第二十三話「carry on the will」
「あああぁぁぁぁッ!!!」
振り絞った力で放つ一撃は、直撃前にとてつもない衝撃波で周囲を粉々に粉砕していく。
呪いによる身体強化、間違いなく私は今極限の状態、たとえ生き残ったとしてこの先の生涯——決して今を超えることはないと思うほどの。
「ぐぅ——ッ!」
その破壊力はイクツガの脇腹を粉砕する、それと同時に私自身の一撃に集中しすぎて避けられなかった一撃を首に喰らった。
「が、はッ」
——いや、たとえ避けられたとしても避けなかったかもしれない。
それが何故かは分からない、でも多分そうした。
ダメージを喰らった体制から、すぐに次の一撃を放つ。
防御も回避もない、ただの殴り合い。
体格差と筋力じゃ私はミーレ・イクツガに負けている。
なのに勝てる自信しかない、勝たなければいけないという使命しかない。
「ゔッ」
一撃を喰らい。
「が——ッ!」
一撃を返す。
足は歩く道具で、手は殴る道具。
単純で純粋で動物よりもバカな殺し合いだ。
「レーリ…クラークーッ、何故だ!私の根本を否定しない!!過ちも失敗も!!過去がどうあれ言い訳できず!!贖罪もできぬ愚行だというのに!!」
重い一撃、一撃が肉体を襲う。
「あなたは殺す、でも決して否定はしない!サズファーも、あなたも!」
「それは優しさではないッ!!私と変わらぬ愚行と知れ!」
イクツガから放たれた両腕の拳を力一杯受け止める。
「そう…これは…優しさじゃない…!善悪の区別がつけられない正義の結果!!」
私が止国をリラとともに出たあの日から——自分の利益のために殺し合いをした人間はいなかった。
どれそれも大義のためで、互いに互いを認められなくて。
きっと私たちの生まれが止国じゃなければ、肩を並べられた人と会うこともなかった人たちだった。
私には簡単なことじゃなかった、戦いの中で生きているとあやふやなことは増えていくし、自分を誤魔化したりもする。
気が付けるのは、きっとそばにいた"少女"のおかげ。
"レーリさん達が守っているものって…こんなにも綺麗なものなんですね"
「リラを取り戻す!私の意思を貫くためにあなたを倒す!あなたを否定するためにあなたを倒すつもりはない!」
「——レーリ・クラーク…!」
私が掴んだこの拳を振り解いた——その次の一撃でこの戦いは終わる。
そんな確信があった。
この戦いの勝敗は私が雨に打たれ続けたあの日から決まっていた。
———断ち切れるというものなら覆してみろ、ミーレ・イクツガ。
…
ロボハンの一撃を喰らい壊れた半身で瓦礫の上に座り込む男、大量の血を流しながらも呼吸は一切乱れず戦いは続行可能な様子だった。
しかしその男は場から動かない、自身の状態を理解しているから。
「お前たちの勝ちだ」
「…和束、行くぞ」
ロボハンはそう言って、そそくさと立ち去ろうとする。
「うん」
その時、サズファーが少しだけ顔を上げてロボハンの方を見た。
「小僧」
"小僧"という言葉が誰を指しているのか、もうわかりきったロボハンは足を止める。
「…」
ゆっくりとサズファーの方へと顔を向け、無言で視線を送る。
「ミライは…だったか」
一部よく聞こえなかったが僕には何を言ったか、皮肉にもすぐにわかった。
「…知らね。俺があいつといたのはほんの数日の話だ、あっちで会って確認してくるんだな」
その時、サズファーの口元が一瞬が笑ったように見えた。
見間違いか、それとも——。
「不可能な話だな、たかが親殺しと国殺しが同じ地獄に行けるはずもない」
「未遂だろ、地獄に種類なんてねぇよ。さっさと死んでいってこいよ」
そう吐き捨てるとロボハンはポケットに手を入れ、その場からゆっくりとまた歩き始めた。
僕もそのロボハンの背中を追いかけた。
背後のサズファーはただ遠ざかっていく。
「小僧、そして和束優。
全て終われば門は壊せ」
小さな声で聞こえた最期の言葉、それはきっと僕たちを案じたものでない。
「…全部終わって、生きてたらね」
自身の目的が達成できないと確信した途端、男は僕たちの目的に後押しをした。
悔しかった、この男が仲間にいればと何度も思った。
