第十九話「battle to end」



 アーブストルクのとある病院の小さな病室、ここは風通りがよく、朝日と綺麗な庭を一望できる。


 その部屋のベッドに横たわるお婆さんが一人いた。


 私は今日、そのお婆さんにとある話を聞きにきていた。


 私が生まれる前に亡くなった祖母や、祖父が体験した"アーブストルク小戦争"について知りたくなったからだった。


 その当事者の一人である未楽みらくせなさん、つい先日関係者の一人が私に教えてくれたのだ。


「こんにちは、せなさん…えっと…瑞希みきです、今日はよろしくお願いします」



 さっそく私は、せなさんが体験したことを一から聞いていくことにした。 


「…窓の外を見てびっくりしたね…まるで大きな鉄球でもぶつかったのかってくらい…街がへっこんでたの…」


「写真、教科書で見たことがあります…具体的な大きさは分かりませんでしたけど…」


 その街での戦いは、"喧嘩"と称されることがある。


 何故なら武器が使われず、戦ったのは僅か二名。


 "和束優" "リラ・リン"。


 成人にも満たない少年少女が、この世界を守るため、戦ったのだと。


「そうだねぇ…あの窓の外に見える大きなタワー…見える?」


「復興記念タワー…ですよね?」


 アーブストルク小戦争にて瓦礫の山となった"この街"が、徐々に時間と共に復興していった過程で作られたのがそのタワーだった。


「あれが十本まるまる倒れて並んだら…それくらいじゃないかなぁ」


「えぇ…あれ…縦三百メートルありますよ…」


「きっと…そのクレーターには収まると思うわ…まだ足りないくらいかも…」


 どれだけ強い人たちだったのか、不思議でならない。


「止国兵…でしたっけ…とてつもなく強かった軍隊の人たちだったと…」


 "止国"


 今はもう、その名前を聞くことは教科書以外ではない。


 とっくにそんな国は、もうないのだから。


「私たちの時代には英雄と言う人もいれば…恐れる人たちもいました…でも、こうして私が生きているのも…あの国があったから…」


「なら、せなさんは…彼らを…」


「紛れもない英雄ヒーローです…それはレーリ・クラーク…彼女に会って確信しました…」


「…出会ったことがあるんですか!?」


「ええ、それはとてもとても…いい人でしたよ…」



 レーリ・クラーク、それはあの戦いに参加した一人の女性の名——。



「…お嬢さん、あなた苗字は?」


「あ…ごめんなさい…いつもの癖で」


 いつも、私は自分の下の名前しか話さない。


 嫌いだからとか、そう言うわけじゃない。


「童楼です、童楼瑞希」


 好きだからこそ、語らない、というやつだ。









 


