4)お見合い

 そうして月日は流れ……レナンが“箱庭”で拾われてから11年の時が経過して、レナンは12歳、ティアは14歳となっていた。


 レナンは希少な銀髪を前髪長めのツーブロックにしており、二重の大きな茜色の目と端正な顔に非常に良く似合っていた。


 そしてティアは美しいストロベリーブロンドを長く伸ばした髪型はそのままだったが、小振りの可愛らしい顔だちが目立つ様になってきた。



 そのティアだが、とある事情で父トルスティン自室にて大声を張り上げていた。


 「お見合い!? い、嫌よ、お父様!! 絶対に嫌!!」

 「……別に婚約する訳でも何でもない……先方がお前に会いたい、と言ってるだけだ。顔を見せるだけで良い」


 ティアの叫びに父のトルスティンは額に手を当てながら呟いた。



 (やはり、こうなったか……)


 トルスティンは予想した通りの展開に頭が痛くなった。


 ティアはアルテリア伯爵家の長女であり、年頃になれば貴族の子息からの見合い話は避けられない。


 ティアの年齢からすれば遅い方だ。娘に甘いトルスティンはティアの拒絶を予想し、出来るだけこうした見合い話は躱して来たのだが、今回は王国内でも大きな影響力を持つ伯爵家の子息からの見合い話だった為に無下にも出来なかった。


 そこでトルスティンは娘のティアに会うだけで良いから……と話した結果が、さっきのやり取りに至った経緯だ。



 「とにかく……私は絶対嫌ですから!」


 そう言い残してティアは令嬢らしからず乱暴にドアを閉めて出て行った。


 「……お嬢様のお転婆にも困ったモノですな……」


 苦笑してそう呟いたのは執事のセルドだ。トルスティンの自室でトルスティンとティアのやり取りを見守っていた彼は、思わず苦笑してしまった。


 「私も、マリナを亡くして甘やかし過ぎたのかも知れん……だが嫌がってる者は仕方ない……先方には適当な理由を付けて丁重に断りの文を出そう……所でティア達が出るのは明日だったか」

 

 トルスティンは小さく溜息を付きながら執事のセルドに問うた。


 「はい、左様で。今、エバンヌに出立の準備をさせております」

 「そうか……ティアの癇癪(かんしゃく)がエミルに負担に為らないと良いが……」


 ティアの兄エミルは成長して子爵となり、アルテリア伯爵家の領地内に有るレテ市を収めている。レテ市はティア達の屋敷がある都市アルトより100km程度離れた場所にある小都市だ。


 そのレテ市に夏の休暇を利用してティアとレナンはエミルに誘われて明日向かう事になっていた。


 トルスティンの心配に対し、セルドは落ち着いて答える。


 「その点は大丈夫かと、お嬢様には常にレナン様が傍に居られます。レナン様ならお嬢様を上手く宥(なだ)められる事でしょう」

 「……確かにな」


 そう笑顔に話すセルドの言葉にトルスティンは極めて優秀な次男の存在を思い起こし、安堵するのであった。




  ◇  ◇   ◇




 「全く、冗談じゃないわ!」


 馬車の中でティアは盛大に愚痴る。そんなティアに対し、レナンは小さく溜息を付きながら宥めた。今二人はレテ市に向かう馬車の中に居た。


 「……ティア、父上も会うだけ、って言ってたんだから……あんまり気にしない方が良いよ?」


 「アンタは男だから良いのよ! 大体顔も見た事が無い男と結婚なんて絶対いや! そもそも私は騎士か冒険者に為りたいのよ! 貴族の奥様なんて絶対私に合わないわ」


 ティアの言う通りだと思ったレナンは笑顔で地雷を踏んでしまった。


 「……確かに……ティアにはお茶会とかダンスとか全然……」

 「は? アンタ今、何か言った?」


 ティアはレナンの胸倉を掴みドスを効かせた声で迫る。対してレナンは若干怯えながら返答する。


 「じょ、冗談だよ! ハハハ……」


 「そう、なら良いわ……だけど、本気で対策考えないと……また、お見合いとかさせられるわ! どっかに適当な伯爵令嬢落っこちてないかしら? 居たら代わりにお見合いして貰うのに……」


