第二十話「dance and song」
「一つ問うわ…サナ・イルマージ、ナレイを生かしておいたのはなぜ?」
ナレイを——ああしたのは間違いなく姉のサナ。
それは、ナレイが"生きていたから"だ。
サズファー、そしてリラがナレイに遭ったのなら確実に殺している。
「それを隠していたら、あなたは満足に戦えない?」
「えぇ、私は最初からあなたと戦う運命だったから…ナレイを理由に戦うのは、私にとって逃げだから」
本当は殺し合いたくなんてない、——彼女とは少し分かり合えそうな気がしたから。
——私と同じに見えたから。
もしかしたら、私は彼女になっていたのかもしれないと、思ったから。
「あの子は、ナレイは…そうね、私の大切な妹だもの」
「…大切な妹だから、あんなことをしたの?」
「違うわレーリちゃん、"あんなこと"じゃない———大切な妹だから、あの子を守るために…"呪い"をナレイから引き離したの」
ナレイがサナ以外に遭遇していたなら確実に殺されていた理由、その答えはそれだ。
呪い、ナレイが未発達の呪いを持っていたのをリラとサズファーは確実に気付いている。
今後、脅威になりうる可能性があるナレイを殺すのは———仮に私が敵側の人間であったとしても同じ行動をとっていたかもしれない。
しかし、一人だけ敵側にその行動を取らない可能性を持った人物がいた。
「…そう、話してくれてありがとう、サナ」
"ナレイの姉"、サナ・イルマージ。
「これで話は終わり、レーリちゃんは世界を守るために、私は私の役目を果たすために」
——踊り狂え、と風が言う。
「互いに、互いを拒みましょう」
それが終焉であろうとも。
…
「レクタ…なるほどね、確かに今までのことに筋がいく」
リラが生み出した白い巨人の正体、レクタ。
周囲に人がいないと把握した呪いがサンスクリットと酷似しているのは、死亡した本人から呪いを回収したから。
そして何よりの疑問、これほどの強さでありながら——何故"リラはあの日、サズファーに殺されたのか"。
リラを守る程度のことは、"レクタ"であれば可能だったはずだ。
答えは簡単だ。
サズファーの呪い、あの当時では未完成だったとはいえ、その片鱗はいくつかあったし、少なからず僕も影響を受けた。
その呪いに対応できなかったと考えるのが妥当だろう。
「…和束優、サズファーと対峙したお前なら理解できよう」
知っている、何故あの男に授けられてしまったのかと数百度疑問に思うほど。
「あぁ、アイツに"呪い"なんて通じない」
ロボハンがサズファーと戦うと言った時、僕は一切止めはしなかった。
「…」
それは、ロボハンが呪いによる身体強化以外の能力に目覚めていなかったから。
単純な身体能力で、ポテンシャルだけで戦うからこそ、その勝率は三人の中でダントツ。
呪いに少しでも頼ってしまう可能性があるレーリと僕じゃ、どう足掻いてもあの男には勝てない。
確かに、止国で戦ってあの日、僕は呪いに頼りきりあの男を討伐した。
…それから"何年が経った?"
呪いは日に日に完成系へと近付いていくモノだ。
あの日、呪いに頼れたのはあくまで、サズファーの呪いが片鱗を見せていた程度だったからだ。
その呪いに気付いたのは、あの男を相討ちになった後のことだった。
法則性を辿り、呪いの性質を考慮し、思考を繰り返した。
結果、あの男の呪いへと行き着いた。
「この世で最初に誕生した人類——"パルバノ"…彼が備え持つ力以外で彼を殺せない」
パルバノ、その名は今は神として崇められ悪として恐れられる、その正体は原初の人間の名。
地球上で一番最初に、"人間"になった者を、後世の人々はそう呼んだのだ。
原初の人間、当たり前だが五百万年以上前の人間に"武器"や"呪い"なんてものはあるはずがない。
パルバノ、原初の人間ができること、戦闘面で言ってしまえば"殴る"、"蹴る"。
つまりその方法以外で、サズファーを殺すことは愚か、戦うことすらできない。
呪いによる身体強化もまともに機能しないだろう。
「純粋に強い人間にしか、勝てない」
ならば、これまで素の力で戦い続けてきたロボハンがサズファーの呪いの影響を最も受けない人物なのだ。
それに、サズファーには死んでいた期間がある、人工的な呪いであるそれには、完成にとてつもない時間を費やす。