アーブストルクの街に、小さな一つの船が近付いていく。


「あの場所が、最後の戦いの地になりそうだな」


 ここに来るのは三回目か、一度は戦争、二度はレーリと再開した時、そして次もまた戦争…いや、ただの殺し合いか。


「そうだ…和束、お前なまってないだろうな」


「まさか、ロボハンよりも強くなってるかもよ?」


「流石にない」


 こう話している間、小さな船があの街に着くまでのごく僅かな時間が、人生最後の幸福かもしれない。



「ところでさ、この船って誰が運転してるの?」


「え、自動運転じゃねーのか」


 止国にある大型船、今レーリや父親が乗っている船———あの船の中にはまた四つ小型船が収納されている。


 今乗っているのがその一つであり、自動で目的地まで移動する優れもの。


「…目的地の設定とかやってないよ」


「じゃあ誰か乗ってんのか」


 不思議に思い、俺と和束は恐る恐る運転席の窓を覗いた。


 中には誰もいない、かといって自動操作になっている雰囲気はなかった。


「俺だよ馬鹿ども」


 何もなかったはずの背後に気配を感じ、一斉に振り向いた。


 しかしその正体を見た瞬間思わず、和束と俺は"あっ"と同時に声を発した。


「キイチ先生!」


 その後、その名前を真っ先に発したのは和束だった。


 キイチ、俺と和束にとっての教官であり、俺と和束にとって"だけ"の教官である人。


 名前を声に発してからすぐのことだった、その男は勢いよく和束と俺を抱きついてきた。


「——ぉ」


「む」


 その状態が五秒続いたぐらい、だったか。


「お前ら、よく揃って帰ってきてくれた」


 微笑んだ、その場にいる全員が。


「先生、まだ帰っちゃいませんよ」


「そうか、なら絶対——帰ってこいよ」


「早く離せって…キイチは、俺たちを送り届けたらどうする?」


「アスヤから話は全部聞いてる、他の教官全員と止国の中の敵を叩く」


「止国の中に…まぁ副総督の差金だからいるよな、普通」


「止国を狙うってことはもう一つの爆弾は…やっぱり」


 止国の中、木を隠すなら森の中という言葉は聞いたことがあるが副総督にとって止国は庭、森の中より安全で、ある意味危険な場所。


「サズファーが止国壊滅を図ったあの日、あいつはその爆弾を起爆して俺たちを全滅させる気だったんだろうな」


「童楼咲葉の言ってた"なんとかの門"ってやつと接続されたら威力はどうなるんだ?やっぱ世界全域とか?」


「うーん…ロボハン…それはちょっと違う、"理と世の門"は死後の人間の魂と呪いを収納するところだけど、いくら今までの呪いが全部入ってるからと言ってもそこまでの燃料エネルギーは入ってないんだ」


「そうなのか?」


「うん、爆発しても止国全域とかそれくらいかな…テイーストルクの二十倍くらい」


「それでもでかいぞ…」


「だから、今敵の陣営がやろうとしてるのが"燃料の確保"」


「レーリの付き人もその一人か」


「多分ね、副総督が気に入ってたって話だし相当な呪いを秘めてるんだと思う…そうすればようやく世界全域の人間だけを殺せる爆弾の完成かな」


「だとすれば一歩遅れたな、人格が入れ替わってたってことはもう門に放り込まれたんだな」


「いや、肉体も死なないといけないから遅れてはないと思う」

 

 全ての話を聞いたばかりのキイチには少し頭を抱えながらついてこなければならない話だったが、こちらがやればいいことは至極簡単だった。


「で、人格付与した止国の人間だけで繁栄すれば"世界平和"ってのがアイツらのやろうとしてることか」


 確かにそれは、文化も、言語も人種も違わない、最も争いを悪とする人間で構成された完全な世界になるかもしれなかった。


 しかしその仮定、その結果も、ただ"戦争を止める"止国には行きすぎた目的だった。


 止める理由は、それじゃない、もっと至極簡単なこと。


"全人類が殺されそうになっているのだから当たり前"


 それもきっと、止国の人間には行きすぎた想いだろう、ならこれは、結局はただの個人と個人の殺し合い。


「つまり倒さなきゃいけない奴ってのは、燃料になろうとするリラ・リンとあいつらにとって都合のいいサズファー」


「和束、ロボハン、ちょっと待て」


 突然、無言で話を聞いていたキイチは口を開いた。


「なんだよ」


「何となく聞いていて思ったんだが、二つ目の門を爆弾と接続するのは誰がやるんだ?」


 それは生半可な人間では遂行できない、いたとしてもただ強いだけの敵じゃないことは確かだ。


 門内部の呪いと爆弾を接続するのだから、門内部に干渉できる、つまり呪いを持った人間ということ。


「…確かに、ミーレ・イクツガは二人とも死んでるしな、スミレトスも俺が殺したし、サンスクリットって奴も死んだんだろ?」


「つまり門の近くにまだ敵がいるってことか…」


「サズファーがやってるっていう線はなさそうだね、それほど強い呪いは持ってないし」


「…和束、お前あいつの呪い知ってるのか?」


「うん、薄々ね」


 









