さえないままに、未知なる大海に放り出されたも同然だったのだ。
書き換えられてしまった世界の法則を再び知ること、世界の調査は急務だった。
そのために、生き残った人々が協力して作った組織が「未開地探索者 共同支援協会」――通称"協会"。未開地学者は全て、"協会"のいずこかの支部に所属している。
かくて、資格さえあれば年齢経歴不問の、探検家と博物学者を合わせたような「未開地学者」という職業が生まれた。
ルークはまだ十七歳になったばかりだが、船の扱いや船上での生活も、同じ未開地学者だった祖母から教え込まれている。
既にいくつかの難しい任務をこなした実績がある。
それに複数の学位も取得していて、これまでに知られている世界についての様々な知識もある。
資格も実績も十分な、れっきとした一人前の学者なのだった。
そんな彼の今回の任務は、二十数年前に一度報告されたきり誰も再発見することのできなかった「空に浮かぶ大岩」の存在と、正確な位置を突き止めることだった。
この岩はかつて二十数年前、まだ「未開地学者」という職業が今のような公職では無かった時代の偉大な探検家、ハロルド・カーネイアスによって発見、報告された。岩の周囲に常に靄がかかっていることから、カーネイアス氏は「霧の巣」と呼んだ。その報告書の写しは、この探索にも持ってきている。
だが、彼はその報告の直後に消息を絶ち、詳しい座標も航路も残さなかった。それ以来、誰も「霧の巣」を発見することは出来なくなってしまったのだ。
その幻の「霧の巣」が、二十数年ぶりに発見できたのは、運が良かったとでも言う以外にない。座標も、すでに本部に送信している。あとは、どうやって調査するか、だ。
興奮を抑えながらも、ルークの目は、岩の下にうっすらと広がる陸地を見つめていた。浅瀬が島のようになっている。あそこに上陸出来れば、岩を真下から確かめられるかもしれない。
だが、油断は禁物だ。一流の探検家だったはずのカーネイアス氏ですら生還出来なかったのだ。上陸には危険が伴うかもしれない。同じ轍は踏みたくない…。
ふいに軽快な呼び出し音が鳴り響き、ルークはペンを止めた。椅子を回して引き出しを開け、小さなオルゴールのような小箱を取り出して机の上に固定する。
ネジを巻いて蓋を開くと、蓋の裏側にある虹色に輝く、すべらかな鏡のように磨かれたエーテル石が輝いた。これは、エーテル石の中でも特別に純化されたもので、魔石とも呼ばれている。作るのに手間がかかるため、かなり高価で、そう簡単に手に入らないものだ。
『こちら本部、オペレーターのエリザです。ハーヴィ号、応答願います』
聞き慣れた、良く響く済んだ声は、ハーヴィ号との通信を受け持っている本部の通信担当者の女性のものだ。
「こちら、調査船ハーヴィ号。ルークです。二日ぶりですね。こちらから送った座標と撮影画像は? 届きましたか」
『ええ、つい今しがた。本当に、ついに"霧の巣"を見つけたんですね! おめでとうございます』
「でも、まだ発見しただけです。本番の調査はこれからなんですから」
言いながら、彼は窓から見える空のかなたを見上げた。「岩の下に陸地があるんです。上陸の許可を貰えませんか」
一瞬、息を呑むような間があり、通信機の向こうでぼそぼそと会話する気配があった。
『確かですか?』
「ええ、目視できています。起伏はなく、ここから見えるのは海抜数メルテ程度の陸地ですが――見えている限りでは、島幅は…五、六ケルテ。”霧の巣”の真下です」
『真下…』
「画像を電信で送ります。」
そう言いながら、実はこの通信を始める前に、今朝撮影した大岩の写真は送信開始済みだった。ここから本部まで、映像のやり取りにはどんなに画像を圧縮しても半時間はかかる。この海域の天気は変わりやすい。今日のような快晴の日のうちに、なんとか近づきたいと思っていた。
『――わかりました。こちらで審議します。指示をお待ちください』
通信が途切れた。
ルークは、ため息をついて箱のふたを閉じ、椅子から立ち上がった。
今すぐにも島に接近してみたいところだったが、本部からの許可を気長に待つしか無い。
