8)腐肉の龍-4(キンググリズリーとの戦い)
キンググリズリーはレナン達をじっと見据え隙あれば襲い掛かって来る様子だった。後ろを向けば間違いなく背後から襲い掛かるだろう。
その状況を理解した副隊長のダリルはレナンに意見を求めた。
「レナン様……逃げる事は出来なさそうです……如何いたしましょうか?」
「そうですね……中規模災厄指定魔獣相手にやり合うのは拙いと思います……遠方から攻撃して牽制し、此処から安全に離脱しましょう」
問うて来たダリルに対し、的確な指示を繰り出すレナン。対してダリルはレナンの聡明さに心底感嘆していた。
「……的確な判断かと思います。其れでは距離を置きつつ、遠方で魔法による攻撃を……」
「よし、分ったわ! 此処は私に任せて! “原初の炎よ 集いて 我が敵を焼き払え!” 豪炎!!」
ダリルとレナンの話をフンフンと聞いていたティアが、ここぞとばかり名乗りを上げ、いきなり覚え立ての中級火炎魔法をキンググリズリーに放った。
“ボボオォ!!”
キンググリズリーはティアが放った激しい炎に包まれ燃えていた。その様子を見てティアは歓声を上げる。
「やったぁ! 大成功! レナン、見てよ! 一発でやっつけちゃったわ!」
「……いや、ティア……あいつは魔法効きにくい……」
“グオオオオォ!!”
喜ぶティアにレナンが言葉を掛けている時、豪炎に包まれた筈のキンググリズリーは地が震える様な叫び声を上げ上半身を起こし立ち上った。
その背丈は4m程も有る、とんでもない怪物だった。ティアの必殺技はキンググリズリーには効果が無かった様だ。
その様子を見た近衛騎士副隊長のダリルが思わず叫び声を上げる。
「ああ! ま、拙い! ティアお嬢様、魔法は奴から距離を置いてから放つべきだったのです! と、とにかく逃げるんだ!!」
ダリルの叫びと共に馬車を方向転換させようとする冒険者のバルドだったが怯えた馬の所為で上手く御しきれずホルム街道中央で横を向いてしまった。此れでは直ぐに動けない。
その様子を見た近衛騎士副隊長のダリルが同じ近衛騎士のアーラとベルンに叫ぶ。
「殿(しんがり)を務めるぞ! アーラとベルン、続けぇ! レナン様、我らが時を稼ぎますので今の内に離脱を!!」
ダリルはそう叫び、悲壮な顔をしたアーラとベルンを引きつれてキンググリズリーに向かっていた。
「拙いね、このままでは彼らは死んじゃうな……よし! ティア、さっきの魔法もう一回アイツにぶつけて! ミミリさんは矢を放って下さい! バルドは馬を御して欲しい、そうじゃないと総崩れになる。 それと……この剣貸して!」
レナンはそう言ってバルドの肩に装備されていた長剣を借りて、馬車から飛び降りキンググリズリーに向けて駆け出した。
その様子を見て慌てたティアが大声で呼び止める。
「ちょ、ちょっと! レナン! 馬鹿な事しないで戻って!!」
叫んだティアに対しレナンは、明るく返答した。
「大丈夫だよ、ティア! ダリルさん達の手伝いするだけだから! それより魔法頼むよ!」
「……もう、無茶ばっかり! 仕方ない。ミミリ、お願い! 矢をアイツに放って! 私はもう一回、豪炎放つから!」
「う、うん! 分ったよ、ティアちゃん!」
“ガアアアアァ!!”