「じゃあ先生、この戦いが終わったら会いましょう」


「あぁ…でも、勿論"生きて"帰ってくるんだ」


 これから、サズファーという最悪の男と戦う——というのに至極明るい顔をしていた。



 船はすぐに止国の方へ、見えなくなった時に和束に問いを投げた。



「本当に、ここにサズファーが来るんだよな」


「来るよ、アイツにとって真っ先に殺さなきゃいけないのは僕達だから」


 そう、サズファーという男にとって、最も今脅威になりうるのは教官全員でも金階級全員でもない。


「すまん、変なこと聞いた」


 和束優、そして俺。


 あの男と殺し合って——唯一、生き延びているのだから。


 最も勝率が高い、それでも確率は微々たるもの。


 それでもその微々たる確率が、今止国にとって唯一の突破口。


「じゃ、俺はサズファーと…和束はリラ・リンとの戦いを終わらせたら俺と合流してくれ、そしたら門にいる奴も殺す」


 アーブストルクの街を一望する。


「間に海を挟んでいるのが不幸中の幸いってやつだね、サズファーもリラ・リンもここに来るまで時間が掛かるはず」


「その間に、街の人を避難させないとな」



 その瞬間だった、海の向こうから風をざわめきを感じたのは。


「…何か来るぞ」


 戦闘機か、それ以外の何か、それがこちら向かってくる。


「いや、あれって…止国式の」


 猛スピードで海の上を走るそれは、止国式戦闘機だった、それも最新型の。


 最高速度はマッハ四、自動操縦付きの間違いなく止国で最もお金が掛かる最強兵器の一つだった。



 が、それが一台——あの船には積んであった。



「なぁ、そろそろ減速しないとまずくないか、あれ」


「マッハ四くらいあるよね、確かあれ」


 その戦闘機は街がすぐそこに迫っても速度を落とさないどころか、速度を上げてこちらに向かって来た。


「角度も変わんねーぞ…」


「通り過ぎる気かな…」


「ロボハン、手振ってみなよ」


 和束にそう言われ、その戦闘機に向けて手を振った。


 が、その戦闘機はあろうことか頭上を通り過ぎた。


「…」


「気付かれてない…?」




 すると空から、何かが落下してくるのが見えた。


 ——人だ、あの戦闘機に乗っていたのならそれはない、操縦席は運転中緊急時もしくは損傷時以外は出ることができない、だとするならばそれは———。



「——!」




 自動操縦で戦闘機の真上に乗ってくるしかない、いつかこの国で、俺たちがやったように。


 空から降りて来たそれは、俺たちの目の前に着地した。


 地面に大穴が、そして煙が立ち込めた。


「…救…援…?」


 煙がはれ、その場に立っていたのは。



「——レーリ」


 レーリは手を振る俺を見つけて、その場に着地して来たのだった。


 戦闘機はそのまま、どこかへ行ってしまった。


 あれは———出張所の方か。










「ロボハン、良かった…間に合った」


 息を止めていたのか、それとも普通に立っていたのか、マッハ四の戦闘機の上に乗ったことがなかったからわからなかったが、少しだけ疲れている様子だった。


 それで俺にしか気付いていない雰囲気だった、だから親指で和束を指差した。


「リラは…いた?」


「ん、レーリ、それよりこっち」


 不思議そうに指の先を見た。


 その時、レーリが何を思ったのか、俺には分からない。


