第二十二話「fierce battle」






 俺自身はこう呼んでいる"サズファー騒動"。


 和束優の死亡から数年。


 墓のないアイツとは心の中で別れ切れずにいたが、墓のある人間とならある程度踏ん切りもつくだろう。


「…」


 訪れた場所があった。



 小さな、とても綺麗な形とは言い切れない墓石。


 青と白の花が入り混じり、洞窟に太陽光が強く差し込む。


「因縁は決して切れん、奴らは戦争を起こす集団だ」


 隻腕でもタバコを咥えて語る女が一人、俺を除いて墓の下にいる人間を知る以外唯一の——。


「残党が一人死んだ程度で油断はするな、止国兵ロボハン


「…分かってる、立場上炙り出しはできないがな」


「お前は狙われる立場だ、必要はない」


 墓石の前に買ってきた缶ジュースを添える。


 果物は道中腐るかもしれないから持ってはこなかった。


 止国を出てから数年、父親の情報は掴めずにいたが——それ以外は嫌でも懐に入ってくる。


「レーリ・クラークが止国を出た、出張所の代役だろう」


「政府関係者でもないのに止国について調べたのか?やめとけよ」


「テイーストルクの機密部隊は止国が絡むことでもない限りは暇をしているのでな」


「テイーストルクの?引き抜きしか入隊できないのに、アンタも案外優秀なんだな」


「バカにする、私はその墓の下の代役だ」


墓石に付けられた名前の刻印を指でなぞる。


「…そうか」






 月曜も、火曜も、水曜も、バカみたいに身体を強くすることだけを考えた。


 木曜も、金曜も、土曜も、日曜も、人を殺す術を意味もなく覚え続けた。


 自分は弱かった、人より才能がなかったから誰よりも限界よりも百倍努力した。


 苦はなかった、和束という心強い友人がいたから。



 隣で俺を超えようとして努力していてくれたから、俺は和束を超えることだけを考えた。




 ———ならどうして俺は、アイツがいなくなったあとも強くなろうとし続けた?


 

 最初から考えることなんてなかった意味を考えるようになった。


 逃げること、戦わないことを選ぶ権利があったというのに。



 どこかでアイツが生きていると信じていたからか?


 父親を探すためか?


 あの男に仇を返すためか?


 




 ———多分、アイツとの日々を無駄にしたくなかったのだろう。










 響き渡り、連鎖し、砕ける地面と鉄の音。


 数千と連続でなり続けるその音が止むことは決してない、破壊は永遠に終わらない。


 それがサズファー、今前にしている男。


 隻腕になろうと最強の名は決して揺らがない。


「——」



 度重なる破壊の圧を潜り抜け続ける。


 攻撃の隙など生まれない、攻撃は最大の防御——?


 違う、この男の攻撃はただ一方的に行われる殺戮と暴力と破壊の権化だ。


 反撃など許さぬ絶対的な速度、反撃など存在しない破壊的な威力、反撃など忘れるほど機械的な精密さ。


 極地を遥かに超えた人間——。



 八分間、走り続けて一度も攻撃を与えることができない。


 もし隻腕でなかったのなら、こちらも片腕を奪われていたかもしれない。


 もし"あの時"、この男と対峙していなかったのなら——確実に死んでいた。






 もう地形は原型を求めていない、空間そのままひっくり返されたのかと思うほど荒れている。



 

「まだか———和束」



 逃げ続けても、一方的に体力が削られていくだけだ。


 あの男に体力なんて概念はないのだろうが、こっちはそうじゃない。




 だが、勝つためには合図が来るまで決して攻めない。


 ただ避け続けろ———。



「———ッ!!」



 一瞬の刹那、サズファーが力む声が聞こえた。


 そう、"聞こえた"。



 聞こえたということは、一撃を俺はその数コンマ前に喰らっている。



 頭から血が流れていることに気が付いた、気が付いても決して行動は変えなかった。


「———はやくしろよ」



 そう文句を垂れてから二秒ほどで、信号弾の赤い光が二つ街の空へ上がっていくのが見えた。



「——!」



 その光を目にした瞬間、瓦礫を踏み抜き危険な賭けの連続へと切り替える。


 サズファーの放つ閃光続きの一撃を、全力で蹴り返す。



 突然の反撃にサズファーは表情一つ変えなかった、信号弾には気付いていただろう、だがそれ以前にこの男は———


「ようやくか」


 反撃を待っていた。


「——やっとだな」


 拳と足、足と拳、連続で撃ち合うその破壊的威力の連鎖は加速し続ける。


 百に百一、千に千一をぶつける不毛なぶつけ合い。



 止国という異物を含めた人類でも、これほど苛烈で神速の戦闘はなかっただろう。


 戦争を止めるためという理由で作られたとは思えない、圧倒的制圧力を持つ人体——。


 