生まれた頃から自然による呪いを持っていたリラやミライとは体に適合するまでの効率が違うのだ。
完全に完成していない呪いに、サズファーが頼るとも思えない。
つまり、あの二人の戦いには呪いは殆ど関与しない、純粋な殴り合いになる。
ロボハンもサズファーの動きを知っている以上、目に映らないアイツの動きにも対応はできる。
「…長話してたら、
服についた埃を手で払い、瓦礫の上で立ち上がる。
「あぁ、戦いを再開しよう」
…
「——大戦は七度あった」
サズファーが口にしたのは、とてつもないことだった。
世界の大戦は六度、そう知る人類に一気に否定した。
「…大戦が七度?」
「永遠大戦、その大戦で使用されたのがニュートラルだ」
永遠大戦という言葉を人生で一度たりとも聞いた記憶がなかった。
「待てよ、なんでお前がそんなことを知って…」
「大戦は最終的に世界人口が残り数十人に減ったことで自然に終結した、その時に残っていた者たちの末裔が和束家、もとい童楼家だ」
サズファーは物知りだった、きっと俺たちが数年掛けて調べていた情報を、俺たちが生まれる前から知っていたのだろう。
ただ、その情報源は予想がつく。
「和束の姉から…聞いてたんだな」
「和束家なら誰もが知っていただろうな、勿論その関係者であるミーレ・イクツガもな」
その話はあっけなく、足取りと共に終わりを告げた。
変電所、"関係者以外立ち入り禁止"と書かれた壁の前で立ち止まると同時に話は終わった。
サズファーが、その壁に手のひらを置き、ゆっくりと息を吸った。
吸った息を吐いた瞬間、壁は音を立てずに崩壊した。
門のような形で壊れた壁を見て、サズファーは言った。
「壁の向こう側に入った瞬間、俺とお前は止国の兵士同士ではない」
そう、サズファーは決意する時間を俺に与えた。
だが、そんなものはとっくに決めている。
「——互いに憎み、恨み合う敵同士だろ」
「そうか、覚悟は決まっていたか」
互いに足を合わせるように、その壁の向こう側へと一歩踏み出した。
…
風が吹いた、荒れて煩わしい風が。
止国に向かって、海からヒュウヒュウ吹いてきた。
きっと海の向こうでは、そんな音すら耳に入れず、ただ殺し合いに身を投じる人たちがいるのだろう。
戦いは始まりの音を奏でず幕を上げる。
演者達が踊る劇場に光は当たらない。
例え光が当たっても、そこに観客はいないでしょう。
いつか誰かを守ると誓った少女、失ったばかりの手のひらに一つの光を取り戻した。
そんな少女の光を拒むのは、自身の妹すら愛してしまった愚か者。
誰も失いたくないと、自身を犠牲に二人の友人を残して消えたはずの光。
そんな少年の光を拒むのは、何にもなれなかった幼い少女の愚か者。
受け継いだ光を守ろうと、空っぽの業を背負い続けた機械のような少年の光。
そんな機械の光を拒むのは、全ての敵になることで正義になろうとした愚か者。
少年少女は、前だけを向く。
取り戻すため、守るためではありません。
前を向くのが彼らのできる反抗なのです、前を向くことだけが彼らのできる手段なのです。
立ち止まることはあっても、下を向いて嘆きません。
立ち止まることはあっても、涙を流して終わるのです。
立ち止まることはあっても、互いに背中を押し合うのです。
かつて、偽りと矛盾で塗れた『止めるための国』に生まれた彼らにはなかった心。
これは小さな物語『広くて狭い世界』の。
『機械と薔薇』には心なんて分からない。
それでも『真実を探す』のが、彼らだった。
『崩壊していくあなた』から『宣戦布告』を受け入れて、物語は腐敗へと『希望と無価値』が混ざり合う。
『絶望と始まり』を受け入れて、腐敗した道の上を歩く。
『信じられる?』と問われても。
『彼女の過去』を受け入れて、『血と未来』を見続けた。
『夢のような』ひと時を、『希望の湖』を失った。
しかし、それらは少女の光の中にあった。
光は、新しい光の兆しへと辿り着く。
『地面に咲く星』が呪いとなって現れる。
『状況は一変する』。
『最後の嵐』はやってくる、『水飛沫と風』を巻き起こしながら、多くのものを壊しながら。
壊された者達への『償い』をするために、薔薇は『最後の戦い』へと身を投じる。
『演舞』は始まった、曲が止まるまで彼らが止まることは決してない。