 硬直があった、昔を思い出したのか、それとも現実を疑ったのか、はたまたそのどちらもか。






「え…和束…?」


「ハローレーリ…って担いで運んだんだけどやっぱり気付いてなかったか」


 レーリが一歩、一歩と和束に近付いて取った行動はどこかの誰かと似ていた。


「てっきり俺は、包帯で気付いてると思ってたけど…ま、元死人だもんな」


 レーリは両腕で思いっきり和束に抱きついた。


「…今日はよく、再会した人に抱きしめられるなぁ…どう?ロボハンも抱きしめていいけど」


「誰がするかアホ」


「和束…本当に、和束なの?」


 目に涙をためて、その瞳で和束の顔をまじまじを確認するレーリには、少し驚いた。


 あんな顔——するのか、と。


「ただいまレーリ、六年も待たせてごめんね」




「うん…おかえり、ばか和束」















 その後はレーリと和束がひたすら話しているのを、港のビットに腰を下ろして見ていた。


「ま、こんぐらいの時間はあるよな」


 携帯の時計に目を落とす。


 最低でも三時間はあるだろう、特にサズファーが来るまでは。


 バーナーと戦ってノーダメってことは流石にないだろう。


 手も足が出ない相手だろうと、バーナーなら最低——負傷はさせる、それぐらいの実力は持っていた。


 時間を稼げていたのが証拠だ、バーナーがいなければ俺たちはとっくに全滅している。


「…できれば、そのダメージが目で分かるほどでかけりゃいいんだがな」





 






 和束は近くの市役所へ、ロボハンは港で待機。


 そして私はアーブストルクの街を歩いて二分、異変に気付いた。


 避難勧告のため、近くの小学校にあるスピーカーを借りに行こうとしていたところだった、和束も同様の理由で市役所へ向かった。


 少し街より高いところにあるのが、あの"ロープウェイ"から見えていたのを覚えている。


「…今昼時よね、人がいないなんてこと…」


 どこにも人が歩いていない。


 リラと来た時とは大きく雰囲気が違う。


 港に人がいないことは不思議ではなかった、街から少し距離があるし、何より冬にこんな寒いところに来る人もいないだろうと割り切っていた。


「何かのイベント…な、わけないか…」


 通りにあった家のドアをノックする。


 どの家も中に人の気配はない。


 念のため、ドアノブに手をかけた時だった。


「——開いてる…?」


 鍵はかかっていなかった。


 恐る恐る、その家の中に足を踏み入れた。


 電気はついていなかった、しかし長い廊下の奥に何か人の足のようなものが見えた。


「倒れてる…?」


 廊下を駆ける、その場に倒れていたのは一人の女性だった。


 顔の正面が床に向いている——つまり寝ているわけじゃない、意識を失っている。


「…大丈夫ですか!?」


 肩を持ち上げてその人の顔を上に向けた。


 ——ダメだ、応答がない。


 私のポケットから音がした、携帯が鳴っている。


 即座に応答する、この携帯に電話を掛けてくるのは今、三人だけ。


 その携帯の奥から聞こえて来る音は、和束の声だった。


「——レーリ、ガスだ!」


「ガス…?」


「僕らには効かないギリギリのガスが街中に流れてる!」


 匂いはない、無臭のガス——違う、私たちが気付いていなかっただけだ、私たちに効果が出るガスならすぐに気付いた。


 街のどこから?一体誰が——?