僕たちがこの男と仲間だったのは、ほんの数秒であった。
…
普通なら、意識を百回は失っていた。
硬い鉄の塊の穴に腕をねじ込み、門とニュートラルの接続を自身の呪いでただひたすらに妨害する。
やり方も状態も、全てが不十分の出力不足もいいところ。
「…っ!」
苦痛、激痛、何かが身体から薄れていく気持ちの悪さ。
数分で身体は限界を迎えていた、意識は半分ない、数百年ぶりに体感する、眠さに近い感覚。
感覚に溺れれば私はもう帰って来れなくなるという予感。
「…は、ぁっ…はぁ…は…ぁ」
荒い息にすら限界が来る。
妨害の出力も落ち始める。
足は完全に動かない。
「アスヤ…どうやら私は…」
"何も果たせないまま、死んでいく"
悔しくはない、悲しくはない。
ただ、何処か嫌だった。
その感情で動く身体ならば、どれほど良かったことか。
童楼家の人間は皆、そうだった。
感情的な心とは裏腹に動かない肉体を足枷にされる。
運命から逃げ続ける日々は終わった、感情を殺して自分の決定を無理やりにでも押し通すことはない。
「私は弱いわね、澪」
そう呟いた時に、誰かが私の肩を撫でる。
「弱いよ、私たちはどこまでいっても人間だから」
「…!」
懐かしい、一千年と数百年随分と耳にしていなかった声が命を削る最中に響く。
「私より二十年早く生まれ落ちて、私より千年長く生きた姉さんが言うんだもんね」
"姉さん"、私をそう呼ぶ人物が私の肩にするりと腕を乗せる。
「澪…?」
「姉さんは嫌い?
「…えぇ、とても…あなたがいないと成り立たない不十分なやり方ですから」
これは、辛く苦しい千年だった?
違うだろう、退屈で過酷な——。
「なら、今だけは私が手を貸すよ」
ズタズタの手のひらに重ねられる、綺麗な手を眺めた。
「死人に手を貸されるほど…私も落ちぶれましたか」
「私は死んでないよ、姉さんが私の存在を生きさせ続けてくれたから」
幻影にぎゅっと握られたその手は、震え始めた。
目に涙が溜まっていた事に気がついたのは、その震えのせいだ。
「澪、私は…」
「行こう、姉さん」
ニュートラルはゆっくりとランプの光を消していく、私たちの命の篝火のように。
吹き出していた煙の渦も、少しづつ薄れていく。
「ありがとう、澪」
私は——。
「こちらこそ、姉さん」
これで———。
あとは任せます、アスヤ。
「悪いわね、私は姉さんを連れていかないと」
「ニュートラルは一時的な停止をしただけだ、あとは私が引き受ける」
「…ありがとう」
「感謝される立場ではない、これはあくまでも消して拭えない贖罪だ」
そんな、動かない私の隣で聞こえた声。
澪ともう一人、声しか聞こえないがはっきりとわかるものがある。
「あなたならできると信じていますよ、一人目…"ミーレ・イクツガ"」
頭の中でそう思ったのか、声に出したのか、私自身わからない、でもそう呟いて——私は逝く。
…
過去の人々は戦いを悪とはせず、敗北すれば死を選び勝利すれば祝杯をあげた。
明らかに汚れたその行為を何故、迷いもなく行えた?
簡単な話だ、自分たちの行為は完全な正義で、目に映る敵は完全な悪なのだから。
動く屍を停止させ、山を築く。
道を進むと、敵のではなく何人かの止国兵の屍が転がっている。
———銀階級の兵士が殺されるほどの手だれがいる。
「…出待ちか」
顔を上げ、血痕の先にいる男を見つめる。
「弱いなぁ、止国兵…こんなもんか…君ィはどうやろうな?」
傷まみれで赤黒い皮膚の屍の王が俺の名を呼びながらゆっくりとこっちへ向かってくる。
間違いない、門とニュートラルを接続した "不終教の人間"。
「——は、誰かと思えば俺の息子にボロ負けした腑抜けじゃねえか」
ロボハンが銀階級の時、初めて殺し合ったという不終の人間"アドリー"。
所詮は動かされ駒にされた屍の一つ。
「それはバーナーとかいう教官や、まぁそいつもおっちんだんやろ?腑抜けはどっちやろなぁ」
「どのみち、そいつらに負けたんじゃ俺に勝つのは絶望的だな」
その挑発に乗ったのか、アドリーはその場から神速で場から姿を消した。
——こっちに突進してきている。姿は見えない。
「——アホが」
恐らくはアドリーがロボハンやバーナーに対する憎しみから、あいつらを殺すために作り出した策か何かだろう。