まどろっこしいことだが、許可なく未開地へは踏み入らない、というのが「未開地学者」の絶対のルールだった。
世界が大きく変わってしまってから、まだ歴史は浅い。人類の知る世界はいまだ狭く、その力は弱い。何が起こるか分からない地域や生物との接触は慎重を期すべし、というのが、"協会"と歩調を合わせる国家連邦――生き残った国々の連合政府――の方針だった。
本部からの返事を待つ間、ルークは頭上を舞う鳥たちに視線をやり、その動きを目で追っていた。
初めてその海鳥を見つけたのは、一週間ほど前のことだった。
長い白い翼を持つその鳥は、本部に電信した写真鑑定では「ほぼ間違いなく新種」と判明している。長距離を飛ぶに適した翼を持つ種類に見えたが、だとしても渡りをしている飛び方ではない。この周囲百ケルテ以内には、海鳥たちが宿営している陸地があるはずだと思っていた。もしかしたらそれが、今回の調査対象の岩に関係しているかもしれないとも。
そうして、鳥たちの翼の跡を辿っているうちにたどり着いたのが、この場所だ。
まるで導かれたようでもあった。鳥たちはきっと、あの浮かぶ岩か、岩の下に見えている島を巣としているはずだった。
島は、文字通り岩の真下、近寄らなければ絶対に気づかないだろう場所に、低く薄く、海水面とほぼ平行に広がっている。ほとんど波にさらわれそうな砂州に見える。近づくには、岩礁が多く危険すぎる。並の船では諦めるかもしれないが、この船、ハーヴィ号なら何とかなるという自信が、ルークにはあった。
この船には世界でおそらく唯一の「補助」がついている。
海竜だ。
船の舳先に寄りかかって空を眺めていると、波間に落ちた影のあたりを、長い首と四枚ヒレを持つ、大きな生き物がゆったりと回遊していく。大きさは、船とほとんど同等。祖母の時代からこの船とともに海を巡ってきた、年季の入った「相棒」だ。生まれてから三十年ほどになるというが、長寿の生き物だから、まだ若い部類に入るはずだった。今も、若さゆえの興味で初めての海を探検して回っているように見える。
「おーい、ジャスパー。あんまり遠くに行くなよ」
声をかけると、わかっている、というように海面に潮がプシューッと吹き出された。
ルークにとっては、幼い頃からずっと一緒に育ってきた仲でもある。種族は違えど、言っていることはだいたい判るのだ。
と、その時だった。
ふいに風向きが変わり、霧の流れる方向が変わった。風に合わせて向きを変え、海鳥たちが舞う。
(風速六メルテ、南南東から北北西へ。)
ルークは、急いで手帳を取り出して、気候の変化についてメモを書き付けた。今いるこの海は百年前には存在しなかったはずで、気候が変化しやすく、未だ海図も作られていないため「闇の海」と呼ばれている。その入り口に接するこの海域は、今までに調査されている範囲の中でも特に難所と言われ、一瞬ごとに風向きと風の強さが変わるのだ。
さきほどまで鏡のようだった海の表面には、白い波角が立ち始めている。ハーヴィ号も大きく揺れたが、すぐに落ち着いた。船の真下には海竜の影がおさまっている。旅の相棒が、重石のように船の下にぶら下がって安定させてくれているのだ。
浅瀬も岩礁も、海竜が水先案内人としてついて居てくれるお陰で避けられる。この船でなければ、ここから先の岩礁だらけの海はきっと、乗り越えられない。
「おっと」
考え事をしていた彼の頭上を、一羽の海鳥が掠めた。ぶつかりそうになって、ルークは思わず頭を下げた。まるでからかうような飛び方だ。ちらりとこちらを見、様子を伺うように旋回して再び船の上すれすれを飛んでいく。
「なんだ、あいつ…」
他の海鳥たちは我関せずと既に何処か飛び去ってしまい、船の周囲を旋回しているのはその鳥一羽だけだ。旋回の輪は次第に狭まり、ルークのいる甲板に狙いを定めたように見えた。
(――まさか、ここに降りてくるつもりじゃないだろうな)
思わず後退った、次の瞬間。
ぶつかる! と思うほど間近に羽ばたいた翼が白い光とともに消えた。
「ねえ?」
甲板に固定していた計測機を守ろうと屈みこんでいたルークの耳に、信じられないことに人の声が聞こえてきた。女の子の声――、まさか。こんなところで?