「…ッ!和束ごめん、電話切る!」


 電話を切り、急いで窓から部屋を出る。


 屋根の上まで、ジャンプして街を見渡した。


「——どこ…?」


 もし、これがサズファーや、サナなら、間違いなくこんな手は取らない。


 ガスを使うということは、一瞬で敵を一掃できる力は持っていないということだ。


 それはつまり——。


「遅かったわね、"感動の再会"でもした?」


 背後に立つ、聞き覚えのある声、しかしそれは私の知る人物であり、知る人物ではない。


「…リラ、なのよね」


「ええ、どうせならと思って人払いしといたのだけど、余計だった?」


 リラ、金髪で赤いリボンをした背の低い女の子——そのイメージをそのまま黒いドレスに身を纏ったその少女は紛れもなく、リラではない誰か。


「そうね…できれば避難をさせたかったのだけど」


「そうしようと思ったのだけどね、街中で気分が悪くなったら普通建物の中で休もうとするのが人の心理でしょ?」


「…そう、つまり"人質"ってわけね」


 ここで戦うと他にも被害が出る。


 つまりリラはここから動かないように立ち回り、いざとなれば人質を殺せばいいという至極単純な作戦。



「さ、どうかしら?私を一瞬で殺せば誰かが死ぬこともないけど」


「死ぬことが"目的"のくせに…」


「ええ、それも目的だけど時間稼ぎも多少はするつもり」


 リラを死なせない、しかしこのリラもどきは死ぬことが目的、その上に周りがどうなってもいい——。


 圧倒的に不利だ、戦力なら圧倒的に有利でもそんなものは意味がない。


 戦力なんてものは、策も含めた戦力でなければゴミ同然のモノ。


「本気で来ないと死ぬわよ、レーリ」


 死んだ者は還らない、悔やみはするがそれも二の次———今すべきことは、限りなくゼロに近い可能性でも生きた命を守ること——!










「アスヤ…本当によかったのですか、あの三人だけで」


 海の向こう、遠ざかっていくアーブストルクの方角を見つめて童楼咲葉はそう呟いた。


「"だけ"ってのは違うのな、止国にあるだけの戦力を費やすより、あいつら三人だけの方が成功確率はずっと高い」


「…随分な信頼ですね、彼らはまだ子供だというのに」


 そう、あいつらはどれだけ強くても"子供"。


 忘れない、それがどれだけ異常なことで非情なことなのか。


「俺の息子ロボハン、そのダチ和束優、俺のダチの弟子レーリ・クラーク…文句あるか?」


「相手はリラとサナとサズファー、最悪の三選だと私は思いますが」


「ばか言え、"一度負けた奴"に二度負ける奴がいるか、"大切な人"だからといって手加減する奴がいるか、"大切な人の家族"だからといって手加減する奴がいるか」


 サズファー、あの時ロボハンはその男に負けた。


 リラ・リンは、嬢ちゃんにとって大切だ。


 サナ・イルマージ——ある意味一番の強敵ではあるが——。


「ええ確かに…三人ではなく単体で見て…サナとリラには勝ち目はあるかと、しかしサズファーは規格外なのはあなたたちも知ってのことでは?」


「バーナーがある程度負傷させてる、"仮に"勝てないとしてもあの三人のうち誰であっても…生き残るのは全然いける」


「止国にいるミーレの残党を片付けたら、教官を送り込む…という作戦ですか」


「いや、教官全員止国待機、行くのは残りの金階級だ」


「金階級…レーリ、A-0401、あなた、イクリスは医療班でしょう…あとは?」


「現金階級は五人、残り"一人"…そいつが行く」










 空中に"生成"される、岩のようなモノ。


 リラの呪いによる能力——、何かを生成する能力?


 あの岩のようなモノを投げる——いや、飛ばしつけてくるぐらいのことはわかる。


「——レーリッ!!」


 モノは——和束の手によって生成途中に粉砕された。


「和束、速くない!?」


 電話を切ってから四十五秒程度で——、市役所からここまで走ってきた——。


「和束優…どうして分かったの、場所」


 携帯の位置情報はオフになったまま、和束がここに辿り着くにはいくらなんでも早すぎた。


「君でしょリラ、このガスの発生源」


「そう、もうバレたのね」


 "何かを作る呪い——か"