ティアにより中級火炎魔法の豪炎を浴びせられた事により怒り狂い、猛スピードで馬車に迫った。そこに馬に跨った3人の近衛騎士が立ち塞がる。
「行くぞ!! エミル閣下の近衛騎士としての矜持(きょうじ)を畜生に教えてやれ!!」
「応!」
「は、はい!」
副隊長のダリルの叫びに女性騎士のアーラとベルンも声を出して答える。
3人の騎士の中で最も年若いベルンは剣を構えながら死を覚悟していた。
理由は単純だった。目の前に迫る巨大で凶悪な魔獣。立ち上ったその背丈は4mもある。腕の太さはベルンよりも太く、その爪は上腕より長い。
その凶悪な腕を振るわれるだけでベルンの上半身は引き千切れるだろう。
ベルンは自分の前に立つ二人の近衛騎士を見る。副隊長のダリルは優秀で部下思いの良い男だ。ダリルは既婚者で、最近娘が出来たと喜んでいた。
もう一人の騎士、アーラは女性騎士でベルンの先輩に当たり、まだ経験の少ないベルンの教育係でも有った。
そしてベルンはアーラに特別な感情を胸に抱いていた。先輩で厳しい所も有るアーラは男っぽいが笑顔がとても綺麗だった。
アーラの事を想うと、ベルンは勇気を出す事が出来た。
キンググリズリーを前にベルンは矜持(きょうじ)など捨てて逃げ出したかったが、立ち向かうアーラを見ると震えながらでも体が前に出てしまうのだ。
そんなベルンの密やかな想いを逆撫でする様にキンググリズリーがその凶悪な腕を振り降ろす!
一番前に居たダリルが慌てて大盾で振り下された腕を防いだ。
“ドゴオォ!!”
構えた大盾にキンググリズリーの凶悪な一撃を受けたダリルはホルム街道の端まで吹き飛ばされた。ダリルの大盾は今の一撃で拉(ひしゃ)げ破壊された。
「副隊長!」
アーラは吹っ飛ばされたダリルを見て大声で叫ぶが、キンググリズリーのもう片方の振り降ろされ様とする恐るべき腕に気付いていない。
このままではアーラが死ぬ! そう気付いたベルンは恐怖も忘れ、馬の腹を蹴って駆け出した。そしてアーラ大声で叫んだ。
「アーラ先輩! 危ない!!」
そしてキンググリズリーの振り上げた腕を切りつけた。
“ザシュ!”
“ガアアアァ!!”
腕を切られたキンググリズリーは怒り、もう片方の腕で剣を振り降ろしたベルンと横に居たアーラを薙ぎ払った。
“ドドオウ!!”
太い木の幹の様な腕で二人は馬ごと薙ぎ払われた。
ベルンの馬は今の一撃で首の骨が折れ絶命し、アーラは絶命した馬に足を取られた。ベルンは頭から血を流していたが、アーラを庇うべく彼女の身を抱き寄せた。
腕を切られたキンググリズリーは怒りでベルンを引き裂こうとゆっくりと彼に近づく。
ダリルは凶腕の初撃で立ち上がる事は困難だったがキンググリズリーがベルン達に迫る状況を見て叫ぶ。
「ベルン! アーラ! 逃げろ!!」
そんなダリルの叫びも空しく絶体絶命と思った時、ティアの魔法が炸裂する。
「豪炎!!」
“ボボオォ!!”
炎に包まれるキンググリズリー、そこに次いでミミリが放つ矢が容赦なく放たれた。
“ビシュ! バス! ビス!”
ミミリによって放たれた矢はキンググリズリーの頭部や胸部に刺さった。豪炎に包まれ矢に穿たれ、キンググリズリーは怒りで吠えた。
“ガアアアアアァ!!”
怒りで狂ったキンググリズリーは立ち上り両腕を振り上げた。
凶悪な怪物の近くにはベルンとアーラが動けずに居る。その怪物の様子を見たアーラは死を覚悟し、自分を守ってくれたベルンの体を抱き締めたが……
キンググリズリーに突進していく白い影を見る。
レナンだ。彼は何かの詠唱を呟いているのを近くに居たアーラは聞いた。
「……大地に満ちたりし生命の息吹よ、我が身に力と加護を……疾風豪腕!」
レナンが唱えたのは身体の素早さと腕力を強化する魔法だ。
薄く白く輝いた体は急激に速さを増し、大地を蹴って一瞬でキンググリズリーの頭上に舞い上がったのだった。
キンググリズリーの頭上に舞い上がったレナンは頭上でクルリと体を回転させながら呟く。
「……君は悪くないけど……ティアを守る為だから……ごめんね」
そう呟きながらレナンはバルドから借り受けた剣を一閃した。
“ザシュ!!”
レナンは宙返りしながらキンググリズリーの背後から剣でその首を薙ぎ払った……
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