2)新しい家族

 エミルにより呼んで来られた使用人達によって、女性と男の子はアルテリア伯爵邸に運ばれた。


 重体の女性はベッドに寝かされていた。ちなみに男の子は女性の横に用意された小さなベッドの上でスヤスヤと眠っていた。



 「……もう手の施し様が有りません……残念ですが……」


 エミルの連絡を受けて領主トルスティンが呼んだ治療術師が口を開く。


 治療術師は回復魔法で女性の傷を出来るだけ癒しはしたが、消えかかったその命までは如何する事も出来なかった。



 女性の横には領主トルスティンとその息子エミルの他に、アルテリア伯爵家に仕える執事のセルドと、メイド長のエバンヌが控えていた。


 ちなみにティアはドアの陰からこっそりと部屋の中を覗(のぞ)いていた。



 治療術師の報告を受けたトルスティンは難しい顔をしながら呟いた。


 「……そうか……所で赤子の方はどうか?」

 「幼児の方は問題ありません……外傷も無く、健康そのものです……」



 治療術師とトルスティンが話していると、女性の意識が戻った様だ。薄っすらと目を開け震える体から、絞り出す様に小さな声で話しだした。


 「……レ……レナン様は……?」


 銀髪の女性は震えながら小さく問うた。対してトルスティンは女性に静かに答えた。


 「大丈夫だ……その子なら、君の横に居る」

 「ああ! ご、ご無事で本当に良かった……うぐっ! ハァハァ……」


 トルスティンの言葉により、男児の無事を確認した女性は、歓喜したが直ぐに激しい痛みに襲われ咳き込んだ。


 「!……無理をしてはいけない」

 「……有難う……アストアの民よ……この地は、ハァハァ……た、漂うエーテルが薄い……ど、どうやら転移は……成功……うぅ」


 女性はトルスティンがもう既に見えていない様で、空を見つめながら息も絶え絶えに呟く。女性の最後が近いと悟ったトルスティンは彼女の手を握り囁いた。


 「……もう、大丈夫だ……何か……伝えたい事は有るかね?」


 「お、お願いです……ア、アストアの民よ……あぐ!……わ、私はエンリ……遠き地より……ハァハァ……お、御子をお守りする為に……に、逃げて来た……ど、どうか……レ、レナン様を……ハァハァ……どうか……いと高き御子を……お守りくださ……い……」

 


 エンリと名乗った女性は震える声で懇願し、そして……そのまま事切れた……。



 「「「…………」」」


 黄泉の国へ旅たったエンリを囲み、暫く沈黙が支配していたが、やがてメイド長のエバンヌが泣き出し、エミルも静かに涙を零す。


 隠れて部屋の様子を見ているティアも何だか悲しくなって泣いてしまった。


 トルスティンですら沈痛な顔を浮かべている。アルテリア伯爵家に連なる者達にとっては、例え見知らぬ女性であるエンリであっても、命を落とした姿はどうしてもマリナを思い出してしまうのだ。



 重苦しい空気の中、執事のセルドが主のトルスティンに伺いを立てる。


 「旦那様……今後如何なさる御つもりですか?」


 「……まず、彼女を丁重に弔え。そして……あの幼子は……私が引き取る……あの“箱庭”に現れた時点で、私の子となる運命だった……此処にマリナが居れば必ずこうした筈……それに……」


 トルスティンはそこまで言って、ドアの方をチラっと見遣り話を続ける。ティアが隠れて見ている事等最初から分っていた様だ。


 「……それに、ティアなら、いい姉になるだろう……」

 「!!……やったー!!」


 父、トルスティンの言葉を聞いたティアはもはや我慢出来ず、大声を上げて隠れていたドアの陰から飛び出しトルスティンに抱き着いた。その様子をメイド長のエバンヌは窘(たしな)める。