「止国の人間には効かないようなガスを作ってしまえば、バレないもんね…それが誤算だった」


「和束優…そういえばあなたは止国の血なんて入っていなかったわね」


「レーリ下がってて、市民の避難は絶望的だし僕が相手をする」


 和束は私の前に立って、リラに対して構えをとった。


「待って和束、リラは…」


「レーリ、僕も極力殺さないようにはする——でもいざとなったら殺さなきゃいけないから」


 そうだ。


 そうなった時、私はリラを殺すことができるのか——。


「それに…僕を信じて、決してそうはならない」


「——うん」


 その一言で、和束を信じると決めたわけじゃない。


 前から信じていた、それはリラと出会うずっとずっと前から。


「ぺちゃくちゃと——ッ!」


 リラによって空中に一瞬で生成された大量の槍、視認した瞬間には射出されていた。


「和束——ッ!」


 和束なら避けられる、だがちょうど私が"待っていた"攻撃だ。


 アレを試すにはもってこいの攻撃だ。


「——」


 右腕を飛んでくる槍の方へと向け、その瞬間に身体中の体温が一気に上がる。


 皮膚のそこらじゅうに矢印のような模様が浮かび上がる。


「ひっくり返れ——」


 刹那、空間は音を立てて歪み、そして止まる。


 槍は射出された方とは反対に後退し、全て穂を上に向けたままリラの後方の壁へと刺さっていく。


「レーリ…それ」


「私の"呪い"…反転」


 反転。


 重力、速度、数値化されたそれらに"マイナス"を付与する。


 銃弾なら速度がマイナスにしてしまえば決して対象者に当たることはない、後退するだけ。


 サナ・イルマージの拳を跳ね返したモノ、ミーレ・イクツガを天井へと叩きつけたモノの正体のろい


「厄介ね、レーリ」


 リラの背後に白い巨人が現れる。


「…安心してリラ、あなたとそのデカブツが相手にするのは私じゃない」


「行ってレーリ、サナ・イルマージの方へ」









「よう、サズファー」


 ついに現れた、その男は目の前に———。


「久しいな、小僧」


 早すぎる登場、予測はしていた。


 和束からの空白メール、"緊急事態"を表すそれが届いた瞬間から。


 黒いスーツに身を包み、赤いネックオーマー、昔と何も変わっていない。


 唯一変わっているとすれば——、


「バーナーの奴…ほんとに片腕持っていきやがった」


 サズファーの片腕がない。


「問題ない、片腕でお前を仕留めればいいだけだ」


「待てよ、お前に返すもんがあった」


 ポケットに入っている畳まれたハンカチを取り出して、空中で元の形へと戻るように投げた。


 元の形へと戻ったハンカチをサズファーが、受け取った時、そこには血の跡があった。


「ミライがお前に返すってよ」


「そうか」


 受け取ったハンカチを胸ポケットへと入れるサズファーを見て、酷く絶望した。


 "もしこの男が味方なら、人類滅亡などと言う崇高でいき過ぎた思想を持っていなければ"


 "仲間ならどれほど強力で、負けなしであったか"


 "止国の味方であったなら、俺の味方であったなら、人類の敵でなかったなら"


 本当に、惜しい。


「届けてもらった"礼"だ、死に場所を選べ」


 死人に感謝した少年を、そのハンカチで思い出したのか——あろうことかサズファーは今から殺すであろう俺に"礼"と言った。


「あぁ苦労したからな、そんくらいはしてもらわないと張り合いがなさすぎる」


 この男と殺し合って、街一つで被害がとどまるはずがない、国一つ、世界一つ——そんな被害で済めばいい方なのだから。


 "止国を壊す、そんなことを口にしていたその男。


 止国を潰す、何よりも難しいことを一番最初に実行し、あと一歩のところまで追い詰めた男。


 止国を殺す、たった一人の男が一世界の数億倍の戦力を相手に挑んだ。"