"止国の人間のように光より速く動いて"攻撃する。
呪いによるブースト込みで使えば速度を上回って勝利を収められるとでも思っているのだろう。
「慢心、小細工」
踏み込む、その足は"静かな轟音を立て"地面にたいそうなヒビを走らせ拳へのエネルギーを増大させる。
光、とうの昔に凌駕した領域だ。
対象の半身を粉々に文字通り破壊する、本人がそれに気がつくのは数秒後だ。ならその数秒間で地獄へと叩き落とすのが"せめてもの慈悲"というモノだろう。
さらなる衝撃を巻き起こす一撃は拳ではなく足。
一度の蹴りが命を終わらせる、建物を吹き飛ばす、空間を破壊する。止国の人間が抱え持つ異常性の極地の極地へ誘う。
「バカだな」
神速は手すら、汚すこともなく。
粉々に砕けたアドリーの半身はその場に倒れ込む、そいつにはまだ"息があった"。
背中を向けたまま倒れ込み血を流すアドリーに言葉を吐く。
「苦しませず死なせてやろうと思ったのに…呪いってのは嫌なもんだな、変に長生きさせられる」
乾いた笑いで返事をしたアドリーは、掠れた声で悟ったような口を開く。
「…ちゃうなぁ、呪いはただの思い上がりの罪や」
アドリーの体が黒い粉となって消えていく、その中に痛みがあるかは定かではない。
「そうか」
崩壊していく肉塊と化したアドリーは小さく、何かを思い出したように呟く。
「あ…でも、一人…その思い上がりで成り上がってきた
最期の言葉を吐いたアドリーは、振り返るともうその場に死体すら残していなかった。
「きっと、ソイツがお前が求めて彷徨ったモノなのかもな」
着々と大きな戦いの終結が見えてきた、そんな気がした。
門とニュートラルの接続は、これで切断されただろうか。
…
「…流石に、エネルギーが供給されすぎたか…」
門との接続が切れた、アスヤ・リリィスは元凶を断ち切り、やり遂げたのだろう。しかしニュートラルが起動に至るだけのエネルギーは供給されてしまった。
吹き出す煙、点灯する赤いランプは消える気配はない、それどころか今にも爆発してしまいそうな揺れを引き起こす。
「
熱を持ち、周囲のモノを次々と蒸発させていくニュートラルに直接手で触れる。
「…この贖罪の果てに、何も見えるものがないとしても」
—勇敢な機械のように戦場をかける少年と薔薇のように美しい生き方をする少女を見た。
私が見えるものは必要ない、彼らがこの先に辿り着く場所のために私は命の殺そう。
「永遠大戦はいずれまた起こる、人が変わらぬ限り避けられぬ終焉…彼らの正義でもそれだけは…」
熱に手が溶け始める、指は骨も見え始める。溶けた肉が地面に落ちた途端水のように沸騰して消えていく。
「だが、"彼らの目"はこの先の未来に希望を見出すかもしれない…私はそれに託したい」
贖罪を謳う勝手な願い、ミーレ・イクツガの名を冠する男の戯言を独り呟き——魂を燃やす。
溶けていく体に痛みはない、今ここに存在する肉体は門からはみ出した世界の幻覚に過ぎない。
文字通り本来はそこにない、とうに肉体はあの少年と——ミーレ・イクツガの手で葬られたのだから。
しかしそれに救われた、門がニュートラルと接続されたことで、私の魂は童楼澪に連れられここまで到達することができた。
「…この程度では止まらぬか」
ニュートラル内に存在するエネルギーと、私というエネルギーには大きな差がある。生半可に
「無謀なことをしているのに不思議だな…少しの恐れも、絶望もない」
片腕が溶け切った、どんどんと劣勢になっていくエネルギーを投下していく。
「何故だろうな」
「それが、レーリさんの心構えなんです」
突然、背後からそう告げる優しい少女の声がした。それは童楼澪と似ているが、どこか違う。
そして、私はこの声を知っている。
「——そうか、私にそれを伝えるために、門に魂を投げ出したのか…"リラ・リン"」
「私の憧れの人を自慢したかっただけです、それしか私にできることはないですから」
コツコツと足音を立てながらニュートラルの中心部に近付いていくリラ・リンを、いつのまにか私は背後ではなく遠く前に見ていた。
