5)腐肉の龍-1(全ての始まり)

 門番の兵士に馬に乗るライラが取次ぎを行う。ライラ達が門番に取り次ぎした後、一行はレテ市中央に有る領主館に向かった。


 領主館のホールに案内されたティアとレナンそしてライラは、エミルと再会する。


 「ティア! レナン! 久しぶりだ! 二人とも大きくなって!」


 エミルは二人を抱き寄せ、再会を喜ぶ。対してティアとレナンは少し恥ずかしそうだ。ティアが小さな声で呟く。


 「エ、エミル兄様……もう私は小さい子じゃ無いよ」


 「ああ! ゴメン、ゴメン……久しぶりで嬉しかったんだ。今、客室に案内させるよ! 詳しい話はそれからにしよう」

 

 その後、ティアとレナンそしてライラは領主館のホールにてエミルからディナーに招かれた。其処で夕食を取りながら其々の近況報告を行った。



 そして自然とティアのお見合いの話が話題になる。



 「……確かに……ティアがお見合いなんて……何か違うな……」


 エミルはティアから話を聞いた後、頷きながら呟くと、エミルの前に座っていたレナンが相槌(あいづち)を取った。


 「そうなんです、エミル兄さん。ティアにはお淑(しと)やかさ、なんて欠片も……イタッ!」


 レナンが素直な気持ちをエミルに伝えようとした時、レナンの横に座っていたティアがレナンの脇に肘鉄を食らわした。

 

 「……余計な事言わんで良いわ! レナンの癖に……コホン! とにかく私はお見合いなんて金輪際お断りです! エミル兄様からもお父様に伝えて下さい。私は騎士か冒険者になってこの領地を守りたいんです!」


 そう言ってティアは瞳をキラキラと輝かせた。対してエミルは苦笑しながら兄としてティアに諭(さと)した。


 「分った、僕から父上に其れと無しに伝えて置くよ。だけどティア……お前も分っている筈だ……伯爵家の子女として生まれたのなら、お見合いや会食もある程度は避けられない事は知っているね? 領民を守る事は、何も騎士や冒険者だけじゃない。子女としてアルテリア伯爵家を守る為に力ある貴族子息と結婚する事も立派な事だ」


 兄エミルに諭(さと)されたティアは頬を膨らましてそっぽを向きながら小さく言い返す。


 「……も、もちろん……分ってる……心算よ……だけど、私は我儘(わがまま)かも知れないけど……自分に嘘は……付きたくないの……」


 「ティアお嬢様……」


 一緒のテーブルにし座っていたライラもティアの気持ちを聞いて掛ける言葉が見つからなかった。


 対してティアは兄エミルに言われるまでも無く、自分の境遇が分っている様子で下を向いて俯(うつむ)いている。


 そんなティアの様子を見たレナンがすかさずフォローを入れる。


 「まぁ……アルテリア伯爵家の事は、エミル兄さんと僕とで考えるから……ティアは自由に生きれば良いんじゃないかな……僕からも父上に言っとくよ」


 “ガバッ!”


 「レナン!!」


 レナンの言葉を聞いたティアは感激の余りレナンに抱き着いた。


 「ちょっと……ティア……幾ら僕でも恥かしいよ!」

 「おおおー! お前は愛い奴じゃー! レナンー!」


 ふざけ合うティアとレナンを見てエミルは思わず笑ってしまう。久しぶりに揃った兄妹は楽しい時を過ごすのであった。

 



