6)腐肉の龍-2(ライラを助けに)
ティアの声にエミルが冷静に返答する。
「……ティア……もちろん今すぐにでも助けに行きたい……。だが目ぼしい冒険者達も皆出払っていて、残っているのは僅(わず)かな冒険者とレテ市を守る騎士だけだ。出せる討伐隊はもう居ない……」
エミルは言い難そうな様子でティアに答える。するとティアは強い調子で言い放った。
「だったら! 私達が行くわ!」
「ダメだ! お前達はまだ子供だ! お前達が行く位なら僕が行く」
ティアの意見に対して大きな声で反論するエミルだったが、ここでレナンが口を開く。
「……エミル兄さんが討伐に出るのは絶対ダメです。レテ市の領主が動く事は拙(まず)いと思います……だからと言ってレテ市の防衛任務に就く騎士を廻す訳にいかない。何が有るか分んないからね……」
「じゃ、どうするって言うのよ? まさかライラ達を見捨てる気なの!?」
レナンの言葉にティアは興奮して反発する。対してレナンは冷静に返す。
「落ち着いて、ティア。ライラや高名な冒険者が討伐に参加してダメだったのなら……中途半端な戦力では討伐なんて出来ない。だから、目的を変えるんだ。討伐では無く救助。これなら僕らでも役に立てるだろう」
レナンの言葉にエミルが同意する。
「確かに合理的では有るが……君達が行くと言うのが納得できない。やはり僕が行くべきだ」
「ダメだよ、エミル兄さん。兄さんは此処で父様に連絡を取り合いながら、領主として不測の事態に備えて欲しい。僕達の事を案じてくれるのは嬉しいけど、何が有るか分らない状況で領主が動くべきじゃないと僕は思う」
「それなら近衛騎士と冒険者の混成隊で行って貰おう。まだ子供のお前達が行く必要は無いよ」
レナンの言い分にエミルがティア達を案じて反論する。対してレナンは静かに話す。
「……エミル兄さん、僕達の事を案じてくれて有難う。だけど僕とティアは救助隊に参加するよ。理由は単純に戦力と技能の問題だ。エミル兄さんも知ってると思うけど、僕とティアは強いし魔法も使える。そして僕は治療魔法も使える……救助隊に治療魔法用員は不可欠だ。
それに救助隊が先発の駆除隊を見つけて連れ帰るにしても、背後から、その魔獣が襲ってきたら迎え撃つ必要が有るかも知れない。その場合、中途半端な実力じゃ救助した人も含めて全滅しちゃうよ? ……だから僕とティアが行くんだ」
歳の割には極めて聡明なレナンは、救助隊の役割も踏まえて自分の考えをエミルに説明した。
対してエミルはレナンの言った事を冷静に受け止めどうすべきか考えていた。
(……レナンが言っている事は正しい……凄いな……まだ12歳と言うのに、この判断力と知恵……とんでもない……しかも剣術の腕前も魔術の技もレナンは常人を遥かに超えていると父から聞いた。レナンが守ってくれればティアも安全だろう……)
レナンの提案についてそんな風に検証してから口を開いた。
「……レナンの提案通りで……良いだろう……ただ、約束してくれ。皆の安全に気を配る事。特にティアは女の子なんだからレナンが守るんだぞ」
「有難う御座います、レナン兄さん。ちゃんと言いつけ通り守るよ……」
こうしてレナンの提案はエミルに条件付きで認められた。出立は準備出来次第すぐに向かう事となり、即席の救助隊は今だに戻らぬライラ達の元に向かうのであった。
エミルはトルスティンが居るアルトに向け鳥を使った伝信を行い、状況説明と応援を要請した。そして救助の為に領主館を守る近衛騎士を派遣する事にした。
一方ティア達はエミルの書状をもって冒険者ギルドに向かった。救助隊の要員確保の為だ。
そしてティア達は冒険者ギルドの受付でエミルの書状を見せて魔獣被害の救助隊を募ったが集まったのは二人だけ、しかも5等級の見習い冒険者だった。
冒険者のランクは数字で表され5等級から特等級のランク付けになっていた。ちなみに特等級は最高ランクにあたり王国全体で数える程しか居ない至高の存在だった。
5等級の二人以外の冒険者達は、ライラ達と一緒に魔獣討任務中か別の依頼を受けている者が大半だったが、先の壊滅した討伐隊の事を聞き及んで見送る者も居た。リスクに合わないと判断されたのだろう。
集まらない以上は諦めるしか無い、という事で魔獣被害の救助隊は冒険者から2名、近衛騎士隊から3名、そしてティアとレナンの合計7名となった。準備が出来次第、彼ら救助隊の面々はレテ市入口に集まった。
全員の集合を確認したティアがエミルの代行として口を開く。
「みんな、御苦労様! 危険が多いこの任務に参加してくれて有難う! 私はこのレテ市の領主エミルの妹でアルテリア伯爵家の長女、 ティア フォン アルテリアよ!