「人のいない場所、あそこに一つ」


 指を指す、遠くに見える灰色の変電所。







「——時間稼ぎも兼ねて、お前とは少し話しようと思ってたんだ、歩きながら話そうぜ」


 そう言うと、サズファーは無言で変電所の方へと歩いていった。


 その隣に並ぶようにゆっくりと同じ方向へと足を並べる。













「…お前は、あの爆弾について知っているのか」


 話、最初に口を開いたのはまさかのサズファーだった。



「ニュートラル…だっけか、副総督が作ったやつだろ」


「それは少し違うな、あの爆弾は副総督が作ったものではない」


「…は?」


「この世界で、世界大戦は何度あった」


 突然のカミングアウトに困惑しつつも、投げられた問いに素直に答えた。


「——六回、八百一801年、八百九十890年、九百七十970年、千五百八1508年、千九百十四1914年、千九百三十九1939年」


 それが、現在二千十2010年までに起こった世界大戦の数。


「まず、そこからが間違いだ」


「間違いって…教科書通りだろ」


小僧ロボハン、お前は止国を疑う時——なぜ歴史から疑わなかった?」







「——それ、どういうことだ」













 屋根の上を駆ける、リラ・リンの呪いよって現れた白い巨人はとてつもない破壊と速度で追いついてくる。


 それでも、三十メートル以上の距離を空けることができている、考える時間ぐらいは稼げる。


「…」


 二メートル八十、それより少し大きいくらいか、人間の形をしたそれの筋肉量は見ただけでも普通とは違うとわかる。


 それに、顔がない、だから呼吸もしていない。


 呪いで現れた人間、アレも能力なのか——?


 あの巨人を呼び出す力と何かを生成する力…二つの力を持った呪い?


 そもそも、あの巨人を倒したら勝ちなのか——?


「殺し合いの中、考え事をするな」


「——ッ!?」


 考え事の最中、瞬きした瞬間、巨人は目の前にいた。


 咄嗟のガードに、腕にとてつもない衝撃が走り、気付くと五軒の家を突き抜けて壁に激突していた。


「…コイツ…ッ」


 予想していたより、何倍も強い———。


「立て和束優、ここならお前も考え事をする必要もないだろう」


 巨人は、思考よりも素早く目の前に現れる。


「驚いた、話せるんだ」


 立ち上がり、周りを見渡す。


 突き抜けてきた壁が破損している、それ以外に変化はない。


「ここら一体に人はいない、お前もここなら全力を出せよう」


「…どうして?そんなことがわかるのかな」


 確かに、ここら一体に人がいる気配はない。


 街の人間全員が気を失っているのだから当たり前だろう。


「私の呪いがそう、告げている」


 "呪い"、確かにそう巨人は口にした。


 周囲の人間の情報がわかる呪い、だとしたら力は三つあるということになる。


 それに、その力は"サンスクリット・リーク"の能力と酷似している。


「君、何者——?」


回収者レクタ人間おまえたちの言う"呪い"を死人から回収する者だ」


「——レクタ…だと?」





 この世には、呪いを神として崇拝した宗教が二つある。



 一つは、僕とレーリが戦った謎の戦争宗教"不終教"。


 もう一つは、リンという国に存在する一集落、倉祭くらまつり


 そのどちらもが、同じ者を神として扱った。



 "パルバノ"


 不終教は、パルバノを神として崇めた。


 倉祭は、パルバノを悪として恐れた。


 そして恐れとは逆に、崇めた神の名は——レクタ。



 パルバノは呪いをばら撒いた者であるとされているのに対して、レクタは"呪いを奪う者"。


 だが、どちらも架空の存在だ。


「呪いは人の集合意識…ミーレ・イクツガはそう言っていた」


「お前の考えは正解だ、現存するのは倉祭教のみ…倉祭教の人間の集合意識が私だ」


「倉祭教の人間が完成した時、その人間は"人の呪いを奪う呪い"を持つ…倉祭くらまつり水彩みずあや…彼のように」






 そも、呪いとは隠されているもので、倉祭教とは——テイーストルクが呪いの正体を隠すために作られた集落に閉じ込められた人間の間でできた宗教——だった。












「数時間ぶりね、レーリ」


 数日ぶりのアーブストルク出張所、リラと見たハナニラはもうどこにもない。


 跡形もなく、そこにあったのはクレーターと——異様な模様が描かれた門——。


「———どいて、私はその門の先に行かなきゃならない」



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