不毛な争いに巻き込まれ続け、失望した少女の足音ではなかった、絶望の戦禍の中に希望を見出した強い少女の足音が淡々と遠ざかる。
「感謝しようリラ・リン、強き少女」
閃光が暗闇を駆け去る。
激しい揺れともにニュートラルはエネルギーを——光を失い、徐々に崩れていく。
「自身の呪いをニュートラル内部のエネルギーにぶつけたか…」
肉体以外全てが"呪い"、そんな彼女が内包するエネルギーは莫大なモノ。
自身の崩壊を恐れぬ強靭な"偽物"。
「助けられてしまったな、後の処理くらい転々任せてもらおう」
———少女の魂で、確かにニュートラルは止まった。
…
「——リラ、生きてる?」
そんな、"私の声"で目を覚ます。
私を抱いているのは、本当の私。
偽物の役目は果たしたはずなのに。
「私、生きてるんですか?」
「魂しかないのに、生き死にの判別なんてつくわけないでしょ…でもリラ、あなたは"私と貴方"の身体に、そこに帰りなさい」
優しくも気が強い声で、本物の私がそんな言葉を吐いた。
「…え?」
私は、"偽物の私"に帰還を命じた。
「私はとっくに死んだ人間、無理やり肉体にしがみついてたのはどっちかなんて明白でしょ…私は和束優に負けたのよ、二度死んだ人間なんてでしゃばりにも程があるもの」
「…私は呪いで、偽物なんですよ…そんな私が…」
「——レーリ・クラークに会いたいんでしょ?」
そう簡単に、苦悩は否定された。
諭された。
「…あ…」
顎の下にまで涙が流れていた。
「私にはもう欲望なんてない、貴方にはレーリ・クラークに会いたいという欲望がある、欲望を持つのは人間として正しいことでしょ」
「でも…」
「偽物とか本物とか、どうでもいいことでしょ…相応しいのは貴方、それだけ」
抱きしめられる力が強くなった。
「門の中で待ってて、そして助けてあげなさい。貴方が会いたがってる人はきっと来るから」
無限の空間で彼女を待つ、気が遠くなるほど永遠に近い場所で——。
「うん、ありがとう」
…
鉄を踏んだ。土を踏んだ。砂を踏んだ。血を踏んだ。
「——ッは」
踏んだ数だけ殴った。
踏んだ数だけ殴られた。
およそ金階級の戦いとは思えない、子供の喧嘩のような。
「ゔッ——」
痛みなんて、両者とも感じないほどに吹っ切れて。
「弾丸で…小さな鉄の塊一つで人の命は終わるのが戦争だ!そんな地獄の連鎖はいつまで経っても終わらないのだ!!」
拳とともに振りかざされるミーレ・イクツガの言っていることは"正しい"。
「いつか来る人類の苦痛による終わり、そんなものを待ち続けるのが私にはこのうえない激痛だ…!」
「新しい人類を求めぬなら変化するしかない!!しかし変化による争いを避けることなど決してできないと知りながら…その道を歩くのは何故だレーリ・クラーク!!」
正しい、私には否定できない。
「…別に私は地球に生きる人類を信用してるわけじゃない」
戦禍の中で生きる私たちは、むしろ人以上に人を信じることが難しい。
「争いは起きる、それで人が死ぬ、受け入れられないのは当然…でも、一つだけあなたを否定するなら…"人類の最期は戦争"だなんて必ずしも私は思わない」
「…ッ!」
「見たんでしょ…永遠大戦を乗り越えた童楼家の姿を!!」
ミーレ・イクツガの拳を振り払う。そこにあったのは唖然とした顔の、少年のような表情を浮かべた男の姿。
「…レーリ・クラーク、何故…それを」
「知らないと思った———?永遠大戦、童楼家のこと」
…
殺し合いの最中、レーリ・クラークが口にした永遠大戦、童楼家という単語。
その繋がりを知るのは、ごく一部——。
「忘れていた、君は——」
プラスにはマイナスを、マイナスにマイナスを——ありとあらゆるものをひっくり返す、反転の残痕呪。
あくまでもそれは、"発達段階の呪い"。
レーリ・クラークの皮膚に現れる大量の矢印の痣、それは呪いの完成の兆。
この短期間で、いや——newとして生まれついた時から成長し続けていた——?
「なんだ…その完成した呪いの力とは?」
「呪い、完成?…それは違う」
レーリ・クラークの周囲をちらつく赤い光。
「"門との接続"、あなたがしようとしたことでしょ」
「———ッ!」
極限まで高めた呪いを門へと接続した———?
