3)ティアとレナン

 「アハハ! レナン! 早く! こっち来て!」

 「待ってよ! ティア!」


 5歳になったティアはレナンを呼びながら元気に裏庭を走り回る。対してレナンは館から飛び出して行った彼女を追い掛ける。


 ティアはレナンに“箱庭まで競争ね! 勝った方が負けた方のオヤツ貰うの!”という謎ルールの賭けを持ち出した上に、フライングで先行して駆け出したのだ。


 出遅れたレナンは大慌てでティアを追い掛ける事になった。


 ティアとレナンの間にはかなり距離の差が有った筈だが、小さなレナンは意外にも足は速くグングンとティアとの距離を縮める。


 そして……


 「おい、ついた……!」


 “ガシィ!”


 「キャァ! 嘘!? 追いつかれちゃった!?」


 レナンがティアを抱き留めた所為で、二人は転んで裏庭の芝生に大の字になってしまった。


 「ハァハァ……お、おのれ、レナンの癖に……ゼェゼェ……ちょ、ちょっと待って……息が……続かない……」


 ティアは全力で走った為か息を乱して、話すのも辛そうだ。対してレナンは全く呼吸を乱さず落ち着いて話す。


 「……ティアがお菓子ばっかり食べてるから足も遅いし、すぐ疲れちゃうんだよ?」


 「ハァァ!? ゼェゼェ……ええぃ、生意気な! ハァハァ……次は、コレで勝負よ!」


 そう言ってティアは落ちていた木の棒を掴んで立ち上がった。対してレナンは思いっ切りティアに不満をぶつける。


 「ええぇー? さっきの駆けっこは、僕が勝ったのにー! ティアはいつも狡(ずる)いよ!?」


 「……このアルテリア伯爵家では、ハァハァ……お、女の子は、一日三回嘘ついていい様に、ゼェゼェ……法律で決められてるんだよ!?」


 「はいはい、それはティアの頭の中だけでしょー? それで、どうすんのー?」

 

 レナンに問われたティアはニヤリと笑って叫んだ。


 「決まってるでしょ! 一本取った方が勝ちよ!」


 そう言ってティアは拾った木の棒を振りかぶってくる。普通の同年代の子相手なら、ティアは絶対こんな事はしない。


 ティアは分っていた。レナンの実力を嫌と言うほど。振りかぶられた木の棒を見てもレナンは慌てず、静かに右手を前に出して自然体に構える。


 “ブオン!”


 5歳のティアが降り下した木の棒は、それなりの速さでレナンに迫るが……


 レナンは構えた右手で木の棒を素早く払い一瞬でティアの元に接近し、ティアを軽く押した。


 “ドサッ!”


 「あう! イタタ……」


 軽く押されたティアは柔らかい裏庭の地面に尻餅を付いた。そこにレナンがティアが振るった木の棒でティアの頭を小突く


 “コツン”


 「イテッ」


 「……僕の勝ちでいい?」


 ティアの頭を小突いたレナンは静かにティアに言うが、対してティアは……

 

 「さ、さっきの勝負はまだ、残ってる!」


 と叫んで、一瞬で立ち上がり 小さな温室である“箱庭”に向かって一目散に駆け出した。その様子を見たレナンが呆れ気味で呟く。


 「……ヤレヤレだよ……」


 そんな風に呟いたが、ティアに追いつく為レナンも駆け出すのであった。





 そんなティアとレナンの裏庭での様子を見つめる者達が居た。ティアの父トルスティンと年老いた騎士ドリスだった。


 ドリスはアルテリア伯爵家に長く仕える忠義心の高い騎士だ。そんな二人が、ティアとレナンの様子を見て話しあう。


 「……どう思う?」 


 トルスティンは傍らの老騎士ドリスに問う。対してドリスは少し考えて口を開く。


 「……お嬢様は快活で真っ直ぐな気骨を持つ御方。機転も効き、剣を持てばよい騎士に為られましょう……」


 「分っていて言うな、ドリスよ……ティナの方では無い、レナンの事を聞いている」


 老騎士ドリスの答えに、トルスティンは真面目な顔をして諌(いさ)める。対してドリスは諦(あきら)めて呟いた。



 「……それでは……恐れながら……レナン様には底が見えませぬ……僅か3歳であの動き、目の良さ、そして体力……人としての領域を超えてなさる……レナン様には剣術指南などしていないと言うのに、既に指南を受けているお嬢様を歯牙にも掛けぬなど……末恐ろしい才を秘めております……また、3歳児とは思えぬ聡明さを持っていると、家庭教師のオルディ殿も感嘆しておりました……これが異界の民の素質なのでしょうか……?」


 ドリスの言葉にトルスティンは大きく頷(うなず)き言葉を返す。


 「……異界の民かどうかは、私の勝手な想像だ……そなたも余り外では、異界の民等と言うでない」

 「は! 仰せのままに!」

 

 「……所で、ドリス……明日からレナンにも剣術指南を頼む」

 「レナン様に……ですか……?」

 「そうだ、剣術指南だけで無い。レナンにはティアと一緒に魔術指南も受けさせる……次男のレナンには才を伸ばしてやりたい……」


 トルスティンがレナンに剣術指南や魔術指南を受けさせる理由は、レナンが次男だった為だ。


 この世界の貴族は長男以外の子供は爵位は有っても領地は与えられず、軍人か官民、そして冒険者の様な職業に就くのが一般的だったからだ。


 従って貴族の子供達は多くの事を学ぶ必要が有った。

 

 当主トルスティンの言葉を聞いた老騎士ドリスは、トルスティンが養子であるレナンを本気で息子として接する姿に強く感銘を受けた。


 ドリス自身幼い孫がおり、子供を大事にするトルスティンに改めて敬意を示して話した。


 「トルスティン閣下、閣下のレナン様に対する想い……このドリス深く感じ入りました……。レナン様への剣術指南、この老骨にお任せ下さい!」

 「……手間を掛けるが宜しく頼む……」


 こうしてレナンはティアと共に剣術指南や魔術指南を受け大きく成長する事となる……。




   ◇  ◇  ◇




 其れから月日が経ち、レナンとティアは剣術指南と魔術指南を受け、互いの実力を伸ばしていった。


 もっともレナンは剣術や、魔術において隔絶した才能を発揮しその実力は誰にも届かない存在になっていた。


 そればかりか、学問においてもレナンは素晴らしい素養を見せた。


 まさしく文武両道にして、その姿も見目麗しく心根も良いという事でアルテリア伯爵家の家臣だけでなく、領民にも非常に慕われていた。


 そんなレナンに対して姉であるティアは持ち前の負けん気より面白く無いと感じ、機会が有るたびレナンに勝負を挑む。


 しかし、レナンには遠く及ばず、ティアはレナンに負かされる度に“レナンの癖に!”と反発していた。その度、レナンは苦笑を浮かべて適当に相手をする。


 そんな穏やかで平和な日々が続いていたが、この時誰も気付かなかった。隔絶したレナンの存在がこの幸せな日々に影を落とす事になる事を。


 そしてレナンには圧倒的に強大な“力”が秘められている事など、レナン本人も知る由も無かった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る