 世界すべてという空間の中で、最も究極的な"殺し合い"。











「レーリ!」



 戦いは終わり、門の前でサナの遺体を寝かせる私のもとに和束が走ってやってくる。



「和束」


 傷だらけの私を見て、一瞬心配そうな顔をしたが、和束はすぐに門の方へ目線をやった。


「これ、使えそう?」


「破損もないし、サナがここにいたってことは使えるんだと思う」


 門、とは言えど外見はただの岩のオブジェ、裏に回ってもあるのはそのままの空間だけ。


「あとはどうやって門の向こうに行くかだよね」


 門の模様を触りながら、和束はそんなことを突然口にした。


「門の向こう…に、どうして?」


「だって、レーリ…取り戻しに行くんでしょ?」




「リラ…うん、必ず取り戻す」


 最も優先したいと思う行動だが、それはこの戦況を省いた場合の話であって個人的感情。



「だね、門の場所をイクリスさんに連絡する、リラはここに置いていく」


 まだ戦い続けているところへ。


「わかった、急ごう」











「これだな、えらく錆びついてるな」


 土の中から見つかった鉄、まだその全貌は見えていないが、恐らくは円球状になっている。


 ニュートラル、全ての人間を根絶やしにしようとする爆弾。


「ホントに下手に触っても爆発しないのか?」


「ええ、火薬は入っていませんから」


 童楼咲葉はそう言いつつも、やはり重圧感というものはあった。


「それで、どうやって撤去させるんだこれ」


 大きすぎて持ち運ぶのは不可能だ、まずどこに持って行っても爆破すれば意味がない。


「衝撃を与えても問題はないので、破壊ですね」


「壊すのか…わかった」


 拳を構える、できるだけ一撃でごっそり削り取ろうとした瞬間だった。


 錆びつき、ガラクタの色をしていたニュートラルの照明が点灯し、煙が噴射される。


「なんだ!?」


「アスヤ、離れて———っ!」


 童楼咲葉がそう叫ぶと同時に反射的に後ろへ飛んだ。



「…どういうことだ…?」


「起動しています、何故…」


「門とは繋がってないんだろ!?」


「繋がったから起動したとしか、接続条件を満たしているのはサナ・イルマージしか…」


 起爆すれば大量の人間が消え去る爆弾、そんなものを起動させようとするのはまずもってあの三人のうち誰か——高度で強力な呪いを要するとなれば二人。


 しかしそのうち一人、燃料となろうとするリラを省けば一人だけ、サナ・イルマージ。


「あの女は嬢ちゃんが止めに行ったはずだ…!」


「何故今になって…」


 別に協力者がいた——?


 あの副総督か——、違う、アイツは高度な呪いなんて持ってない——。



「…サズファーは」


 