 エミル達とライラは楽しげにディナーを楽しんでいた。そんな中、ティアが兄エミルに問うた。


 「……エミル兄様……この領主館にメリエ姉様は居られないのですか?」



 メリエと言うのはエミルの婚約者だ。メリエはアルテリア伯爵家とは古くから付き合いが有るリノス子爵家長女だ。


 メリエは優しく穏やかな性格で女性らしいスタイルとダークブロンドの美しい髪をセミロングにしたとても可愛らしい女性だった。


 メリエとエミルは王立学園でも共に学ぶ等、普段から二人はとても仲が良かった。子爵となった時点でエミルはメリエに求婚し、二人は婚約したのだった。


 婚約する前からメリエの事はティア達も知っており、メリエとエミルの婚約はティアとレナンにとっても大変嬉しい事であった。



 「……本当はこの夏、君達と一緒にこのレテに呼んでいたのだが……メリエの実家であるリノス子爵領と、このレテ市を繋ぐ街道付近でちょっとした問題が発生してね……安全の為、こちらに来るのを控えて貰ったんだ」


 「エミル兄様……問題って何ですか?」


 エミルの困り顔を見たレナンが問い掛ける。


 対してエミルはレナンの聡明さを理解している為、溜息を付いてその場に居る皆に事情を説明した。



 

 エミルの説明に寄れば、アルテリア伯爵とメリエ嬢の居るリノス子爵領とは隣り合っている。そしてリノス子爵領からエミルが治めるレテ市に向かうにはホルム街道を通るしかない。


 今、そのリノス子爵領から程近いホルム街道付近の森で見た事も無い巨大な魔獣が現れて人を襲うと言う。


 エミルはレテ市領主として巨大な魔獣討伐隊を冒険者ギルドに依頼したが、名うての冒険者達が討伐に挑んだ結果、失敗し冒険者達は多大な犠牲を払い、生き残った者は這う様に逃げ帰った。


 逃げ帰った冒険者達に状況を聞くと、件の魔獣は全長10m程、真っ黒で酷く嫌な臭いがする魔獣だと言う。


 魔獣はとにかく素早く頑丈で剣も魔法も通らず、気が付くと冒険者達は食い散らかされ、生き残った者が死に物狂いで逃げたという。


 生き残った冒険者に詳しい状況を聞こうにも心身共に深い傷を負い、会話も儘(まま)ならない状態との事だった。


 命を失った者も多く事態を重く見たエミルはホルム街道の一時封鎖を通達し、今は騎士と冒険者の混合討伐隊を組織している所らしい。

 


 「……そういう訳で……ホルム街道を封鎖している間、メリエを此方に呼ぶ訳にいかなくてね。メリエの実家充てに連絡をさせて貰ったんだ……今、討伐隊を組織してるんだけど、人員が集まらなくてね……僕も行こうかと思ってる位なんだ」


 エミルの話を聞いた、護衛騎士のライラが名乗りを挙げた。


 「エミル様、魔獣討伐の任このライラにお任せ下さい。レテ市領主であるエミル様が討伐隊に参加頂く訳に参りません。魔獣討伐は私と部下で対処させて頂きます」


 「……それは助かるけど……でも、良いのかい? 君達はティア達の護衛任務でこのレテ市に来たんだろう? その君達がティア達の元を離れては……」


 ライラの申し出にエミルが問い掛け、それに対してライラは力強く応えた。


 「甚大な魔獣被害が出ている以上、騎士である我々が看過する事は出来ません。ティア様とレナン様の事は我々が戻るまで、エミル様の近衛騎士にお願い致します」

 

 ライラの提案は、初めは遠慮したエミルとの押し問答の結果、背に腹変えられない事情により許可される事になった。


 ライラ達アルテリア伯爵家の騎士達は、中央都市アルトからの旅の疲れを取る事も無く、すぐさま討伐隊に合流し、ホルム街道に向かった。


 ライラはティア達に“明日には戻ります”と言って出掛けて行った。




 ……しかし約束の日が過ぎ、その次の日もライラ達が戻る事は無かった。




 「……幾らなんでも遅すぎる……何か……有ったのだろうか……」


 ライラ達が戻らない事にレナンが懸念する。


 「……確かに……彼女達が今日まで戻らない事は……ちょっと異常だな……」


 心配するティアとレナンに対し、エミルは冷静な意見を述べた。対してティアはというと……


 「助けに行こう! ライラを放ってはいけないよ!」


 ティアが迷わず大きな声で叫んだのだった……





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