この救出作戦では、リーダーを務めさせて貰うわ! どうぞ宜しく! そして、こっちの銀髪の冴えないのが私の、弟の! レナンよ! それじゃレナン、アンタが救出作戦について説明しなさい!」
やたら弟を強調するティアに促されて、レナンは渋々口を開いた。
「……えーと、今姉のティアから紹介された……冴えない弟のレナンです。先ずは皆さんの自己紹介をお願いします……」
そう言ってレナンは救出隊の自己紹介を促した。エミルが派遣してくれた近衛騎士は副隊長のダリルが率いる小隊の騎士で、ダリルを入れて3名が小隊から派遣された。
副隊長のダリルは20代後半で頼りになりそうな男だった。ダリル以外の小隊の騎士は、一人がアーラと言う女性騎士とベルンと言う男性騎士だ。ダリルと違い二人ともまだ、うら若く頼りない。
冒険者の方は今回、魔獣被害の救助隊に参加した5等級(見習い)の冒険者二人だけだった。一人はバルドという少年剣士と、もう一人はミミリという弓使いの少女だった。
バルドはダークアーバンの髪を短く刈った中々な男前で、剣士と言うだけあって逞(たくま)しい大柄な体をしている。
一方のミミリは小柄で一見子供の様だが歳はバルドより一つ上という。容姿はハニーブラウンの髪色をミニマムボブにしている可愛らしい少女だ。
二人は幼馴染同志という関係で、アルテリア伯爵領最南部の村から中央都市アルトを目指しながら冒険者業を続けているとの事だった。
自己紹介が終わった所でレナンが今回の救助隊の任務について説明した。
「問題の魔獣出現場所はリノス子爵領から程近いホルム街道付近の森との事です。このレテ市から馬で半日程度の距離だけど、そのすぐ手前にセネという小さな村が有ります。今日の所は先ずは其処に向かいます……」
「えー!? 直接魔獣出るトコに行くべきじゃない? 少しでも急ぐべきでしょ?」
レナンの説明にリーダーで有る筈のティアがいきなり噛みついた。レナンは呆れながら全員に説明した。
この時間から出現場所に到着すると夕暮れ前となり、戦力の乏しい救助隊が全滅する事、出現場所に近いセネ村に討伐隊の生存者が居る可能性が有る事等を分り易く説明した。
レナンの説明に最初は可愛らしく頬を膨らまして怒ったティアも何となく納得した様で、“ま、まぁ……そういう事も有るかもね? こ、ここはアンタに譲ってあげるわ!” と、素直じゃない返答をして、レナンを苦笑させるのであった。
こうして誕生した即席の救助隊により未だ戻らぬライラ達の捜索に向かうのであった。
まさか此れが全ての始まりとなる事件になるとは誰も知る由も無かった……
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