「いや…サズファーはあの時と同じ目的を遂行しようとしてるだけだろ?」


「なら、あの時のサズファーは…どうやってこれを起動するつもりだったのですか?」


「———!」


 忘れていた。


 サズファーは最初から俺たちの手に入れた情報を全て持っていた。


 なら、起動のさせ方も最初から用意していたはずだ。






  あの男の近くには高度な呪いを持つ少年が、一人いた。


 ただ、その少年にはまだ引っ掛かることがあった———。






 出張所跡地、門の場所から離れて街まで風を切って走る。



「和束、先に行ってて」


「わかった」


 和束はすぐに考えを察したのか、何も言わずに私を置いてロボハンのいる場所へ一直線に走っていく。


 方角を変えた目先にいたのは、泣きながら彷徨う少女。


 瓦礫を飛び越え、その少女のもとへと駆け寄る。


「大丈夫?お母さんとお父さんは?」


「気分悪くなって…起きたら誰もいなくて…」


 少女は不安そうに私の肩を強く掴んだ。


 その時、何かを思い出そうとしたのか、懐かしい感覚がした。


 ただその答えは思い出す前から知っていたのだろう、ポケットに入ったボロボロの発信機を取り出して、少女のポケットへと入れた。


「なに?これ…」


「私の発信機、これがあれば救助隊の人たちが見つけてくれるから、その人達にお母さんとお父さんの名前をちゃんと伝えること、できる?」


 数秒黙り込んで、私の顔を見つめた。


「…うん!」


「よしいい子、お名前は?」


 少女は少し息を吸った後、自分の名前を言った。


「せな」












 ありとあらゆるものが粉々に粉砕され、何も原型を残さない空間で、俺たち二人は立っていた。


 荒れすぎた大地の崩壊によって生まれた、数秒の時間。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 煙の向こう、傷だらけの自身の肉体の向こう側には無傷の男が立っている。


 膝に手をつくほど、数分間で体力をごっそりと持っていかれた。


「何も変わらんな、小僧」


「そりゃ…お互い様だろ」


 黒くなった右腕から鮮血が流れ落ちる。


「その腕は、残痕呪のろいだな」


 最初は、"右手の甲に黒いあざがある"としか言えなかった。


 しかしそれは、時間が経つにつれ、腕の感覚と"何か"を奪っていくモノだった。


「だろうな、重くて仕方ねぇよ…」


 あの男を殺したあとから突然発症した呪い、もうある程度その特性には気付いていた。


 俺が今、急がされている原因でもある。


「道連れの呪いだな、知っている」


「知ってる…なんでお前が…」


 サズファーは淡々と、話し始めた。


「俺がニュートラルを使うために背負おうとしたモノだ」


「…!」


 あの事件の日、サズファーはニュートラルを起動して止国を滅ぼすつもりだった。


 そのことは知っている、一人一人殺して回るなんて所業、できても多大な時間を要する。


「サズファー…お前…」


「ミーレ・イクツガ、あの男を殺して呪いを受け、ニュートラルと門の接続を図るつもりだった」


 例え副総督自身が持っていたのが高度なモノではなくとも、それを受けた側には関係がなくなる。


「それだけのことだ」


 あの男を殺して、今俺が受けたこの呪いを無理やりに背負う。


 その意味はこう、男は言ったのだ。


"作戦が成功して終われば、死ぬつもりだった"と。


 今目の前にいる男は、ここまでの覚悟で大義を成そうとしたのだろう。


 止国という範疇を超えた大義。


——今の俺じゃ、コイツには勝てない。


 そう確信させられるほど、重く苦しい言葉だった。


 自身の数十年を、世界の数千年の為に捨てるなんてことは俺にはできない。


 ただ、俺自身も答えは出ていた。


「…あっそ」


 ぽつり、呟いた。


 瞬間、自身の左手の手刀で自身の右腕を切り落とした。


 その光景をサズファーは何も言わなかった。


 そういう男だ、もう意図は理解しているだろう。


「"生きる"、俺はお前と反対の道を行く」


 肩から流れる大量の血とは、まったく反対の言葉。


「愚かとは言わん、俺は俺の意志を貫くだけだ」


 そうだ、俺たちの殺し合いは"否定“じゃない。


———目の前の分かり合えない人間をただねじ伏せる、正義に見せかけた"醜悪"な罪人の殺し合いだ。


 