だが、空耳ではなかった。振り返った彼の目の前に、見知らぬ顔が覗き込んでいた。
「キミ、”未開地学者”ってヤツなの?」
甲板に、眩しく日焼けした少女が一人、体を隠す何の覆いもなく立っている。
ぽかんとして眺めること数秒、ルークは瞬間的に真っ赤になっていた。顔を背けるのと同時に船室に駆け込んで、目に留まった寝台からシーツを引っぺがす。
「あっ、ちょっと! ねえ」
「服!体隠して、体」
「え?」
奥から持ちだしてきたシーツを乱暴に少女に放り投げる。
「これを巻きつけて!」
放り投げられた布を手に、少女はきょとんとしている。
「これを?」
「いいから――早く!」
良くわからないという顔をしながらも、少女は言われるままに布を肩から腰にかけて巻き付けた。
「これでいい?」
「そう。そう、それでいい。あと、そこを結んで。そう。とりあえず、これで見えなくなったかな……」
「あのね、あたしお父さんに言われてキミに逢いに来たんだよ」
冷や汗を拭っているルークをよそに、少女は、じれったそうに口を開いた。
「あたしはミズハだよ。キミは?」
「え……」
「名前」
ようやく、ルークは状況を理解し始めた。――鳥が降りてきた。そして、この少女が現れた。
だとすれば、この少女はさっきまで鳥で、頭上を旋回していたことになる。そんな種族の話は聞いたことがない。それに、ここは絶海の孤島のはず――、百歩譲って知られざる部族か何か住んでいるのだとしても、言葉が通じるのはどういうわけだろう。ミズハと名乗る少女がしゃべっているのは、間違いなく、ルークたちのよく知る共通語だ。
「ルーク…」
「じゃあルー君だね。ルー君は、”未開地学者”ってヤツだよね?」
ミズハと名乗った少女は、せっかちに最初の問いかけを繰り返した。腰まである栗色の髪に、淡い緑の瞳。さっき数秒思わず見つめてしまった記憶内の身体的形状からして、ごく普通の人間の姿をしている。
「そうだけど…、君は…一体どこから来たんだ?」
「あの島からだよ。キミ、調べにきたんでしょ? 案内しろって、お父さんが」
そう言って、少女は甲板の向うを指す。あの、大岩の下に広がる島のことか。だとすれば、あそこは当初考えていたような無人の土地ではないということなのか。
「どうして――おれのことを?」
「ずっと上から見てたから。この辺りまでたどり着けた船って初めてなんだって。この船、面白いよね、波に全然流されないの。大きな黒い影が見えたけど、あれ何?」
ルークの反応を待たず、ミズハは喋りながら勝手に船内を歩き出した。狭い船内には、船底の貨物室を除けば、今いる操舵室と、奥の寝室の二部屋しない。大したものは積んでいないが、大事な調査資料や撮影機材も置いてある。
「あ! エーテル石がある! お父さんの言ってたとおりだ」
「お、おい。勝手に歩き回るな! その、…ミズハだっけ?君は一体、その」
ルークは、思考を纏めようとした。つまり…、この少女は、この海域に住む”先住民”、になるのだろうか? 敵対する存在ではなさそうだが、普通の人間でもない。
「なぜ鳥の姿を?」
間抜けな質問だ。だが今は一番それが聞きたい。
「なぜ、って…」
「魔法とか?君は魔法使いの生き残り? 一体――どういう種族なんだ」
「んー」
少女は首を傾げた。「意味がよく分からないな…」
ルークは額に手をやった。質問がうまくない。ルークたちの持つ概念は、ルークたち大陸に住む人間どうしの間でなければ通用しない。こんな辺鄙な島に住んでいる住人に「お前たちは何だ」と聞いたところで、こちらに分かる言葉で答えられるはずがないのだ。
それにしても、と、彼はちらりと通信機を置いてある奥の部屋に目をやった。
未開地学者の鉄則の一つは、未知な種族を発見した場合の接触は慎重に、というものがある。新たに発見した土地ーの上陸と同じく、接触する場合も本部の許可がいる。けれど。向こうから接触してきた場合はどうすればいいのだろう? 今すぐ連絡したほうがいいのだろうか。それとも。
「よくわからないけど、お父さんなら説明できると思うよ。待ってるの、ね。行こう。ついてきて」
「案内は嬉しいけど、いま、本部からの返事を待ってるところなんだ。少し待ってくれるかな」
「だめ、あんまり時間ないの」
少女は、そう言って空を振り仰いだ。
「もうすぐ波が出てくるよ。そろそろ”くしゃみ”の時間」
「くしゃみ?」
「たまーに、こんな晴れた日に起きるの」