静かに——、私はその踊りが終わるのをドアの外で待ち続ける。
彼らがその劇場を去る時、薔薇より可憐に生きられなくても、機械のように繊細にしか生きられなくても、彼女は笑っているのだろうか。
もし、彼らが
"Country to stop"
そんな名前をつけましょう。
…
「おかえりなさい、アスヤ」
止国に着いた船、その中にいる俺たちを真っ先に迎えにきたのは金のリーダーであり表の最高階級、イクリスだった。
腕を組んで、冷たい海の風を浴びながら、髪を揺らして待っていた。
「いいのか、仮にも止国の司令塔がこんなところで油売って」
「別にサボっているわけではないですから」
船の中に乗っていた教官達は颯爽と武器を担いでイクリスの前に集まった。
全員の顔を確認し、視線が集まった途端、イクリスは完全に司令塔の目に変わった。
「中央はリーク教官と街にいた兵が対応しています、他の教官方はその周辺を囲むように敵を始末してください」
「銅階級以下の者達には敵の侵入経路を見つけてもらいます、戦闘面は銀階級以上の者、死者は出さないよう各自生徒達に伝えてください」
その指示を聞き入れた教官達は、場を立ち去っていく。
口ぶりは軽く、まるで今から虫取りにでも行くような顔で。
「久しぶりだな、人を思いっきりぶん殴るのは」
一人の教官が、銃の調子を確認しながらそう言った。
「さぁどうでしょう、無理矢理蘇生させた人間ってそのままの強度なんですか?」
もう一人の教官が、手袋をはめながらそう言った。
「旧式とはいえ止国式の装備だ、油断だけはするな」
教官達が並んで歩いているその中に、当たり前だが"アイツの背中"はない。
悔やんでいるか、と問われればそうでもない。
アイツは、アイツの望んだ死に方で逝ったのだから。
その過程はどうであれ。
「頼むぞ、ロボハン」
海の向こうを見つめて、そう言った。
決して届いてはいないが、なんとなく父親の心がそうさせた。
「どうかしましたか?アスヤ」
「いや、何も……俺たちはやるべきことをするぞ」
「…そうですね」
「
…
突然、目が覚めて、ベッドから立ち上がった。
風とは違う、雷や雨じゃない、強いものを感じた。
「なんだろう…」
カーテンを開けて、外を見た。
いつもの何も変わらない、庭と空が見えるだけだった。
普通の人が見たら、何の違和感も感じないのだろう。
胸騒ぎ、まるでイヤな夢から目覚めた後みたいな。
きっと、遠い遠い国で、誰かが———。
人との関わりが少なかった私とは無関係かもしれない、でも無視はできないような気がした。
そう、窓の外を見ながら考えていると部屋のドアが開いた。
そこに立っていたのは、兄だった。
人一倍体が弱い私を、いつも心配してくれる優しい人だから、夜中に響いた物音を聞き流せなかったのだろう。
「どうかしたのかい」
「…いえ、大丈夫です」
私の心配することじゃない。
そも、心配しているのはきっと私じゃない。
願うなら、"第二楼共和国"のとある夜にふく風とともにその戦いが意味のあるものでありますように。
…
止国に隠されたニュートラルを探すために、ありとあらゆる情報を持つ童楼咲葉を同行させていた時だった。
ロボハンたちの戦いは、既に始まっているだろう。
童楼咲葉は突然立ち止まり、「はっ」と声を出した。
「気付きましたか…流石は童楼の子ですね」
そして、そう呟いた。
「——なんか言ったか?」
「いえ、身内のことが気になりまして」
「身内って…アンタ数百年生きてるんだろ?…身内とかいるのかよ」
「厳密には…私の妹、
今じゃ歴史の教科書に載るほどではないが、童楼製薬を知っている人は、大体その名を聞いたことがある。
「で、その系譜ってなんだ…子孫か?」
「説明すると少し複雑ですね、妹の子孫は今の和束家の人間にあたりますから…厳密には別です」
地面の土を撫でて風に揺られ、童楼咲葉は昔を思い出す。
「因果ですかね、数年前その子達のことをふと調べたのですが…"童楼澪"…妹と同姓同名の少女に行きつきました」
「同名…か、何かこめたかった願いでもあるのかもな」
「願いですか、今の時代…確かに名前とはそういう意味もあるのでしたね…ならその少女も願いを体現できているのかもしれませんね」
童楼咲葉はそう言って、夜空を見上げた。
