9)腐肉の龍-5(レナンの強さ)

 舞い上がったレナンの回転しながらの刹那の一閃がキンググリズリーの首を薙いだ。


 “ゴトン!!” 


 レナンの強化された鋭い一撃により、岩の様に大きな首が落とされたのだった。


 そしてキンググリズリーは首を切断された胴体より赤い血を大量に撒(ま)き散らせながら前のめりに倒れた。


 “ドズズズン!!”


 レナンは銀髪と白い肌の見目麗しい姿に血を大量に浴びながら呟く。


 「……中規模災厄指定魔獣って言う割に……大した事無かったね……」



 近衛騎士副隊長のダリルは重い体を引きずりながら部下達の元を近付かんとした時、レナンの呟きを図らずも聞いてしまった。


 その時、ダリルは未だ幼い筈のレナンに戦慄した。しかし同時にその美しい銀髪と白い肌が血に濡れた姿が不覚にも幻想的で美しいとすら思い目が離せなかった……


 “返り血を川で洗って来るよ”


 ダリル達近衛騎士を治療魔法で癒した後、レナンはそう言い残して一人森に入ったが誰も危険だと止めなかった。


 それもそうだろう。討伐に全滅覚悟で騎士30名を投入して倒せるかどうか、という中規模災厄指定魔獣のキンググリズリーを単独で倒したのだ。


 恐らく並みの魔獣では歯牙にも掛からない筈だ。



 レナンが一人で森に入っている間に、ダリル達近衛騎士は馬に草木を被せ弔(とむら)っていた。そんな様子を眺めながら、御者をしているバルドはティアに尋(たず)ねる。


 「なぁ、ティア……お嬢様? レナンは何であんな強いんだ? レナンなら今すぐにでも2等級、いや1等級の冒険者になれるぜ?」


 「ティアで良いわよ、私もアンタの事バルドって言うから。所でバルド、アンタは勘違いしているわ。

 別にレナンが強いんじゃない! さっきレナンが熊の怪物倒せたのは私とミミリの連携のお蔭よ! 私の二度にわたる超絶魔法で、あの怪物の首はモゲそうだったの! そうに決まってるわ!」


 ティアはそう言って胸を張るが、横に居るミミリは半信半疑だ。


 「ええー? 流石にティアちゃん、それは無理が有るよ? だって私の弓も、ティアちゃんの魔法も……あの魔獣にはあんまり効いてなかった……」


 「いや、ティアの言う通りだよ。あの魔獣は僕だけの力で倒したんじゃない……ここに居る全員で倒したんだ」


 ミミリが疑問の声をティアに投掛けようとした時にレナンは森から現れて声を掛けた。


 「ほら見なさい! 本人が一番分ってるじゃない!」


 ティアは満足気味に胸を張る。ティアの中では弟のレナンが自分より上に立つ事は許されない様だ。


 「なーんか、納得出来ねーけど……レナンが其れで良いってんなら、構わねぇさ! ……所でよ……倒しちまったぞ!! ホルム街道の魔獣! これで先行している駆除隊拾えば依頼達成だよな!?」


 嬉しそうに叫ぶバルドに対し、レナンは落ち着いて否定した。


 「……残念だけど……それは違うよ。バルド……君も聞いてる筈だ……ホルム街道の魔獣は全長が10m有るって……でも僕らが倒したキンググリズリーは大きかったけど全長は4m位で明らかに大きさが異なる……きっと別に居るんだ。もっと凄いのが……たぶんキンググリズリーが森の奥からこんな所まで来た事と、駆除隊が追っている魔獣とは無関係では無いと思うんだ」


 「え! どういう事……」

 「なるほど……エサ場を荒らされて食うに困って人里まで降りてきた訳ですね? レナン様……」


 レナンの言葉に驚いたバルドが問い掛けようとした際に、丁度馬を弔い終えた近衛騎士副隊長のダリルが問うた。

 

 ダリルの横にはダメージが抜け切れていないベルンを支えるアーラも居た。ダリルに問われたレナンは彼に答える。


 「はい、ダリル副隊長……キンググリズリーが追い出される程の強大な魔獣が……例の魔獣でしょう……」

 

 「な、何だって!? あ、あの怪物よりも凄い奴が居るって事ですか!?」

 「ちょっと……信じたくない事ね……」


 「「「…………」」」


 レナンの言葉に驚愕するベルンとアーラの言葉を受けて、ティアや見習い冒険者の二人も押し黙った。その様子を見たレナンが皆に声を掛ける。


 「……脅かしてゴメン。 見た訳じゃ無いから、唯の危険予測だよ! とにかくこの場所から離れてセネ村に向かおう」


 そう言って出発を促すレナンに対し、冒険者のバルドが待ったを掛けた。

 


 「……ちょっと待ってくれ、レナンが倒したキンググリズリーの討伐報酬と死体……アレはどうすれば良い?」


 冒険者のバルドが皆に問うのは当然の事だった。依頼中に駆除した魔獣の報酬は山分けが基本だからだ。

 

 今回倒したキンググリズリーは中規模災厄指定魔獣である為、その討伐の報酬は5万コルトには下らない。

 

 コルトと言うのはこの世界の貨幣で、5万コルトなら冒険者が1年は遊んで暮らせる大金だった。


 更にキングリズリーの体は、食用や素材など捨てる事が無い程の宝の山だった。討伐報酬と素材報酬で10万コルト以上は優に超えるだろう。


 バルドの意図が分ったレナンはバルドに明るく言う。


 「あの魔獣の死体はバルド達にあげるよ。僕やティアは貰ったって仕方無いし……討伐の報酬についてはダリル副隊長……如何すれば良いですか?」

 

 「はい、我々騎士団の行動は領主であるエミル閣下が決める事。閣下のご意向に我々は従います。キンググリズリーの死体については我々も処理が困るので不要です」


 レナンとダリル副隊長の話を聞いたバルドは素直に喜べず、ミミリやティアに相談する。


 「……凄く有り難いんだけど……アレって殆どレナンが倒した様なモンだろう? 流石に喜べないっつーか……ミミリ、ティア……二人はどう思う?」


 問われたミミリとティアは各々答えた。


 「私は……公平に山分けで良いと思う。殆ど……レナン……君が倒しちゃったし」


 「違うでしょ、ミミリ! あの魔獣は私の魔法で首モゲたんだから! コホン……私はレナンと同じ意見よ。死体なんか貰っても面倒だし、その他諸々はエミル兄様に決めて貰えば良いと思うわ!」

 

 話し合いの結果、キンググリズリーの討伐報酬はレテ市の領主エミルに采配して貰い、キンググリズリーの死体についてはバルド達冒険者に譲る事になった。


 バルド達からすれば棚ボタでとんでもない額の臨時収入になった事になり、素直に喜べないと言った様子だった。


 話し合いを終えた一行はセネ村に向かう。なお、馬を殺されたベルンはキンググリズリーと戦った傷が完全に癒(い)えていない為、馬車で寝かされていた。


 先程の報酬の話が納得出来ていないバルドはレナン達に呻く。


 「はぁぁ……やっぱ拙いよ……だって5万コルトに為るかも知れねェんだぜ……何も活躍してねぇのに受け取れねぇよ」


 「何よ、でかい図体して意外に細かいのね……貰えるモンは貰っちゃえばいいのに……」


 「そこが、バル君の良いトコなんです……」


 バルドの呻きをティアが呆れながら冷やかすと、バルドの幼馴染ミミリが顔を赤くしながら下を向いて呟くのであった。

 


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