 「何だよ、その犬や猫みたいな野良の伯爵令嬢……そもそも代わって貰う発想が怖いよ」


 レナンはティアの言い分に呆れながら返答する。

 

 「そうよね……確かに都合よく落ちて無いかー? うーん……この旅行中に何かお見合い回避案考えよう……レナン、アンタも付き合うのよ!」


 「え? 何で僕が……」

 「あん? 何か言った?」

 「い、いや……ナニモナイヨ……」


 こうしてティアにより脅されたレナンは、いつものティアの無茶振りに溜息を付くのであった……




 そんな事を言いあうティアとレナンを乗せて馬車は兄エミルが治めるレテ市に向かって進む。


 ティアとレナンの二人には護衛騎士のライラが付いていた。


 ライラは老騎士ドリスの孫に当たり、まだ若いが優秀な女性騎士だ。黄金色のブロンドを束ね、意志の強そうな吊目が整った顔立ちに似合う美少女でも有った。


 そしてライラは高齢により引退したドリスに代わりティアとレナンの剣術指南も行っていた。



 ティア達はアルテリア家の馬車に乗り、ライラは複数の部下と共にティア達の護衛に就いていた。


 馬車の中でティアがレナンに話し掛ける。


 「……所で、エミル兄様にお会いするのも久しぶりね? レナン?」

 「そうだね……年越えの時期以来か……レテ市の統治がお忙しいんだろ? そんな中、夏の休暇だからと言って僕達を呼んでくれるなんて……何か悪いね?」


 ティアの問いに、レナンは申し訳なさそうに答える。対してティアは軽く答えた。


 「まぁ、いいんじゃない? 私達だって学校とか剣術とか習い事ばっかりだし……。何より、やっと寄宿寮から帰って来れたって思ったら、行き成りお父様からトンデモ無い事言われたしね……思いっ切り気分転換したい気持ちだわ。せっかくだから羽伸ばそうよ!」


 「そうだね……特にティアにとっては災難だったかも……でもエミル兄さんの手伝いが出来そうなら僕達も手伝おうよ」


 「……相変わらず固いわね、アンタは? 私達に手伝える事が有るならね」


 生真面目なレナンの言葉に対し、ティアは呆れながら返答する。ちなみにティアは兄エミルと同じ様に王都の学園の寄宿寮に住んでいた。


 対してレナンはまだ12歳の為、アルトリア伯爵家で家庭教師のオルバや剣術指南のライラから教わっていた。



 そうしている内に、エミルが治めるレテ市が見えてきた。レテ市は直径600m程度の円径の小都市であった。人口は凡そ1500人程度、この時代の小都市としては一般的な規模だった。


 都市の構造はこの時代魔獣と言われる強大な怪物や、盗賊の様な被害を防ぐ為に都市をグルリと壁が囲まれた構造が一般的で、このレテ市も同様だった。


 「ティア様、レナン様、レテが見えて来ました。長旅お疲れ様でした」


 レテ市が見えた頃、護衛騎士のライラが二人に声を掛けた。対してティアが明るく返す。


 「ライラも御苦労様! ずっと馬の上だと疲れるでしょ?」

 「お気遣い有難う御座います、ティアお嬢様。ですが馬で一日程度の距離ですし、途中何度も休憩しましたから。全然大丈夫ですよ? 大した小競り合いも有りませんでしたしね」


 「襲ってきた魔獣も大した事無かったしね」


 ティアにライラが返答し、レナンも相槌を打った。そんな事を話しあっている内に、レテ市の正門に着いたのだった


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