まだ続く、戦場の空を。
「どんな奴だったんだよ、アンタの妹って」
「妹、澪は…そうですね、求められれば人の要求に応え続けた私とは反対で、誰よりも人間であったと思います」
互いに反対の行動をした姉妹、しかしその答えはどちらも平等を望んだ結果だったのだろう。
ずっと表情を動かさなかった童楼咲葉が、珍しく微笑んでいるのがわかった。
「妹の生まれ変わりだといいな、その女の子が」
「えぇ、人一倍出来の良すぎた妹ですから、少し重荷かもしれません、立派になるといいですね」
目を輝かせて、過去と未来を同時に見据えた女の姿が、そこにあった。
「会いに行ってやれよ、全部終わったら」
「———そうですね、私らしくもないですが」
"いつしか歪んだ道に進み、生き残ってしまった姉を、妹はどう思うのでしょう…本当に…私らしくもない"
◇
とある就任式の数時間後。
質より量、という言葉がある。
そのままの意味だ、世界一美味しいチョコレートがもし今この手の中にあるのなら、それはとても嬉しいことだ。
しかしどうだろう、所詮はチョコレート、普通だろうと良質だろうと一つや二つなんかじゃ到底満足できない。
「美味しいものなら、尚更たくさん食べたいもんね」
そういう強欲さを頂点、それが止国だと私は考える。
兵士の数も世界一、だって国全てが兵器なのだから。
その上、兵士一人一人が良質で上質で、最高峰。
「その中で最高、金階級の私って、なんだろう?輝くダイヤモンドよね、金剛」
そんな、私一人の脳内自己肯定フェスティバルを中断させる人物が一人、いた。
「何バカなこと言ってるの、ララ」
それがこの金階級のリーダー、イクリス。
ララとは"ララス"私の名前から"ス"を抜いたモノ。
「日課の自己肯定感アップ脳内運動をしてたんだけど、邪魔しないでくれる?」
「うっさ…あんたがアーブストルクの出張所から急に帰ってきたせいで、私が代理探す羽目になってるんだから」
昔からの友人で、唯一タメ口で話せる人だった。
多分それは、イクリスも同じだと思う。
立場は気にしない、それがたまたま止国のトップだっただけの話。
「あぁ、それならもうとっくに決まってるから大丈夫」
「え、そうなの?」
「最近金階級に上がった子がいたでしょ…レーリ・クラーク、あの子」
「…どうなのそれ?上がったばかりにしては急すぎない?」
「私、あの子が好きだもの」
「何、ララってレーリ・クラークと会ったことあるの?」
「ないよ」
「…あんたね…」
「ま、その子の父親とは多少面識あるんだ、私」
面識、といっても小さな記憶。
小石より、砂よりも小さな記憶。
「…ていうか、なんでアンタ急に帰ってきたのよ」
私はそう聞かれると、二秒考え、自分のお腹に指を当てた。
「なんで…って、子供」
◇
今頃。
レーリ・クラークは、A-0401は、和束優は———海の向こうで戦っているのだろう。
「…ねぇ、イクリス…普通妊婦に戦闘行為させるってどうなの?」
「あんたが勝手に妊娠したんでしょ、それに…戦わなくていい」
「それは、どうして?」
「言ったでしょ、あくまで援護…あの三人があなたの到着前に倒してしまえばララの仕事はゼロよ」
「サズファー相手に、勝ち目あるの?」
「ないなら、あんたが行っても変わらないわよ、だけど長期戦になるのは確かね…だから最終的にはサズファーとあの三人が戦うことになると思う」
「他の二人は確実に勝てる前提なのね」
「確実に勝てるよう、教官方何人かに向かってもらう方法も考えたわ…でもリラ・リンとサナ・イルマージは呪いを持っているから…逆効果」
「…じゃ、私はあっちに到着次第サズファーのとこに向えってことね」
風が揺れ、肌がそれを感じ取った。
ヘリが空からゆっくりと降りてくる。
「行ってくる、イクリス」
着陸したヘリに乗り込み、すぐさま出発の合図を出し、するとまた空へと向かい始めた。
「ララ、私は…あんた」
イクリスは、少し寂しそうな顔でそう言った。
「わかってるよ、イクリスは私」
考えるのがイクリス、戦うのは
昔、そう誓ったのだ、薄い記憶しかない小さな時に。
…アーブストルク小戦争、これは——その戦いの一ページである。
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