 互いに隻腕になった、しかしそれは対等でもなんでもない。


 もう、実力や状況など——無意味。


「ロボハン、ストップ」


 踏み出そうとした瞬間、背後から待ち望んだ声がした。


「…レーリは?」


「すぐに来るよ、ちょっとそこの"大バカ"と話してもいいかな」


 和束は無言でロープを俺に投げつけて、"その間に肩の止血"と目で話し、サズファーの方へと口だけは無言で足を進める、殺された者同士の異質な対面。


「ずっと疑問に思ってたけど…なるほど副総督の呪いを受けて門に入るつもりだったんだ」


 数十秒前の会話、今ここにいる和束が聞き逃すはずもなかった。


「…」


 門への入り方、明確ではないにしろ必要な情報を着実に相手から聞き取り出していく。


「てっきり、僕はミライって子を使うのかななんて思ってたんだけど」


 和束は直接的にミライと話したわけでもない、だが俺は知っていた。


 止血しながらではあるものの、二人の対面に口を挟んだ。


「…和束、アイツはいくらサズファーバカでもこんなことには手を貸さねぇよ」


 数日ではあるが、ミライを見ていた。


「そうなの?」


 あの船の上で、死人が利用されるのを嫌っていた。


 普通ではない、生きている人間は憎むしかできず、死んだ人間と———壊れた人間にしか愛情を割けない性格だった。


「門の向こうに行くことは実質的な死だ、アイツはそんな方法で死を冒涜しない…だろ?サズファー」


「もとより止国以外の人間を利用するつもりはない、アレは最初からもの好きな道化にすぎん」


 サズファーはそう言葉にすると、吹く風に乗せてハンカチを空へ向けて飛び立たせた。


 それはアイツへの手向けではない、アイツがようやく自由になれたことに対するサズファーなりの歓喜だった。


 ハンカチは、どこかへと飛び立ってひらひらと視界から消えていく。


 俺の戦いの決心がついていなかったのは、アイツの方だったのだろう。


 別に、今までの戦いを愚弄するわけでも嘘っぱちだというつもりもない。


 ただ、本当に意思と意思とぶつかりあう殺し合いというのはこれから再開する戦いなのだろう。


「ロボハン、終わった?」


 ロープを巻き止血を終え、座っていた重い腰を埃を払いながらあげる。


「おっし…待ってもらった礼は言わない」


 



 サズファーは何も言わない。


 この男ともう少し話せたのなら、これまでの結果は変わったかもしれない。


 ただ、それでも分かり合えないことだけは最初から分かっていた。


「行くぞ、和束」


「分かってるよ」


 和束がふっと拳を鳴らす。





 踏み込んだ鉄の破片と土は、稲妻を走らせるように線を描いて宙を舞う。




 神速同士に打ち合った拳も同様に轟音と共に稲妻を走らせる。


 

 




 






 ニュートラルの起動音は鳴り続けている。


「いや、違うな…」


 ミライ、その少年は加担しない。


 副総督を酷く嫌っている人間で——副総督を真っ先に殺そうとした人物が、サズファーが生きていたとしてもその手を使うとは思えない。


「しかし、高度な呪いを持つサズファーの協力者は彼だけでは?」


「それが間違いだ、"サズファーの協力者"で絞ったのが間違いだ」


 サズファーなら、他のやり口はいくらでもあるだろう。


 ニュートラルに固執する理由もない。


「心当たりがあるのですが、アスヤ」


「心当たり…か、それは多分、あんたの方があるだろうよ」



 止国に十数年絡み続ける因縁のイバラ、戦争とは違う、断ち切るに断ち切れない棘。


「———不終教、まだ残党が蔓延っているのですね」





「ですが残念…私の心当たりのある人間は大抵死にましたよ」



 警告音が煩く鳴り響き、煙が吹き出し続けるニュートラルの方へ、揺れる白髪の髪を靡かせながら童楼咲葉はゆっくりと近付く。


「しかし…もとを辿ればこの兵器が起動しているのは私の責任です」


「…どうする気だ」


 長い髪の毛を結び、前髪を上げて初めてその見せた目元を俺に向ける。


 思いの外気合の入った目に、どこか凛々しさを感じる瞳。


「私が門との接続を抑えます、あなたは不終との因縁に決着をつけてください」















 "一番の教訓っていうのは、他人の教えじゃない"