「なんの起点もなく——だと」
「起点はいらない、門の方から接触されれば」
———起点はリラ・リンか、ならその情報源は"童楼澪"、違う。
レーリ・クラークと童楼澪に深い関わりはない、ならばリラ・リンそのものから——。
「リラ・リンの呪い、
レクタが持つのは"呪い"のみ、過去を遡る呪いがあったとしてもこの場で使用された形跡はなかった。
情報を知る呪いであったなら——レーリ・クラークが私の攻撃と言動に初見の対応をするのはおかしい。
「…"過去視"、未来視の反転か」
あの少年の呪いをレーリ・クラーク自身の呪いで反転させた——。発動条件が出欠であった以上、私との戦いの最中で全てを見たか——。
「永遠大戦の惨劇を見てもなお、この先の時代に希望を見出すか——レーリ・クラーク」
「何も——見たのは永遠大戦だけとは言ってないわよ」
…
誰もいなくなった世界を見た。文字通り永遠を失った人類の戦争"永遠大戦"。
そんな地獄の中にも、残るものはあった。
和束家に受け継がれた童楼当主の人類復興を夢見た強い心。
新人類に到達する長い道筋を超えた後に待っていたのは、数々の分岐点。
弱さを受け入れない人類がどれだけの世界を辿ったのか——ありとあらゆる道筋の先を見た。
"そう、ミライ——彼が持っていた呪いの本質"
自身の選択の先にある"別の世界を覗き見る力"——未来視。彼の呪いが私を導いた。
私の生きる世界とは違う世界、どの世界にも絶望はあった。ただし、絶望に終わる世界はなかった。どんな世界にも抗う者たちがいた。
観測する無限に等しい世界の中。
"止国が滅んでも、たった一人の生き残りを貫いた者がいた。"
"世界が滅んでも、業を背負って次に歩む者がいた。"
"止国という劇場で踊り咲く兵士たちがいた。"
いずれもそれは、脈々と新人類に受け継がれた童楼当主の願いであり魂。
「レーリさん」
その魂の終点"ゆくすえ"に目を向けようとした時だった。
目の前に立つ、金髪の小さな少女。
「…リラ」
私に幾多の可能性を見せてくれた少女。
「リラ、私にこの光景を見せるために自分から門に入ったの——?」
少女は少しだけ頷いた。
「全てが思い通りにはいきませんでしたけど…不器用な私なりに——レーリさんの役に立ちたくて…」
少女はポッケから見覚えのある物を取り出した。
ボロボロになった数枚のトランプ。
「いつまでもレーリさんの足を引っ張るのが嫌だったんじゃありません…レーリさんに恩返しがしたくて」
「そう、ありがとう」
少女にゆっくりと近づき、頭を撫でようと手を出した。
しかしその手は少女をすり抜ける。
「…リラ」
そう、リラは門の中に、私はまだそこにいない。
「必ず迎えに行く、待ってなさい」
…
「全てを見た人になったか、レーリ・クラーク」
男の目から憎しみと恨み、憎悪たちは消え失せた。
全てを知って受け入れられなかった男は、全てを知ってもなお進み続ける決意をした私に戦いの決着を望む目を向けた。
「大丈夫、私もそのつもりだから」
赤い光と私の体を駆け巡る矢印の痣が、ワタのように風に飛ばされて消えていく。
ゆっくりと息を吸い、構える。
"レーリ、お前は強い。
母親を失った小さな子供が「誰かを護る力」なんて物を欲しがった時には驚いた。
子供は誰かの手を地図のように握って生きていく、いつかはそんな地図を手放して一人で道を歩くはずなんだ。
母親の手を握っているその時から、自分の中に小さな地図をお前は持っていたんだな。
それは、子供には有り余るほど重く苦しい鎖に変化するほどの不安だろうな。
それがお前を強くした、ただ扱えるようになったとはいえ今でもきっと重い鎖だ。
誰にだって重いままの鎖だろう、きっと死ぬまでその重さは変わることはない。
「忘れるな」
隣にはその鎖を持ち続ける奴らがいるはずだ、和束優、機械坊主———リラ。
いつか、その鎖が巻き付いて首を絞める時が来たとしても、きっとそいつらは解いてくれる。
「突き進め、レーリ」"
聴覚でも視覚でもない、どこからか心を撫でるようにそう——聞こえた気がした。
天からでも、地からでもない、他でもないこの中心から——。
「———ッはぁぁーッ!!!!」
全てを背に、限界を超えた全力で踏み込んだ足が肉体にもたらす負荷を振り払い、一直線に加速する。
男も同様、両手を広げ防御を捨てた突進を繰り出す。
男の突き刺しの両腕を極限の寸前でかわして、その心臓に目掛けて最高の一撃を解き放つ。
周囲の鉄、空気、全てがその威力の圧で吹き飛ばされる。刹那、閃光で白く染まった世界が見えた。
拳は男の心臓を破壊し、背中まで貫通していた。
「——優しすぎるな、レーリ・クラーク」
それが、男の最期の言葉だった。
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