 「お嬢様! 何てはしたない!」

 「ティア……今、彼女は眠りについた……静かにしてやってくれ……共に彼女の長い旅路を祈ろう……」


 トルスティンは静かにそう言って、満面の笑顔のティアを抱き上げ、エンリと名乗った女性の亡骸を見せた。そしてトルスティンはエンリに誓う。



 「異国からの来訪者、エンリ殿。アルテリア家当主トルスティン フォン アルテリア伯爵として此処に誓う。私達アルテリア家は……この子を……このレナンを必ず守ると。この子はきっと亡きマリナが導き、私達の元へ運んだのだ。だから……エンリ殿……安らかに眠るがいい……」


 そしてトルスティンは目を閉じ、エンリの亡骸に頭を垂れる。トルスティンに次いでエミルやその場に居た者達も従った。


 ティアも良く分らなかったが、周りの皆に従って同じ様に目を閉じ、頭を垂れた。




 しかし、ティアはこの時知らなかった。トルスティンがどれ程の覚悟を持って、この誓いを立てたのかを……




 次の日、エンリはアルテリア家が管理する墓地に埋葬された。その墓地にはティアの母マリナの墓もあった。


 エンリの墓の前に教会から司祭が呼ばれ経典に基づき祈りが捧げられる。トルスティンを始めとするアルテリア伯爵家の者達は、静かに祈りを捧げる。




 やがて厳かな葬儀は終わり墓地から館に戻る道中にエミルは父のトルスティンに気になっていた事を問うてみる。


 「……父上……彼女が……エンリ殿が仰られていた“アステアの民”って……どういう意味なんでしょうか? 学校で僕が習った限りでは、この世界に“アステア”って国は有りません。遠い南の亜人の国でも同じです……それと、エンリ殿の服装や少年を包んでいた入れ物など、僕達が初めて見る物ばかりでした……父上、彼女は一体どこから来たんでしょうか?」


 「エミル……憶えているか? 亡くなったエンリ殿は“転移は成功”と言っていた……そしてエンリ殿の髪色や、お前の言う不思議な衣服……それらから考えるに、彼女は……この世界とは違う異界の旅人では無いか、と私は考えている」


 「い、異界! ……本当にその様なモノが……」


 父の言葉に驚愕したエミルは大声を出す。対してトルスティンは静かに返す。


 「……落ち着け……全ては予想だ。何の確証もない……だが、噂と言うものは尾鰭(おひれ)が付き収拾が付かなくなるモノだ。エミル、この件は他言無用とする……分ったな」

 「はい、父上……」



 こうして異界からの旅人、エンリの葬儀はしめやかに行われた。


 彼女が託したレナンは薬か魔法の影響か、長く眠り続けていたがエンリの葬儀が終わった夜にゆっくりと目を覚ました。


 美しい銀髪を持った少年レナンは目を覚ました後、周囲を見渡し、不安そうな顔をしている。


 レナンは外見上一歳位で、まだ言葉も複雑な事は話せないようだ。レナンの瞳はエンリと同じく夕暮れ時の空の様な美しい茜(あかね)色(いろ)だった。



 目を覚ましたレナンは小さく呟いた。


 「……どこ? エンリ?」


 対してトルスティンはレナンの頭を撫でながら優しく話し掛けた。


 「……エンリ殿は、そなたを預けて長い旅に出られた……戻ってくる間に私達にそなたの事を頼まれた。そなたはエンリ殿が戻られるまで、この家で私達の家族として暮らすのだ。さぁ、私の家族を紹介しよう」


 そう言ってトルスティンは息子のエミルと娘のティアを紹介する。


 しかし、レナンは戸惑い美しい茜色の瞳に涙をいっぱい溜めて俯(うつむ)いてしまった。


 その様子を見た、ティアがそっとレナンを抱き締め小さな声で囁(ささや)く。


 「……何も、心配いらないよ……私があなたを守るから……」

 「…………うぅ……ぐすっ……ううぅ」


 ティアに抱き締められたレナンはティアの肩越しに顔を埋め、声を押し殺して静かに泣く。横に居たメイド長のエバンヌが二人をそっと抱き締めながら涙を流した。


 こうして運命の子レナンは、アルテリア伯爵家の養子となるのであった……


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