 自分の何かを形作るものは、他人の何かじゃない。


 自分の目が、自分の耳が、自分の皮膚が、自分の感覚が感じていく過去と現在の相違と共通点の風景。


 私はそれを皮肉にも他人から教わったのだ。


——そうだよね。和束、リラ。



 私の足はサズファーと戦うあの二人のもとに向かうことはなく、ただその場であり得てしまった光景に警戒する。



「迷いが晴れた顔だ、レーリ・クラーク…戦場の顔ではないな」


 瓦礫の街の中にいた男は、傷まみれでなお威厳を保つ。


「ミーレ・イクツガ…」


 副総督、今となってはそんな肩書きもない。


 男の体には黒と赤の入り混じった紋様と、痛々しく変色した皮膚。


「ミライ…あの少年に私は負けたのだ。

だが神も呪いも私が終われることを許さない」


 ミーレ・イクツガの持つ呪い自身が、ミーレ・イクツガに生存という罰を強要した。


 二度とあの地獄せんそうを再現しないために、全ての人間殺そうとした男が———今頃になって数百人程度の犠牲が罪悪にでもなったのか。


 ただ、そんな苦悩も生命も長くは続かない。


「ミーレ・イクツガ、たとえあなたがここで私を殺しても勝敗は決して覆らない」


「そうだとも、止国に送り込んだ不終の残党もいずれ散る——今となってその間違いに気がついたさ…運命などは戯言だ」


「それでも…あなたはやるんでしょう」


「あぁ…私は副総督ミーレ・イクツガである前に一人の男だ、一度決めたことを最期まで実行するとも」


 残痕まみれの肉体は、ゆっくりと私のもとへと進行する。


「来なさい、私も負けっぱなしは嫌いだから」


 


 私が私で学んだことはないけれど、私が行きたい道を行けばいつかは———そんな簡単なことも知れるのだろう。




「——ッ」



 


 








 宙と地面、その狭間を中心に互いを強く踏み込み何度も行き来する。


 隻腕のロボハンはサズファーに連続して攻撃することは不可能だ。


 たとえ相手が同じ隻腕としても、互いの技量には差がありすぎる。


 ロボハンは僕に合わせて攻撃をしかける。


「———ッア!!」


 驚くべきはロボハンのその脚力。


 僕たちの拳の力は完全にサズファーに負けている、たがロボハンの足の力はこの三人の中で一人ずば抜けている。


 隻腕になったということを忘れているのかというほど、ロボハンは足による攻撃を自然に、そして高速に強烈に繰り出していく。


 サズファーの拳の威力を相殺するほどの———。




 僕たちに才能はなかった。ただ、地獄を潜り抜けてきたという戦果だけが積み上がった。


 それが今、ロボハンと僕の背中を押す。


「——ロボハン!」


「頼んだ!」


 一撃離脱からの一瞬、後退したかのように見せかけたロボハンは数十センチ、宙に飛ぶ。


 その対空したロボハンの足裏目掛けて、両拳を全力でぶつけた。

 

 当然その威力は凄まじくロボハンを思いっきり吹き飛ばし、僕自身の背後にある残骸も煙と風を巻き起こし粉々に散っていく。


 凄まじい加速で距離を詰められたサズファーはそれでも冷静で、ロボハンから放たれた右足の蹴りを最も容易く回避する。


 蹴りが放たれてから回避されるまでロボハンが稼いだコンマ一秒を無駄にせず、僕自身の加速で距離を詰めサズファーの腹部目掛けて一撃の拳。


「———ッ」


 硬い、重い、全力で放ったのにも関わらず——ダメージが通ったにも関わらずサズファーは数センチ程度しか後退しない。地面が少し抉れた程度。


 大したダメージがなかったサズファーは宙にいるロボハンが、体を回転させ放った二度目の蹴りを受け止めそのままを投げ飛ばす。


 隻腕ゆえの追撃の甘さ、それが瓦礫にぶつけられたロボハンへのダメージを最小限に抑えた。


 なら心配をしている暇はない、僕がすべき事はその隙に反撃すること。



 ——数えるほどもない時間の中で現れる寒気。


 サズファーの目線がロボハンに向いていたことへの違和感。



 サズファーからロボハンのまでの距離は十八メートルほど、僕までの距離は一メートルもない。


 なのに何故ロボハンに目線が向いているのか、簡単な話"この状況でサズファーという男はロボハンを優先した"ということだ。



 戦闘が始まって一分も経っていない、せいぜい三十秒かそこらだ———しかしこの男は気がついた。


 "自分が殺す手段を持っているのはロボハンだけ"


 目の前に自分を過去に殺したガキが立っているというのにこの男は十八メートル離れた"ロボハンを"警戒した。


 戦闘という観点で、僕たちはこの男に"負けすぎている"ということを見せつけてくる圧倒的なスタイル。


 ただの破壊の化身ではない、再びそう思わされる。


「…ロボハンッ!」


 数十秒間の間、たった数コンマに戦況が最悪になる。


 ———それがこの男との殺し合いなんだ。


 足に力を入れる、破壊的加速は心臓をぶちぶちと崩壊させていく。


「———ッ!」


 サズファーの初速には追いつけない、だが心臓を破壊するほどの力量の加速はそれを凌駕する。


 恐らくは僕より先にサズファーの行動を読み取ったであろうロボハンは、片腕で体を起こしてサズファーを迎え討つ体制をとろうとしている。


 一秒時間を稼げばいい、サズファーの呪いは完成系じゃない———心臓が再生するかは賭けになる。


 仮にしなかったら距離を取ってでも再生を図るしかない。



「でッ!」


 