開け放した船室の入り口から、潮風が流れこんでくる。確かに風向きが変わったようだ。少女は振り返り、甲板に向かって歩き出した。体にまとったシーツが風に翻り、まるで翼のように広がる。
「ほら、そろそろ。」
釣られてルークも甲板へ出た。
さっきまでは確かに見えていたはずの大岩は、いつの間にか真っ白な霧に包み込まれ、切り立つ壁のようになっていた。雲は渦を巻き、きらきらと輝きながら竜巻のように一本の柱を形作っている。耳元を流れる風が唸り声をあげる。鳥たちは、空のずっと高い場所、まだ青く空が見えている辺りを飛んでいる。押し寄せてくる風に海面が波立ち、船は大きく揺れた。
「まずい、引っ張られる」
ルークは船首の手すりに取り付き、錨の真下の海面に向かって叫んだ。
「ジャスパー!しっかり固定しててくれ」
海面下で、黒っぽい何かが揺らめいた。
「わあ、すごい! おっきなものが近づくいてくる」
「ああ、あれはジャスパーっていって…」
がくん、と船がまた揺れた。
波が急激に大きくなってきている。波の抵抗を和らげるために、船は向きを変え始めた。船のすぐ下には、巨大な海竜の影が見え隠れしている。ミズハは身を乗り出して今にも落ちそうになりながら目を輝かせている。
「何、あれ?見たこと無い!」
「海竜だよ。南の海に住む… おっと」
風の音に混じって、通信機がせわしない音をたてている。本部からの返事だ。
ルークは揺れる甲板をよろめきながら船室に取って返した。引き出しを開け、さっきと同じ手順で蓋を開いた。
「こちら調査船ハーヴィ号。」
『本部のエリザです、…ルークさん、何かありましたか?』
「いや、ちょっと…。大した問題じゃないんですが、少し波が出てきて…。それより、回答は?」
彼は、敢えてミズハの件の報告は後に回すことにした。
『許可は降りました。ただし、慎重に。くれぐれも、ハロルド・カーネイアスの二の舞にはならぬようにと…』
「わかっています。ありがとうございます。それで、あー… 実はその」
謎めいた少女のことを報告しようとしたとたん、船が大きく揺れた。
その瞬間、通信機の小箱は机の上から叩き落され、爽やかな音とともに床に激突して破片をまき散らした。
慌てて拾い上げたものの、一番重要な部分、虹色の魔石は大きく欠けて、ウンともスンともいわなくなっている。
「……不可抗力、だよな。これは。」
だが、ルークは内心ほっとした。正直に報告していたら、また面倒な手続きやら審議やらで時間を取られる。通信は途中で途切れてしまったが、一応、許可はもらったのだから、島に上陸しても問題はないはずだ。
「誰かと話してた?」
振り返ると、いつの間にか、ミズハがすぐ側に来ていた。
「いまハロルドって言ったよね」
「ああ、うん……」
「話したいなら、島にいるよ」
少女は、ことの重大さなど気にした様子もなく、けろりとした顔で言う。
「…えっ?」
海洋探検家ハロルド・カーネイアス。世界地図を何度も書き換え、「逆さ大樹」や「天空都市」の言い伝えを証明し、「白い森」を人々に知らしめた男。巨大な空に浮かぶ岩――通称”霧の巣”の発見者にして、二十年数前、この海域で消息を絶った伝説の大冒険家。
それが――あの島で、生きている――?
ぼおおーん、と腹に響くような低い音が辺りに響き渡った。と、ひときわ大きく船が揺れ、ルークは床に叩きつけられた。
「あくびが出た! 風の道が出来るよ。そのあとはすぐ海が荒れるから、今のうち。着いて来て!」
言うなり少女はシーツを投げ捨て、甲板に飛び出していく。
壁に掴まりながら、ルークはよろよろと立ち上がる。光に包まれ――、少女の姿は再び鳥に変わる。
さっきまでの穏やかさとは裏腹に、風は十五メルテを越えている。鳥が、この風の中で飛べるのか? 船とて迂闊に島に近づけば、座礁して、海の藻屑と消えてしまう
いや。
大丈夫なはずだ。この船なら、――それに、先導役の鳥が指し示す道なら。
「ジャスパー、ついてきてくれ!」
ルークは、船の下にいる海竜に向かって叫んだ。「あの鳥を追うぞ!」
船は向きを変えながら、波を蹴立てて前進していく。
舵が重い。海竜の補助があっても、この荒波を乗り越えてゆくのは困難だ。激しく上下に揺れる甲板の上で、ルークは信じがたい光景を見ていた。
白い雲に包まれた大岩が側面に開いた無数の穴から、まるでくしゃみでもするように雲を吐き出している様子を。
それは、まさしく「霧の巣」と呼ばれるに相応しい姿だった。
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