 サズファーの足目掛けて全力の拳をぶち当てる。


 鋼と鋼のぶつかり合いのような甲高い轟音とは裏腹に、その男の足は数ミリたりとも止まらない。


 鍛えられた完全な肉体、広大な宇宙に存在する唯一無二の硬すら感じさせる。


 予想外だったのは、凌駕する僕のスピードに追いつき、サズファーに隻腕の二撃目を喰らわせたロボハンだった。


 見誤った、あの迎え討つ体制から一気に攻撃を合わせに来た、サズファー同様この一瞬で状況を把握し全身にそこからの動作を間に合わせた。


 ロボハンをここまで強くしたのは———きっと僕の知らない修羅場をいくつも潜ってきたのだろう。


 

 ロボハンの与えた衝撃は大きく、サズファーを進行方向とは反対に大きく吹っ飛ばした。


 ようやく、一泡吹かせてやった。


「ロボハン!」


「和束あわせろ!」


 煮えたぎる心臓にさらに負荷をかける。


 この瞬間を無駄にするなとどこからともなく声がする。


 足元にあった岩を全力で投げ飛ばす。


 ロボハンはその岩を後ろで蹴飛ばすように、地面と同等に扱い踏み込み加速した。


 地面とは違い、岩はロボハンを垂直一直線にサズファーの方へと吹き飛ばす。


「うぁぁぁ———ッ!!!」


 凄まじい風圧を押し除け、破損した十五メートルほどの鉄塔をそのまま持ち上げまたしても同じ方向へぶん投げる。


「おりゃぁぁぁあ———ッ!!!」


 大地が割れるのではないかと錯覚させるほど地面が粉々に割れていく。


 衝撃で砂埃とあらゆる機械の破片が吹き飛ぶ。


 足元が崩れ、四つん這いのような低い体制になってしまったがそのまま足の力を振り絞り全力疾走。


 しかしその体制が功を奏したか、風を切りやすく空気抵抗は最小限でロボハンのもとへ向かっていける。


「———ッ」



 砂埃で視界が悪いが気配を感じ取れる、ロボハンは間違いなくサズファーの方へと一直線へ向かっている。





 砂埃を抜け、見えた光景は宙に浮かぶロボハンとサズファー。


 ロボハンは追いついた途端、サズファーの顎目掛けて足蹴りを放つ。


 空中で足は使えないとはいえ腕は使える、サズファーがその片腕でロボハンの足をガードする体制を取る。


 ヒットした衝撃で数センチ揺らいだサズファーの腕は顎へあと数ミリのところでロボハンの攻撃ダメージを最小限に抑える。


「和束!」


 ロボハンからの合図、全力で地面を蹴って飛び上がりサズファーへの突撃をかける。


 単純なタックル、しかしその背後には巨大な壁。


「———ぬぅッ!!」


 サズファーが全力で解いた片腕をその壁に叩きつけ受け身を取る。


 その反動は僕の身体にも走る、サズファーから身体が離れそうになる。


 だがここで数秒前に投げた鉄塔が追いつく——!


 鉄塔を地面のように蹴り飛ばし、またサズファーの方へと身体を向かわせる。


 地面から回帰したロボハンが僕に並び飛ぶ。


「…!」


 ロボハンが右足に力を込める微かな、とてつもない筋肉力からなる異常な限界声の音。


 組んだ腕を振り解き、その内にある"物"をサズファー目掛けて投げ飛ばした。


「サズファーッ!!!!!」


 光速でサズファーに一直線で飛んでいく"ソレ"は岩よりも、鉄塔なんかよりもずっと頑丈な武器——。


 サズファーの腹部、見事に直撃した"彼の腕"は彼に全力の蹴りをお見舞いするに十分な時間を稼いで見せた。


「く、たばれェーッ!!!」


 ロボハンがそう声を上げながら繰り出した文字通り"蹴り"は、壁と空気と大地と——サズファーを破壊した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る